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フィールドワーク

作者: 榎や
掲載日:2025/11/20

 おかしい……なんか変だ。


 フィールドワークに来ていた木下大地は、怪訝な顔をして手にした容器を顔に近づけた。

 透明な容器の中には小魚が1匹。

 銀色の鱗が太陽の下でキラキラ光っている。

 ヒレを優雅に揺らして泳いでいるが、尾ビレと腹ビレの間に足のようなものが見える。

 今、大地はボートの上にいた。

 御山にできたカルデラ湖の調査をしているのだが、ここは何か変だと大地は思った。


 御山の噴火は突然だった。

 前兆となる地震や山体膨張などはなく、ある晴れた夏の日、多くの登山客を巻き込んで噴煙と火砕流が一帯を灰色を染めあげた。

 噴火活動はそれから大なり小なり続き、御山を中心とした一帯が入山規制されたのが3年前になる。

 その間にも山菜採りにいった地元民や登山客はいたが、行方不明になったり火山ガスによって死亡したりという事故は起こっていた。

 そうした事故が入山の抑止力になったのか、御山に近づく人は減り、人々の関心も薄れていった。

 そして火山活動が小康状態になり、先に地質調査が行われ、火山ガスの発生は最小限に留まっていると判断し、今回の生態調査となったのだ。

 生態科学の滝沢教授は研究が大好きな人で、火山がもたらす生命の進化についての論文が高く評価されていた。

 それ以外は割と無頓着なところがあるので、大地はゼミで知り合って友人となった高尾貴史とよく教授の雑務を手伝っていた。


 大地が手にしている容器の中で泳ぐ足の生えた小魚を、同じボートにいた高尾が覗き込んだ。


「これ、新種じゃね?」

「そうかもしれないけど、ここはカルデラ湖だぞ。しかもこれだけの大きさの湖になるまで時間がかかるはずなのに、気づいたらできてたんだ。どうやって魚がここに?」

「そりゃあ、空から雨と一緒に降ってきたんじゃね?」


 そう言って高尾はへらへら笑って容器の魚に目をやった。


「これは大発見かもしれないぞ」


 まるで夏休みの子どもが昆虫採集でオオクワガタでも取ったように喜ぶ高尾に大地も思わず口元を緩めた。

 カルデラ湖は、噴火に伴うマグマ溜まりの崩壊と陥没によって形成され、そこに雨水、森林からの流入水、湖底からの湧き水などで湖ができる。

 そこに至るまで長い年月が必要なはずなのに、この広大なカルデラ湖は噴火が落ち着いていつの間にか出来ていたという。

 そんな短期間にできるのか、ゼミでもかなり論議された。

 なので今回の調査でうちが選ばれたのは研究者としてすごく幸運だったというべきだろう。

 湖の水はとても澄んでいて、水底が見えそうだったが、底の方は暗くてよく見えない。


 灰や泥で淀んでいるのかもしれない。


 水はとても冷たく、出来上がったばかりの湖には微生物くらいしかいないと思っていたがまさか足の生えた魚がいるとは。


 高尾の言うように空から降ってきたのだろうか。


 湖の周りにはコケや植物が生えてきていて焼かれた木々の炭化した幹の根の脇からも発芽しているのを見かけた。

 晴天の空は水色で遠くの湖面に映っていた。

 ボートを岸につけると、高尾と2人で採取した容器の入ったカゴを抱えて急いで教授のいるテントへと向かった。

 ベースキャンプは、研究用、居住用、調理用、倉庫などといくつかにわかれている。

 研究用のテントは他のテントよりも一際大きい。


「教授、いますか?」

「ここにいるよ」


 教授は自分で採取してきた植物を整理しているところだった。

 テントの白いポリエステル生地は光を通して室内は思ったよりも明るかった。

 採取した植物を1つずつ丁寧に広げてカメラで撮影している教授に高尾が「見てください」と足の生えた小魚の入った容器を掲げた。


「おや、もう魚がいたのか」

「足が生えてました」

「足? 魚からか。どれどれ――なんだ、これは……肉鰭類、シーラカンスの肉鰭に近いが……腹ビレが存在している……これは珍しい。火山ガスによる奇形かもしれないが、生きたままは貴重だ。そっちの水槽に入れておいてくれ」

