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第12話 決裂

 ズィータ。

 ズィータの《レボリューショナリー・ロード》

 レベル3の地下魔構ダンジョン

 駅舎ステイションから南に一キロ。


 ノヴィアが口にしたすべての情報を大脳の襞で何度も何度も噛み締めているうちに、ぼくの心はおかしくなってしまったんだろうか。嬉しいような、苦しいような、悲しいような、なんとも言い難い感情に支配されていった。


 ここからそう遠くない場所で、ベル・ラックベルの結婚式が執り行われている――


 式場は、駅舎ステイション近くの高層建造体スクレイパー――


 たったの一キロ先で、彼女は人生の伴侶の隣で、いま、幸福の絶頂を迎えている――


 人生において、これほど強い光の存在を意識したことは、かつてなかった。その光がどれだけ暖かく、どれだけ多幸感に満ちているか、ぼくは嫌というほど知っている。そして、それを意識すればするほど、ぼくはぼくのいる場所の昏さを、逆説的に強く意識することになるのだった。


 たとえるなら、それはルテニウル山脈の険しい山間の奥からゆっくりと姿を顕す黄金色の未来を見ることなく、地底よりもはるかに深くて暗い過去が放つ悪臭に、からだも心も囚われてしまう感覚に近かった。


「認識のすり合わせをする必要があるんじゃないのか」


 ぼくの尋常ならざる反応を見て、キレートがノヴィアにそう提案した。


「バードウッドさん」


 長身のノヴィアが屈み込み、岩に腰かけるぼくとおなじ目線になって言った。


「《隠し階層》に落ちた時の状況、詳しく聞かせていただけませんか」


 まるで、迷子になった子供に優しく語りかける警邏隊員のような口ぶりだった。


 ぼくは、まだ混乱したままの頭を無理やりにでも落ち着かせると、あの不可思議な虹色プラーグに遭遇したときの状況を説明した。


「俺たちの時とはぜんぜん違うな」


 すべてを説明し終わった直後、キレートが険しい顔つきで言った。


「何度かここに潜っているが、虹色のプラーグなんて、そもそも見かけたことないしな」


「あの……」


「ん? どうした?」


「皆さんは、その、どういう状況で《隠し階層》に落ちたんですか?」


「ああ、それは……」


 キレートが理由を口にしかけたところで、なにかを思い出したようにはっとなって、ノヴィアの方を見た。


「あたしたちは、幻影を見たんです。それが《隠し階層》に落ちたきっかけでした」


 はっきりとそう口にするノヴィアの背中をキレートが見守っていたのを、ぼくはいまでも覚えている。他人から古傷のできた理由を問い質されて、そのことに正直に答えようとする者の心情を慮るような、そんな複雑な表情を彼は浮かべていた。


「あたしたち三人は、元々おなじ大手ギルドに所属していたんです。でも、わけあって独立することになって、それで設立したのが《放浪の三つ首(ケルベロス)》。今日はギルド休業日だったんですが、あたしが素材回収をしたいってわがままを言って、ふたりはそれに付き合ってくれていたんです」


 ノヴィアはそこまで言うと、ちょっと目を伏せた。


「第三層まで順調に探索を進めていた時でした。目線の先に、前のギルドでお世話になった人を見かけたんです」


「その人に、話しかけたんですか?」


「いえ……遠くにちらっと後姿を見かけただけです。でも、すごくお世話になった方だったので、一目でそうだと思い込んだんです」


 ノヴィアが顔を上げた。昔を懐かしむような、そんな口ぶりで彼女は話を進めた。


「探索中だったのに……あたし、ひどく動揺してしまって……そんなこと、あるわけがないのに。気づいたら、その人のいる方向に向かって駆け出してました。キレートとエディが慌てて呼び止めようとしても、声なんて聞こえなかったくらい、無我夢中でした。その人の名前を層内に響き渡るくらいの大声で呼んだ時でした。ふっと、その人の姿が煙のように消えてしまって……直後に、足元が大きく崩れて、あたしも、あとを追ってきたこの二人も、下に向かって真っ逆さまに落下したんです」


