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第5話 がんばり屋の冒険者

(たしかにぼくは、面倒くさい性格をしているよ、リドル君)


 いまごろお気に入りの魔動人形(ゴーレム)……じゃなかった。美少女魔動人形(ガーラーテイア)を連れてデートを楽しんでいるに違いない後輩を思い浮かべながら、ぼくは岩の上に腰掛けて、自省を繰り返している。


(いつだってそうだ。言語化したり、根拠のある論理で説明してくれないと、ぼくは気が済まない性格をしているんだ)


 しかし肝心の自分の感情は、いまだに言語化できないでいるんだから、お笑い種だ。


 もし、ベル・ラックベルが、顔だけ美人の性格ブサイクだったら、こんな気持ちにはなってない。でも、彼女は性格まで美人だった。どこまでも真面目で、根性のある性格をしていた。


 ぼくとベル・ラックベルがはじめて会話を交わしたのは、彼女が入会してから半年後にあたる、愁ノ月のある日のことだった。


 《星の金貨(スターチップ)》の五階建て本部会館脇にある現像所で、ぼくは撮画(ショット)に使う感光膜(フィルム)の精製が終わるのを待っていた。


 精製装置が魔核晶(グリース)を呑み込んで、細く平べったい出力口から感光膜(フィルム)が伸びて巻き取られていく様子をぼーっと眺めていると、どうにも眠くなってきてしょうがなかった。カタログ作りや映像制作のような、デザイン力が試される仕事は好きだけど、こういう単純作業は苦手だ。


 すべての精製が終わって時間を確認すると、もう日を跨ぎそうな頃合いになっていた。帰り支度をして現像所の魔錠を閉め、自分が最終退室者になっていないかを確認した。


 ギルドの敷地内を最後に出るものは、すべての建物の鍵が閉まっていることを確認したうえで、家路につかなくてはならない。それが《星の金貨(スターチップ)》の規則だ。そうでないと、ギルドと契約している保安警備員(ガードマン)たちが、なにか異変が起こったのかと勘違いして、鎧馬車を走らせてしまうためだ。


 本部会館、魔石研究所、文献調査室、魔導センター、第一倉庫、第二倉庫……順番に見回っていった建物の玄関先には、不在の札がかけられていた。


 最後に、敷地の一番奥まったところ。すべての建造物の中でも、最大の占有面積と高さを誇る冒険訓練所へ視線を投げた。


 窓から灯りが漏れていた。


 第五班の人たちじゃなければいいな、と思いながら、訓練所の重い鉄扉の隙間から、ちらりと中を伺った。


 塗装の禿げあがった魔導効果耐性床のうえに、一人立つ小柄な人物の後ろ姿をとらえた。セミロングを後ろでひとつに束ねていたのを、いまでもはっきり覚えている。


『(ベル・ラックベル……)』


 ちらりと見えた彼女の横顔。目は真剣そのもので、頬は紅潮していた。長袖訓練服のあちこちには煤や汚れが付着している。まだ入会して半年なのに、もうそんなになるまで酷使しているということに、まずぼくは驚きを感じた。


 彼女は、自分の上背を越えるサイズの長杖(ワンド)を手にしていた。先端が鉤爪のように曲がって、持ち手付近には金細工が施してある。


 詠唱(クライ)を繰り返し、目線の先にある魔石造りの標的であるダミー・ターゲットへ向けて、稲妻や火炎の魔導効果をぶつけていた。壁は防音式になっているから、衝撃音はそこまででもない。それでも、彼女の気迫が、見えない圧となってこちらにまで伝わってきた。


 ベル・ラックベルは魔導効果を一発一発放つたびに、魔導開発局がこしらえた分厚い取説を食い入るように見つめては、ぶつぶつと何かを呟いていた。ときおり宙を眺めては、なにかを諳んじて、また取説に目を落とし、長杖(ワンド)を何度も握り直しながら、ダミー・ターゲットへ向けて詠唱(クライ)を繰り返した。