「それじゃあ、湖の水をもっと持ってこなきゃだな。ちょっと汲んできます」


 そう言って高尾はテントから出ていった。

 フットワークの軽い男である。

 それを見送っていると、滝沢教授が話しかけてきた、というより独り言のように呟いた。


「進化……いや、地底湖にいた魚……うん、何だろうね、興味深い」

「ああ、地底湖っていう説もありますね。高尾は空から降ってきた説を唱えてましたよ」

「ははは、それもあり得るな」


 テント内が笑い声で和むと、教授は少し間をおいて話しだした。


「さっき採取してきた植物なんだけど、この山にあった固有種とは明らかに違う形状の植物がいくつも見つかったんだ。外来種の可能性もあるけど、こんな形は見たことがない」


 そう言って、紙に固定していた標本の植物を差し出してきた。

 そこにはアザミのような棘がいっぱい生えた植物があったが、緑色の茎には紫色のスジが入っていて棘は鋭利で先の方は赤黒くなっている。

 葉の形はアザミの葉よりも大きかった。


「これはアザミの亜種でしょうか」

「いや、アザミに見えるけれど、これはどうやら食虫植物みたいなんだ。ほら、葉の表面に腺毛が密生しているよ。虫を捕らえているところを見たよ」

「こんなの、初めて見ました」

「あの魚といい、この草といい、何かが起きているのだろうね」

「すごい発見じゃないですか。1日目にしてすごい収穫がありましたね」

「うん……まあね。でも、なんか……ね」


 新種発見で大喜びしそうなものを、教授は言葉を濁して曖昧な表情をした。



 翌朝、テントから出ると、大量のナメクジがテントに貼り付いていた。


 昨日は見かけなかったのに……朝露で集ったか?


 周囲を見ると、ナメクジが通った場所が太陽光で光っている。

 幾筋も蛇行しながらテントに向かってきているような粘液の跡だった。


「うわっ、キモッ」


 後から起きてきた高尾は、気持ち悪そうにしながらもテントに群がるナメクジを間近にマジマジと眺めている。

 そういうところは研究者の端くれだ。


「何か美味そうなものでもテントにあったのかな」

「おまえが美味そうだったんじゃないか」

「やめろって。でもどこにこんなたくさんいたんだろうな」

「このままにしておくのも嫌だから掃除するか。あ、数匹採取しろよ」


 起きて早々に掃除か、とは思ったけれど、このままテントに粘液を残しておくのも気持ち悪いし、寄生虫などのリスクがあるからテントは清潔にしておきたい。

 テントには20匹は集っていた。

 テント周辺にも20匹以上いたので見える範疇でバケツに集めて湖に捨てにいった。

 何匹かナメクジが水中に入っていき、まるで泳ぐように沖の方へ行ってしまった。

 それを見ていると、水面が揺れだし、波紋を描きながらそのナメクジの方へと向かっていく。

 そして水しぶきが上がるとナメクジは消えた。


 鯉? ブラックバス?

 ここに大きい魚が棲息?

 どうやって?


 疑問がいくつも湧いてくる。


 噴火だけでここまで変化するものだろうか。

 まるで異世界にでも迷い込んだような気分だ。


 ここに調査のため滞在するのは1週間の契約だが、もうここには居たくないような嫌悪感を覚えた。

 ホームシックとでも言えばいいのだろうか。

 急に都会に、人工物のある場所に、人のいる場所に戻りたくなった。


 まだ2日目だってのに、もう帰りたくなるなんてな。

 首の後ろがゾワゾワする。

 とりあえず急いで教授と合流しよう。


「おはよう。木下くん、朝から大変だったね。ご苦労様」

「おはようございます。本当にビックリでしたよ。ってあれ? 朝ご飯はまだ作ってないんですか?」

「それがねえ、食材にナメクジがついちゃって、前田さんと高沢さんで野菜を洗いに行ってるんですよ」

「とりあえず俺がコーヒー淹れたよ」


 そう言って高尾が人数分のカップを持ってやってきた。

 キッチン用テントにもいくつかナメクジが残って貼り付いている。


「教授、どうしてナメクジがたかったんでしょう」

「うーん、深夜から朝方の湿度と露でテントがナメクジにとっていい環境になったからとか……うん、わからんな。ここにいる生物は在来種となんか違うから、こうだろうって推測するのも意味ない気がするよ」