「その落ちた先が、《隠し階層》だったということですか」


「ええ。落下中に、キレートが間一髪のところで防御系の魔導効果を繰り出してくれたおかげで事なきを得ましたが、もしひとりで潜っていたらと思うと、ぞっとします。無事では済まなかったでしょうね」


「まったく、少しはこっちの身にもなれってんだよ。休みの日に同僚が骸になってましたってあとで知ったら、夢見が悪いぜ」


 肩を竦ませ、冗談めかしてキレートが言った。


「ありがとう、キレート。その、さっきはごめん。厳しいこと言ってしまって」


 真剣さと感謝を滲ませた声で、ノヴィアは彼の方を振り返って静かにそう口にした。そんな殊勝な反応が返ってくるとは思っていなかったのか、キレートは少し虚を突かれた様子で、「わかりゃいいんだよ」と、ぶっきらぼうに言って、頬の辺りをぽりぽり掻いた。


「空間転移……かもしれねぇな」


 と、それまで黙って腕を組んでいたエディが、唐突に口にした。


「空間転移?」


 キレートの問いに、エディは「オレっちも噂でしか聞いたことがねぇが……」と前置きして続けた。


「そもそも、地下魔構ダンジョンは大魔王が戦略拠点兵器として建掘したのがはじまりだろ? つまり、ここで造り出されているモンストルたちは、いまもむかしも、人類殲滅を目的とした兵器そのものだ。冒険者たちとの戦闘が激化した結果、ある拠点で兵器の再生産リポップが追っつかなくなったら、不足分をどうにかして補う必要もあったはずだ。落としちゃならねぇ重要拠点であればあるほど、そうした対策は講じていて然るべきだ。たとえば、戦闘能力を全く持たない、空間転移に特化した能力のモンストルを、各地方の地下魔構ダンジョンに配置しておくとかしてな」


「つまり、ぼくが遭遇した虹色のプラーグは、モンストルたちを別の地下魔構ダンジョンへ距離を無視して飛ばす……いや、輸送するために造られたモンストルということですか?」


「輸送って指摘はしっくりくるな。さしずめ、若造が遭遇した虹色プラーグは、輸送専門のモンストル。ポータル・モンストルってところか」


「ポータル・モンストル……でも、ぼくの潜っていた《ロングレッグス》はレベル1ですよ? レベル3の地下魔構ダンジョンにあんなプラーグたちを送り込んでも、不足分を補うことにはならないんじゃないですか?」


「それについては、地下魔構ダンジョン瘴気マナが関係しているのかも」


 ノヴィアが立ち上がり、顎に手をやりながら考察を述べ始めた。


「むかし、モンストル関連の研究書籍で読んだことがある。低レベルの地下魔構ダンジョンで生産されたモンストルを高レベル帯へ移動させると、行動パターンに明らかな狂暴性が見られたそうです。瘴気マナを取り込んで、基礎能力が向上した結果そうなったのだと、その本には書かれていました。当時はいまと比べて、地下魔構ダンジョンの瘴気濃度も高かったようですし、大魔王がポータル・モンストルなんてものを仕掛けていても、おかしくはないかと」


「あるいは、意外となにも考えねぇで、面白いからって理由だけで用意したのかもしれねぇな」


 エディが喉奥でくっくっくっと笑って言った。


「古代文献によると、懼れる貌のデルスウザーラってのは、なかなかお茶目で悪趣味な性格をしていたって言うしな。若造みたいな経験を冒険者に味わってほしいってだけかもしれん」