 魔導効果が放たれるたびに、その余波が光の粒子となって彼女の足元を包み込み、小さな、ほんのり化粧を施している卵型の顔を照らしつけた。


『(冒険者、か……)』


 ほんの少しだけ、ぼくは寂しさを覚えた。

 そして、胸の奥にちくりとした痛みも感じた。


『あの、そこに誰かいるんですか!?』


 ベル・ラックベルが、扉の隙間から様子を伺っていたぼくの存在に気付いて、大声を出した。


『(や、やばい)』


 はやく応じないと。このまま黙っていたら変質者に間違えられる。


『あ、あの! ごめん! その、覗く気はなくて!』


 はやく弁解しなきゃ――ぼくは力いっぱいに鉄扉を開けて、訓練所に足を踏み入れた。


『あ……の……?』


 きょとんとしてこちらを見つめるベル・ラックベル。その鳶色の目から、ちょっと視線を逸らして、ぼくは言った。


『え、えと。知らないかもしれないから自己紹介すると、広報宣伝局のトム・バードウッドです』


『あ、ああ。これはこれは。お疲れ様でございます』


 これはこれは? お疲れ様でございます?

 なんだその、おばちゃんみたいな言葉遣いは。


『はじめまして……ですかね。冒険局第五班の、ベル・ラックベルです』


 そう言って。ぺこりと彼女は頭を下げた。

 茶色のセミロングヘアが、ふわりと揺れた。


『ベル……ラックベルさん。お、お疲れ様です』


『えっと……それで、どういう……?』


『あ、あの。自分もう、帰るんだけど……ラックベルさんは、まだ残る感じ?』


『え?』


『ほら、最終退室者になるから……戸締りの最終確認のやり方、知ってるのかなって』


『あ、ああ! そういうことですか!』


 要領を得た途端、ラックベルは華やぐように笑って言った。


『お気遣いありがとうございます、バードウッド先輩。でも、ご心配には及びません。そのあたりは総務局の人たちから教えていただきましたから、大丈夫ですよ』


『あ、そう……え……あの』


『はい?』


『あ、ごめん。その、まだ訓練やっていくの?』


『そのつもりです』


 ラックベルが、自分よりはるかに背の高い長杖(ワンド)を見上げて言った。


『実地研修を終えて、やっと専用の魔道具をいただいたので、ちゃんと使い方を把握しておかないと、みなさんに迷惑をかけてしまいますから』


『そうなんだ。あのさ――』


 第五班の人たちとは、上手くやれているの?――そう訊こうとしたけど、やめた。彼女の性格からして愚痴をこぼすタイプには見えないけど、この質問は、すくなくとも彼女を嫌な気分にさせてしまうんじゃないかと、判断したからだ。


『――次の潜入は何時になるの?』


『紅ノ月の初週です』


『そうなんだ』


 やばい。『そうなんだ』を二連発してしまった。会話が止まった。


 本来なら、もうこれで用は済んだのだから『じゃあね。おつかれー』と言い残して帰路に着くべきだろう。


 でも、そうすることが惜しかった。その理由を言語化するなら、ベル・ラックベルという人物を、もっとよく知りたいと感じたせいだ。


 フォレスタ村から王都に出てきて、いろんな遊びの誘惑もあるだろうに、そうしたものを振り切って、夜遅くまで冒険者訓練に励んでいる彼女。なにが彼女をそこまで突き動かすのか。その原動力はなんなのか。ものすごく気になった。


 だけど、いきなりプライベートについて聞き出すのは、失礼だしキモがられるに決まってる。だから、ぼくはひとまず、ぼくの知っている範囲のことで会話の再接続を試みた。


『それ、イゼルタ五十七型だよね』


 目線を、ベル・ラックベルの手にしている長杖(ワンド)へ向けて言った。


『はい。なかなか扱い方が難しくて……とくに出力調整が上手くいかないんです』


『それ、可変式なんだよ』


『え?』


『杖の底を床に二回ぶつけて、それから詠唱(クライ)をすると、短杖(ロッド)になる』


『でも、呪文が……』


『三十六ページ』


『へ?』


『と、取説の三十六ページに書いてある。確認してみて』 


 彼女は慌てて足元に置いていた取説を拾い上げると、ぼくの指定したページを見て、驚きに声を上げた。


『本当ですね……出力操作のところばかり見てたから、気づきませんでした』


『もとに戻すときは、杖の持ち手の部分を強く握って、右に軽く捻れば良い』 


『よくご存じですね』


『この魔導具、こんど映像広告に載せる予定なんだ。いずれは護身用に仕様を調整して市場に出すんだって販売局の人から聞いて。それでちょっと、事前に特徴を調べたくて借りてたんだ』