「そうなんですよねえ。外国か異世界に来ちゃったって気分になりません?」

「あ、それ俺も思った」


 高尾の言葉に相槌を打った。


 やっぱり変な気分になるの、一緒だったんだ。


「教授、今日もサンプル採取でいいんですか?」

「そうだね。ちょっと思ったよりも危険があるかもしれないから、君たちも気をつけて作業してね」

「はい。あ、さっきナメクジを捨てに湖に行ったんですけど、ナメクジを昨日よりも大きい魚が補食していました」

「マスとかブラックバスの類かな。釣りもしてみる?」

「はいはい! 俺がやりたいです!」


 高尾が手を挙げて立候補すると、教授はうんうんと頷いた。


「それじゃあ、今日は高尾くんが釣り、山下くんは植物、僕が昆虫類ね。動物を見かけたらとりあえず撮影しておいてね」

「はい」

「はいはい、遅くなりました。今から朝食にしましょう」


 ナメクジがついた野菜を洗いに行っていたガイドの前田と高沢が戻ってきて、朝食の準備を始めた。

 2人はクライアントに委託された現地の山岳ガイドで、御山も噴火するまでは庭のように登っていたそうだ。


「いやあ、まさか熊じゃなくてナメクジに食料を荒されるとは思わなかったなあ」

「昨日、アラスカのユーコンで見たような大きなカがいましたよ。ここ、何でしょうね。僕の知っている御山じゃないですよ」


 不安そうに語る2人のガイドに、大地も不安になってくる。


 こういうときの勘って当たったりするんだよなあ。

 なんか嫌な予感がする。


 そう思っている隣で高尾が大きな声で笑った。


「いいじゃないですか。なんか未踏の地みたいで」

「まあ、冒険心はくすぐられるけどね」


 あっけらかんとした高尾につられて、まだ表情を曇らせていた高沢が苦笑する。

 こういうとき、脳天気な高尾の存在はありがたい。

 大地も口元を緩めてコーヒーを飲んだ。


 朝食後、地質調査で作成された地図で採取する地域を打ち合わせ、それぞれ散っていった。

 大地は昨日教授が行かなかった西側に向かった。

 西の方は結構きつめの斜面になっていて、湖を見下ろすことができた。

 上から見た湖はやはり大きく、水の色が青から紺色になっているところはかなりの深さを思わせた。

 風に水面がそよいで波立っている。

 高尾のボートが見えた。

 沖の方へ向かっているゴムボートのエンジンで白波が立っている。

 また足の生えた魚じゃないといいなあと何となく思った。

 今朝見たサイズの魚で足があったら、もうそれは奇形っていうよりも変異種だ。

 新種といいたいが、なんとなくこれはあってはならないことのように思えた。


 昨日から何か変だ。

 この場所のせいなのか、なにかがおかしい。


 ここは岩が多く、風が吹きつけるせいか、植物は乏しく、いくつかの在来の山野草を採取して、あとはホシガラスとリスを見つけた。

 写真を撮ろうとしたけれど、動きが速くてリスは撮れなかった。


 それにしても、こういう岩場なら鹿か猿の糞があってもいいものだけど。


 昨日から動物の姿が少ないように思った。


 噴火があったとはいえ、植物も生えてきていてカルデラ湖が形成されたならば、まず動物が水を飲みにきてもおかしくはない。

 それなのに、昨日から鳥と魚とリスしか見ていない。

 猿や鹿、ここなら熊や猪もいるはずだ。

 なのに気配がしない。

 活動範囲ならば、特有の獣臭さがあったり、縄張を示す痕跡があってもいいはずだ。

 だが、今日までここで見ていない。


「なんだろうなあ」


 なんだか気持ち悪い。

 普段使っていない脳みそが刺激を受けているような変な感じだ。

 とにかくあと5日で一旦戻るのだから、それまでやるべきことをすればいい。


 そう言い聞かせて仕事に戻った。