 お茶目な性格の大魔王。そういえば、リドル君も前にそんなことを言っていたのを、ぼくはこの時思い出した。


「レベル3の地下魔構ダンジョンの《隠し階層》か……」


 だったら、ブラウ・ブラウニーと遭遇したのも納得がいく。彼ら三人が、ぼくの実力や魔道具の力を誤認しかけたのも。本当に、あのブラウ・ブラウニーを倒せたのは、奇跡的なことだったのだと、いまさらになって実感が湧いてきた。


 それにしても、大魔王は悪趣味が過ぎやしないか。サンカーヴからマズダならいい。サンカーヴからノース・サウザンドの地下魔構ダンジョンに飛ぶのでもわかる。


 けれども、サンカーヴからズィータ。

 それも、このタイミングで転送されるなんて。


救命呼笛サインホイッスルを使おう」


 キレートが力を込めて、ノヴィアに言った。


「エディさんの推測と、その虹色プラーグが機能し続けていることを考えたら、《ロングレッグス》からこっちに大量の狂暴化したモンストルが湧いてくる可能性が高い」


「……そうだな」


 さっきはなんだかんだと渋っていたノヴィアだったけど、さすがにこの状況を前にして、仲間たちの命を最優先に考えるべきだと思ったんだろう。想定外の事態を憂慮しつつも、決断を迫られる者に特有の目力を瞳に込めて、彼女は革帯小鞄ベルトポーチから、手のひらサイズの笛を取り出し、一息に吹いた。


 ぼくは、あえて口を挟まなかった。もしかしたら、彼らの持っている救命呼笛サインホイッスルなら、正しく機能するかもしれない。そんな論拠不明オカルトじみた考えが脳裏を過ったせいだ。


 だけれども。


「おかしい」


 ノヴィアが笛を見つめ、それから、はるかに高い天井へと視線をやり、訝しむように言った。


「通知が返ってこない」


「やっぱり……」


「やっぱり? どういうことです?」


「ぼくも試したけど、ダメでした」


「なんてこった」


 キレートが暗い天井を仰いで、忌々し気に舌打ちを鳴らした。


「自力で脱出口を見つけなきゃいけなくなったってことか」


「なんだキレート。だらしねぇな。オレっちとしては、むしろ答えがはっきりして、やりやすくなったって印象だぜ?」


 苛立ちを隠せない様子の(エディにしれみれば)若造の守備士シールダーとは真逆に、歴戦の魔撃士ソーサリーは飄々とした態度で、視線を向こうへやった。ファイブスターたちの遺骸の先には、暗い洞穴が二つあって、その向こうからわずかではあるけど、風の流れが来ているのを肌で感じた。


「どっちが出口に繋がっているかはわからねぇが……」


「でも、行くしかない」


 ノヴィアは覚悟を決めた声で言うと、腰に差した銃を再び手に取り、回転弾倉レンコンや銃身の状態を手で触りながら確認した。キレートは背負った長剣の柄を握り返しながら、大盾シールドにセットされた魔石と、魔石をひっかく呪文刻印針スペルチップの摩耗具合を確かめていた。


 エディといえば、うーんと伸びをしていた。それから、なんのつもりかわからないけど、「しゅっしゅっしゅっ!」と息を吐いて、まるで刺突剣レイピアを扱うような手捌きで短杖ロッドを宙に突き出していた。なんなんだこのおじさんは。