 仕事のことになると、余計なことを気にせずぺらぺらと口が回る。こういう性格で助かった。


『それに、短杖(ロッド)型になると出力の調整もしやすくなる。長杖(ワンド)魔核晶(グリース)を複数個宿している、大型のモンストル相手に使った方が良い』


『でも、短杖(ロッド)だと威力が下がっちゃうんじゃないですか?』


地下魔構(ダンジョン)も層によっては比較的狭いところもあるし、普段から携行するなら、低威力であることを鑑みても、短杖(ロッド)のほうが良いと思う。過去にもこういう魔導具はあって、ぼくも何度か使わせてもらったことがあるんだ。その経験に基づいた考えさ』


『バードウッド先輩、もしかして地下魔構(ダンジョン)に結構潜られたりするんですか? 広報宣伝局の人たちって、いつも本部会館にいるイメージがあったので、意外です』


『そう思って当然だよ。でも、広報宣伝局も仕事で魔核晶(グリース)を使うからね。冒険者のみんなと比較すると、頻度は少ないけど地下魔構(ダンジョン)に潜ったりもするんだ。自分たちの仕事で使うものは、自分たちで用意する。それが《星の金貨(スターチップ)》の規則でもあるから』


『なるほど。ひとつ勉強になりました。ありがとうございます。』


『いいよ。気にしないで。それに、ぼくはもともと、冒険局の第五班にいたんだ。だからちょっと、アドバイスがしたくなって……』


 口が滑った。

 彼女がきらきらした顔で、ぼくの話に耳を傾けてくれるから。


『え!? そうなんですか!?』


 予想通り、旧友との再会を喜ぶような驚きと笑みを目元に浮かべている。


 やめてくれ。君は次に必ず疑問に思うことになる。


 そして、それが結果として、君に負い目を感じさせてしまうだろう。


『あれ? でも、だとしたらいまはどうして広報宣伝局に……』 


 そのとき、彼女の目線が右に泳いだ。


《夜のはじまり》。魔導移植手術で新たに生えた銀の腕。いままで長杖(ワンド)に気を取れられていた彼女の目線が、ぼくの過去を無言で語る右腕(そこ)へと注がれた。


『あ……』


 か細い声を、ベル・ラックベルが上げた。


 とてつもなく、申し訳なかった。


 ぼくは、地下魔構(ダンジョン)の探索も下手だったら、コミュニケーションの探索も下手な男なのだ。そのことをいやほど思い知らされた。


『す、すみま――』


『気にしないでくれ』


 だから、急いで言葉を紡いだ。


『ごめん。ぼくが悪かった。第五班にいたなんて、言うべきじゃなかった』


『え? あ、あの、バードウッド先輩……』


『誰だって疑問に思うことだ。でも、気にしないでくれ。ラックベルさんが悪い訳じゃないんだから』


 言い方が、少し強かったせいだろうか。あんなに笑みを浮かべていたのに。ベル・ラックベルは、いつのまにか眉をハの字に下げて、ただただ、申し訳なさそうにこちらを見つめているだけだった。





 ▲▲▲





『(後輩に気を遣わせるなんて、まったく最悪な先輩もいたもんだな)』


 激しい後悔に胸を引き裂かれる想いで、ぼくはギルドを後にした。


『(次会ったら、なんて声をかければいいんだろう)』


 もっとほかに、上手い会話の引き出しがあったはずなのに。

 これぞ本当のコミュ障って奴じゃないのか。


『(…………それにしても)』


 ぼくはなぜ、ああではなかったのだろうか。

 帰り道は、そのことだけを考えた。


 ぼくも、こんな夜遅くになるまで訓練に勤しんでいたら。

 ベル・ラックベルくらい無心で努力を積み重ねていたら、なにか変わっていたんだろうか。


 きっと変わっていたはずだ。


 それができなかったから――と、ひとり思考の沼にはまりながら、暗い夜道を歩き続けた。

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