 溶岩石に根付いているウラジロを見つけた。

 結構花が咲いているが、噴火活動の熱で季節外れに咲いたのだろうか。

 昨日まで変な動植物を見ていたせいで在来種を見るとホッとした。

 これが普通なのに、滅多に見れないものを見つけたような気分だった。

 昼近くになって一旦テントに戻ることにした。

 戻る途中で湖を見下ろしてみると、まだ沖にボートがあった。


 あいつ、まだ釣ってんのか――


 きっと坊主なんだろうと思わず口元が緩んだ。

 だが、ふと違和感を覚え、カメラを構えてズームしてみた。

 ボートには釣り竿がセットしてあり糸が湖へと伸びている。

 だが、ボートには誰もいなかった。


「え!?」


 思わず声が出た。


 もしかして湖に落ちたのか?


 大地はまたカメラを構えてレンズ越しにボートを見た。

 やはり誰もいない。

 カルデラ湖の水はとても冷たい。

 それにまだ何がいるのか、どれくらい深いのかもわかっていないのだ。

 落ちたらどうなるのか――想像して大地は走り出した。

 1時間かけて登ってきた道を30分ちょっとで駆け下り、湖にたどり着いた。

 湖の岸辺は細かい岩や石と灰でジャリジャリした砂地のようになっているのだが、そこに湖から何かが這い上がってきたような跡がいくつもある。

 まるでウミガメが産卵のときに砂地に上がってくるような、ワニが日向ぼっこをするために上がってきたときのような四足歩行の生き物の跡だ。


「おーい! 高尾おおお! 高尾おおお、どこだぁ!」


 大声で叫んでも高尾の返事も気配もない。

 ただ風が吹いてそよぐ水面の音ばかりだ。


「そ、そうだ、教授に、教授に報告しなくちゃ……」


 頭が真っ白になりそうになって、慌てて意識を現実に引き戻した。

 無茶な下山をして膝はガクガクして一歩踏み出すたびに痛んだ。

 けれど、自分がゆっくりした分だけ高尾に危険が及んでいるのではと思うと、とにかく走ってテントに戻った。


「教授! ――教授?」


 息も絶え絶えにテントに戻ると、タープが倒れてテントの白いポリエステル生地が泥と赤茶色いもので汚れていた。

 入口は開いたままになっていて、研究用テント内に設置していた研究道具やサンプルを入れていた容器が地面にひっくり返っていた。

 あの足の生えた魚の入っていた水槽もひっくり返り、水が地面に広がっていたが、魚は見当らなかった。


「教授! 前田さん! 高沢さん! 誰かいませんか?」


 辺りに動く気配はなく、乱雑と散らかるテントの中で大地は困惑した。


 こういうとき、どうしたらいいんだっけ。

 考えろ、考えろ。

 パニクったら終わりだ。


 冷静になろうと何度も頭の中で唱え、少し余裕ができたところで無線を持っていることを思い出した。

 無線の子機を掴むと応答ボタンを押した。


「滝沢教授、山下です。今どこにいますか。テントに戻ってきましたが、何ものかに荒されていました。安否が知りたいので応答してください」


 応答ボタンから指を離して返事を待った。

 しかし、ノイズばかりで人の声は聞こえてこない。

 大地は何度か繰り返したが、やはり返事はなかった。

 そのとき、テントの中で何かが動く音がした。

 足元で何かが這っているような音だ。


 誰かいる!

 ケガでもして倒れているのか?


 期待と不安に音の方へ振り向くと、人ではなかった。

 倒れたテーブルの下から這い出てきたのは魚だった。

 小さかった体は鯉くらいまで大きくなって足はトカゲのようになっている。

 手も生えていたが、まだ未発達のようで足に対して短い腕で一生懸命地面をツメの生えた指で引っ掻いている。


 昨日まで手のひらサイズの小魚が――いや、別の魚が変化したのか?