「よし、いこう。みんな」


 ノヴィアの呼びかけに、キレートとエディがそれぞれに応え、右側の洞穴へ向けて歩みを進める。


 ぼくはその様子を、岩に腰かけたまま、黙って見送っていた。






















「「「おいおいおいおいおいおい!!!」」」


 と――三人とも血相を変えて、ぼくのところへ小走りに駆け戻ってきた。


「お、おい」


「若造……」


「あ、あの。バードウッドさん」


「はい」


「はいって……あ、あのですね」


 美人でも、こんな顔をするのか。

 ノヴィアは手を広げ、なにを一言目に口にして良いか逡巡してから、言った。


「な、なんで座ったままなんですか?」


「え」


「いや、え? じゃなくって!」


「いまの流れ! 普通に俺たちについてくる流れだろ! 常識的に考えてさぁ!」


「若造、まさかオレっちの魔導効果で、耳だけじゃなく頭までイカれちまったのか? いや、そうならそうと言ってくれ。さすがのオレっちも責任を感じちゃうぜ……」


 困惑するノヴィア。憤慨するキレート。心配げにこちらを覗き込むように見るエディ。

 三者三様の反応をしっかりとこの目で確認して、それでもこの時のぼくは、こうはっきりと口にした。


「ぼくのことはいいですから。みなさんは先に行ってください」


「な、なに言ってんだ、お前……」


 唖然として、キレートが言った。

 ノヴィアが再びしゃがみ込んで、ぼくの両肩に手を置いて、激しく揺さぶってきた。


「ここにいては危険です! こうしている間にも、いつモンストルが襲ってくるかわからないんですよ!?」


「……心配してくれて、ありがとうございます。ノヴィアさん。でも、ぼくがみなさんについていくわけにはいきません」


 三人が、フォレットの幻影を見たように、目を白黒させた。


「さっき、みなさんと握手をしてわかりました。みなさん、これまでたくさんの経験を積んできた冒険者だ。ランクは関係ありません。毎日のように地下魔構ダンジョンに潜って、おそろしいモンストル達を狩ってきた実力者だ。でも――」


 途中で言葉を切り、黒い手革袋グローブに覆われた自分の手に視線を落とす。わざわざ外して確認するまでもなかった。キレートの自信に溢れたそれでも、エディの達人めいたそれでも、ノヴィアの秘めたる力強さのそれでもない。どこにでもある、ごくごく普通の、なんの取り柄もない、凡庸な人間の手だ。


「まさかとは思うがよ」


 キレートが鼻息荒く言った。


「探索経験に疎い影響紡ぎ(エフェクター)の自分じゃ、足手まといになるから、俺たちについていけないって……そう言いたいのか?」


 ぼくは、黙って首を縦に振った。彼が小さく溜息を吐くのがわかった。


「で、でも。ブラウ・ブラウニーを倒したんですよね?」と、ノヴィアが擁護するようなことを言ってきた。「初心者殺しといわれるあのモンストルを倒したってことは、バードウッドさんはもう、立派な冒険者ですよ。気後れする必要なんて、どこにもありませんよ」


「いや、ぼくはどこまでいっても、影響紡ぎ(エフェクター)でしかないんだ」


 ぎこちない笑みを浮かべた。ノヴィアは下唇を噛んでいた。どうにかして、ぼくの複雑に絡まる感情の紐を解こうと必死になっていた。いまにして思えば、とてもひどく情けない態度で、彼女に接していたと思う。


「ブラウ・ブラウニーを倒せたのは、ぼくの力じゃない。ベル・ラックベルが……」


「ベル・ラックベルさんが……どう関係しているんです?」


「…………彼女が、以前に教えてくれたんです。ブラウ・ブラウニーの弱点を。だから倒せたようなものです。まぐれですよ。そしてぼくは、まぐれで得た実績を引っ提げて冒険者面するほど、傲慢で自信過剰な性格はしていない」


「ふぅん。ああ、なるほど。そういうことか。へぇ」


 大盾シールドを背負ったキレートが腕を組んで、底冷えするような声で続けた。


「お前は、ベル・ラックベルのアドバイスがなきゃ戦えない、意気地なしの臆病者ってことだ」


「キレート! そんな言い方はよせ!」


「だって、こいつがそう言ってんだぜ? 事実を指摘しただけだ。なるほど、よーく自己分析できてるじゃねぇか。これがギルドの面接だったら、大手の冒険局にも一発合格だろうな」


