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『醜い令嬢と、祝福の夜会』


ジリ、と肌を焼くような視線が痛い。

嘲笑が、囁き声が、まるで粘着質な泥のように私の全身に纏わりついてくる。


「ご覧なさい、あれが“呪われた公爵令嬢”よ」

「まあ、お可哀想に。あのようなお顔で、よく夜会になど……」

「セドリック王子も不憫だわ。あんなものが婚約者だなんて」


聞こえよがしに交わされる会話に、私は俯くことしかできない。きつく握りしめた拳で、安物のドレスの裾がくしゃりと歪んだ。


私の名前はアリアンナ・フォン・クライフォルト。公爵家に生まれ、この国の第一王子であるセドリック様の婚約者。

けれど、そんな輝かしい肩書とは裏腹に、私が与えられている現実は、惨めなものだった。


生まれつき、私の右頬には痣のような呪いが刻まれている。それは肌を醜く引きつらせ、誰が見ても不快感を覚えるものらしかった。鏡を見ることすら許されない私には、自分の顔がどれほどおぞましいのか分からない。ただ、父にも、母にも、そして屋敷の誰からも「化け物」と呼ばれ、まるで存在しないかのように扱われてきたことだけが、事実だった。


今日だってそうだ。

国で最も華やかな建国記念の夜会だというのに、私が与えられたのは、侍女のお下がりの、くたびれたドレス一着だけ。髪を結ってくれる者もおらず、私はただ、この屈辱的な視線の牢獄に、独りきりで立たされている。


そんな私の前に、眩い光を纏って現れたのは、私の婚約者であるセドリック王子と、その腕に寄り添う私の妹、リリアーナだった。


「あら、お姉様。そんな隅にいらっしゃったのですね。みすぼらしい格好だから、てっきり使用人の方かと思いましたわ」


天使のような愛らしい顔で、リリアーナが悪魔のような言葉を紡ぐ。彼女は国中から愛される「聖女」。その清らかな魔力で、人々を癒すと言われている。

私とは、なにもかもが正反対の存在。


セドリック王子は、私を一瞥すると、まるで汚物でも見るかのように顔を歪めた。


「アリアンナ。みっともないぞ。お前のその醜い顔で、リリアーナを怖がらせるな」

「……申し訳、ございません」

「だいたい、何だその格好は。クライフォルト公爵家の名を汚す気か!」


違う。汚しているのは、私にまともなドレス一着与えようとしない、あなたたちの方なのに。

喉まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込む。


すると、セドリックはこれ見よがしにリリアーナの腰を抱き、広間の中心へと歩き出した。そして、鳴り響くファンファーレと共に、高らかに宣言したのだ。


「皆、聞いてくれ! 今日この良き日に、私は一つの決断を下した!」


全ての視線が、王子と、その隣でうっとりと微笑むリリアーナに集まる。

嫌な予感が、心臓を氷の指で鷲掴みにするようだった。


「私、セドリック・ヴァイス・エルミリアは、アリアンナ・フォン・クライフォルトとの婚約を、ただ今をもって破棄する!」


シン、とホールが静まり返る。

その静寂を破ったのは、王子自身の声だった。


「このような醜女は、次期国王たる私の妃に相応しくない! 我が国の汚点だ! 真に私の隣に立つべきは、この国を癒す聖女、リリアーナただ一人!」


ああ、そう。

やっぱり、そうだったんだ。


わかっていた。ずっと前から、こうなることなんて。

でも、どこかで信じていたかったのかもしれない。ほんの少しでも、私を人として見てくれる瞬間が来るのではないかと。


貴族たちの囁き声が、今度は同情ではなく、あからさまな嘲笑に変わる。

「当然だわ」「やっと目が覚めたのね、王子も」

リリアーナが、勝ち誇ったように私を見て、小さく口の端を吊り上げたのが見えた。


膝から崩れ落ちそうになるのを、必死で堪える。

涙を見せれば、この獣たちはもっと喜ぶだろう。それだけは、嫌だった。


「……アリアンナよ。王子の決定に、何か申し開きはあるか」


壇上から、国王陛下が冷たく問いかける。父も母も、冷たい目で見ているだけで、助け舟一つ出す気はない。

これが、私の家族。私の婚約者。私の祖国。


私がゆっくりと顔を上げた、その時だった。


ドォンッ!!


夜会の壮麗な扉が、まるで巨人に蹴破られたかのように、凄まじい音を立てて開け放たれた。


ざわめきが、悲鳴に変わる。

扉の向こう、逆光の中に立つ人影。漆黒の軍服に、血のように赤いマント。そこにいる全員を睥睨する、凍てつくような金色の瞳。


敵国、ガルヴァニア帝国の若き皇帝。

“冷酷無比” “戦場の悪魔”と恐れられる男、ジークハルト・フォン・ガルヴァニア。


彼が、なぜ、ここに?

衛兵たちが慌てて剣を抜くが、皇帝はまるで意に介さず、一歩、また一歩と広間に入ってくる。その圧倒的な覇気に、誰もが身動き一つ取れない。


セドリックが震える声で叫ぶ。

「な、何のようだ、ジークハルト! 不法侵入だぞ!」


だが、皇帝は王子など存在しないかのように通り過ぎた。彼の金色の瞳は、ただ一点だけを射抜いていた。


――この私を。


彼は、数多の着飾った貴族たちを無視して、まっすぐに私の前まで歩いてくると、その場に、跪いたのだ。

王族ですらひれ伏させる帝国の支配者が、ボロボロのドレスを着た、醜い私の前に。


そして、白い手袋に包まれた大きな手で、私の手を取った。


「ようやく見つけたぞ、我が至宝」


囁くような、それでいてホール全体に響き渡る声。

彼は私の手を取り、その甲に、恭しく口づけを落とした。


「その呪い、俺が解き放つ。お前こそが、世界を救う“本物の聖女”なのだから」


――瞬間。


私の頬から、閃光が迸った。

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