 いや、昨日はこの小魚だけだった。

 え? 1日も経ってないのにこんなに成長するものか?

 いや、それ以前に魚に手足が発達するって進化してるってことか?


 頭が混乱した。


 それより水に入っていないのになんで生きてるんだ。

 肺魚だったのか?

 確か、シーラカンスも肺魚だったよな。

 地上に上がってきた魚は、このまま進化して両生類になるのかな――。


 頭に浮かぶことをとにかく考えた。

 でないとパニックで頭がおかしくなりそうだからだ。


「と、とにかく誰か人を探そう。そう……人を探さないと」


 ふらつきながら外に出て、人がいないか大声で叫んだ。


「誰かあ、誰かいませんかあ。山下です。教授ぅ、前田さーん、高沢さーん、高尾おお、誰かあああ」


 名前を呼びながら周辺を探した。

 しばらく東の方へ歩いていくと、食材が散らばっていた。


 きっと前田さんか高沢さんだ!


 そう思って駆けていくと、転がったキャベツにあのナメクジがたかっていた。

 きっとナメクジを洗い流しに行こうとして事故にあったのかもしれない。


「前田さーん、高沢さーん」


 名前を呼びながら歩き回っていると、小さい声が聞こえてきた。

 久々に聞く人の声。


「前田さん? 高沢さん?」


 声が小さくて誰だかわからなかったけれど、人がいたことが嬉しくて思わず笑みがこぼれた。

 また小さく聞こえてきた声の方へと小走りに向かうと、前田の姿があった。

 木に寄りかかった状態でナメクジにたかられていた。

 ナメクジの口はヤスリのようになっていて削り取って食べる。

 前田はナメクジに削り取られてところどころ皮下脂肪や筋肉繊維が見えて血まみれになっていた。


「ま、前田さん、大丈夫ですか?」


 つい弱々しい声になってしまった。

 得体の知れないナメクジに怯えて手が出なかった。

 自分にまでナメクジがついて食われたらと思うと怖い。


「た、すけて……とって……ゴポッ」


 前田は一生懸命声を出していたが、口の中に何か詰まっているようだった。

 血の涙を流しながら必死に助けを求めている口から何かが出てきた。

 それはナメクジだった。

 何匹も口の中でナメクジが蠢いていた。


「フゴッ」


 今度は鼻を鳴らした途端、鼻腔が膨らんで鼻血と共にナメクジが出てぽとりと前田の力ない掌の中に落ちた。


「ひっ!」


 あまりの光景に大地は後ずさりした。

 すると、ブゥンと羽音がする。

 蚊が飛ぶ音に似ているがもっと大きい羽音だった。

 音が木々の間から近づいてくる。

 それは掌サイズの蚊だった。

 血を吸って腹が真っ赤に膨らんでいる。

 飛ぶ蚊の向こうの茂みに高沢が倒れていた。

 大地は踵を返してテントの方へ走った。


 2人とも、あれじゃあもう助からない。

 俺にできることはない!


 自分に何度もそう言い聞かせてテントに戻った。

 息が上がって喉がカラカラで、倒れたテントからクーラーボックスを探して水のペットボトルを取り出した。

 それを一気飲みをすると、体の乾きが癒えて少し落ち着いてくる。


「助けを呼ばないと。高尾と教授を探してもらわないと無理だ」


 無線機に山岳救助隊の番号があったはずだ。

 それで助けてもらおう。


 大地は急いで研究用テントに戻って、ひっくり返った機材の中から無線の親機を探しだした。

 そして急いで緊急用の周波数に合わせて助けを求めると、無線の向こうの人がヘリを飛ばしてくれると言って切れた。

 安堵した大地はそばにあったパイプイスに座ってひと息ついた。


 もう大丈夫だ……きっと救助隊が教授と高尾も見つけてくれる。

 ここのことは口外しない契約だけど、SNSで危険を知らせよう。

 ここは危険……腹が痛い。

 水にあたったのかな。

 いやペットボトルの水だからあたるわけがない……何だ、胃袋の中で何かが動いているみたいだ。

 痛い、痛い、痛いいたいいたいいたいいたい…………ここは……危険だ……。



<完>

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