 キレートの痛烈な皮肉を聞いて、悔しいという気持ちが湧かなかったわけじゃない。でも、ここまで言われても、ぼくの精神は発奮することはなかった。


 きっと、キレートなりに発破をかけたつもりだったのだろう。それでも、思っていた反応が返ってこないと見るや、彼はわざとらしく溜息をついて、ノヴィアの肩に手を置いた。


「行こうぜ。放っておけ、こんなヤツ」


「なにを言っているんだ!」


 非情ともとれる仲間の物言いに、さすがに黙っていられなかったのだろう。ノヴィアはキレートの手を振りほどくように立ち上がって、唾を飛ばして反論した。


「キレート! おまえ、それでも冒険者か! 目の前で困っている人がいるのに、見捨てるなんてダメだ! 上長リーダーとして、それだけは絶対に認めないからな!」


「大声出すなよ。耳がさらに悪くなるだろ」


 怒気を露わにするノヴィアを前にしても、キレートは自分の主張は間違ってないとでも言うように、真正面から彼女を見据えて言った。


「こいつは、別に困っちゃいねぇよ。自分の意志でここに留まるって言っているんだからな。俺は冒険者として、こいつの意見を尊重してやっているに過ぎない」


「そんな理屈が……!」


「いや、ノヴィア。悪いが、ここはキレートの言う通りだぜ」


「エディさんまで……なにを言っているんです!」


 まさかの加勢に、ノヴィアの頬がますますの怒りで紅潮する。だが、エディは老練な経験と知識に基づいて、冷静に彼女を説得しにかかった。


「探索チームの組織論に倣って言えば、二番目に厄介なのは無能な怠け者。いちばん厄介なのは無能な働き者だ」


「バードウッドさんが、無能な働き者だと言いたいんですか? あたしたちは、まだ彼の正確な力量すら推し量れていないのに。エディさんにしては、ちょっと早計すぎる判断ですね」


「別に無能だとは言ってねぇ。ただ、だからこそ厄介だともいえる。無能なのか有能なのかわからず、やる気があるのに自信がないのか、やる気もなくただの臆病なのか……オレっちたちは、決定的に、トム・バードウッドって人間の特性を知らねぇのさ」


 ノヴィアが閉口した。エディは続けて言った。


「堅実な連携の取れるオレっちたちの要求度で、この若造が動いてくれるかどうか。その保証はどこにもねぇ。つまり、不確定要素が高すぎる。そういうヤツを引き入れてしまったチームが壊滅したなんて話は、これまで何度も耳にしてきた」


「エディさんだって、バードウッドさんを連れていく気だったじゃないですか!」


「そりゃあな。ただ、なぁ……」


 エディが、ちらりとこちらを見て、すぐに目を逸らした。


「この様子じゃ、ちょっとな……」


「……あたしたちが、彼をモンストル達から守って探索を進めていくことだって、できるはず」


「やろうと思えばできねぇことはねぇよ。ただ、そんなことをしてみろ。この若造のなけなしの誇り(プライド)を、さらに傷つけることになるぞ」


誇り(プライド)……」


「オレっちも男だからわかる。男って生き物はよ、他人からしてみればどうでもいいと思うようなことに、誇り(プライド)を感じる生き物なんだよ。この若造、たしかに何を考えているかわからねぇヤツだが、お荷物であることを良しとするような性格じゃねぇのはたしかだ」


「それに、俺は臆病者を守護まもるつもりはないからな」


 余計な一言を口にしたキレートを軽く睨みつけながら、ノヴィアは押し黙り、それから口を開いた。


「……わかった」


 ただし、と即座に付け加える。


「出口を見つけたら、すぐにここへ戻ってきて、バードウッドさんを連れていく」


「おい。日を跨ぐつもりか?」


「……だったら、脱出後に守衛を通じて救助チームを編成してもらう。測層調査マッピングのデータを提出すれば、そう時間はかからないはずだ」


 折衷案だった。キレートは渋々ではあるが、納得したようだ。ノヴィアの震える背中を軽く叩いて、先へと促す。


「若造」


 ふたりが洞穴へ向かって歩いていく後ろ姿を眺めていると、エディが頭上から声をかけてきた。


「聞いてただろ。キレートの奴はともかく、ノヴィアはお前をどうにか助けようとしているみたいだぜ」


「……はい」


「……どうしても、オレっちたちについてくるのは難しいか?」


「すみません……ぼくは、勇気がないから」


「……勇気ねぇ」


 その言葉の重みを本当の意味で理解しているのか? と言いたげな目つきで、エディは魔導衣の袖に手をやりながら言った。


「ここから動くな……っつても、不測の事態が起こらないとも限らねぇ。消姿草カムリーフはまだ持っているか?」


「ええ」


「そうか。だったらこれをやる」


 そう言って袖口から取り出したのは、銀製の首飾り(ネックレス)だった。先端部には魔石から加工された、青い楕円型のパーツが取り付けられていた。


「《聖なるかな》って名前の魔導具だ。こいつを首から下げて詠唱クライすれば、高レベルの地下魔構ダンジョンでもモンストルを寄せ付けねぇ。万が一ってときのために、いつも懐に忍ばせてあんだよ」


「そんなすごい魔導具を、ぼくに?」


「ああ。それに、こいつにはちょっとした魔導効果もあってな……」


 エディは魔道具の説明をひと通り終えると、その場にしゃがみ込み、俊敏な手つきでぼくの首にそれをかけた。ぼくが断る暇もないくらいの素早さで。


「受け取り拒否は受け付けねぇからな」


 エディが厳しい表情で言った。


「ノヴィアは、いろいろと責任をしょい込んじまうところがある。お前が死体で見つかったと知ったら、きっと自分を責めるだろうし、そんな風に彼女を追い込んだお前を、キレートは死んでも許さねぇだろうよ。オレっちとしても、ここでお前と出会った縁を悪縁にはしたくねぇ。それは本心だ。だからよ、若造」


 エディは、軽くぼくの肩のあたりを叩くと、ほんの少しだけ目元に笑みを浮かべた。


「なんとしても、生き残れ」

「エディさん! そんな奴に構ってないで、はやく行きますよ!」


 キレートの呼ぶ声に、エディは適当に答えると、立ち上がり、それからぼくに向けて軽く親指を立て(コルヌアップ)て、足早にその場を後にした。ぼくも同じように返してあげたかったけど、一瞬の迷いで躊躇して、できなかった。勇気の無さが、そうさせたのだと思う。


 視界の中にあるのは、ファイブスターたちの亡骸。ただそれだけ。魔核晶グリースが粉々に破壊されたまま放置されていた。ノヴィアたちは素材回収のために来たというけど、きっと、それだけが目的じゃないんだろうことは、ぼくと出会う前の彼らの会話内容から、なんとなく察せられた。


 あたりから音らしい音が消えてなくなった。またひとりになってしまった。


 冒険者たちと出会うことができたら、この劣悪な状況も好転するものと思っていた。でも、実際に彼らの戦闘を見て、実際に握手を交わしてわかったのは、ぼくなんかが肩を並べて立って良い人たちじゃないってことだ。判断能力、身体能力、魔導具の力を実戦で十分に引き出せる技量、戦闘感度、なにもかもが桁違いだ。


「(ベル・ラックベルと……)」


 またしても、彼女のことを考えてしまう。ズィータが近いからか。あるいは冒険者と出会ってしまったからなのか。


「(ベル・ラックベルと、肩を並べる)」


 冒険局にいれば、そんな未来があったかもしれないと夢想していた自分が、とても愚かに思えてきてしまう。


 でも、それでも。

 もしも、過去が予定通りだったら。


 当初の予定通り、ベル・ラックベルの配属先が()()()()()()()になって。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少なくとも、ここまで苦しい想いはしなくても済んだんじゃないか。


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