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一章④ 無法魔術師は信用がない

「あれ? アテナさん?」


 ぼちぼち日差しも高くなってきたころ、まだ人影もまばらな商店通りを歩いていると、向かいのほうからやってきた少女に声をかけられた。


 亜麻色の髪を短めのポニーテールにした快活そうなその少女は、サーシャさんの一人娘であるセシルだ。


 おそらくはこれから学校に向かうところなのだろう。白地に紺色の大きな襟がついた市民学校の制服をきており、その背中には革製の大きな鞄を背負っている。


「やあ、おはよう」

「おはようございます。こんなところで、珍しいですね」


 僕が挨拶をすると、セシルもニコッと微笑みながら応じてくれた。


 サーシャさんとよく似た面立ちをしているが、母親である彼女と比べると快活そうな印象が勝っており、このあたりは亡き父親の遺伝子が色濃く出ているのかもしれない。


 実際にお会いしたことがあるわけではないが、真面目ながらも明るく気さくな性格で、何事にも前向きな御仁だったという話だけは聞かされている。


 きっと僕なんかとは対照的な好人物だったのだろう。


「散歩中なんだ。僕みたいな人間でも、たまには朝日を浴びておかないといけないからね」

「そうなんですね。でも、朝日を浴びないことなんてあるんですか?」


 屈託のない笑顔でセシルが言う。


 心にグサッとくる言葉だが、まあ、他意はないのだろう。


「セシルはこれから学校?」

「はい」

「市民学校は楽しい?」

「楽しいですよ。ちょうど今年から魔術の授業がはじまったんですけど、その担当の先生がすごい人で、いつも次の授業が楽しみなんです」

「へええ。それはすごいね」

「アテナさんも魔術が使えるんですよね?」

「まあ、多少はね」

「よかったら、今度どんな魔術が使えるのか見せてください……あっ、ユリアちゃーん!」


 セシルがそう言ってペコリと頭を下げ、そのままこちらの返事は待たずに今度はすぐそばを通りかかった別の女の子のほうへと駆け寄っていった。


 その女の子もセシルと同じ市民学校の制服を着ていることから察するに、いわゆるご学友というやつなのだろう。


 二人はそのまま談笑しながら商店通りを市民学校のほうに向けて歩いていき、僕はとくに意味もなく肩をすくめながら、彼女たちとは逆方向に向けて歩みを再開する。


(市民学校で魔術の授業か……)


 ここ一年あまりの記憶しかない僕が偉そうなことを言える立場ではないが、魔術の価値も今と昔では随分と変わってしまったように思う。


 かつては人の生活にとって必要不可欠なインフラ的な存在だったのかもしれないが、今はもうそういった時代ではない。


 とくに近年はその傾向が著しく、誰でも手軽に魔術と同様の現象を発生させられる『エーテル機関』という装置が普及しはじめて以降は、もはや魔術に頼らずとも何ら不自由のない豊かな生活を送ることが可能となっていた。


 その一方で、魔術師に対する風当たりは時を追うごとに厳しくなってきている。


 まあ、当然と言えば当然だ。誰しもがそうだとは言わないが、仮に僕みたいに好き勝手に魔術を使う人間が身近にいるとなれば、誰だって身の危険くらいは感じるだろう。


 そんな時代にあって、わざわざ市民学校で魔術を教育する理由とはなんだろう――そんなことが少し気にはなったが、選挙権すら持たない僕にこの街の教育方針についてとやかくいう権利があるわけではないし、あまり深く考えても仕方のないことではあるか。


 ともあれ、そうこうしているうちに僕は目的地である『水蝶』の前までたどり着いた。


 すでに開店しているようで、行列ができているというほどではないが、窓ガラス越しに見える店内はすでにかなりの賑わいを見せているようだった。


 どうせ今の時間は裏口も締め切っているだろうし、僕はそのまま入口の戸に手をかけて店の中へと足を踏み入れる。


 もともとは大衆酒場の客席だった場所を改装して作られた売り場は広々としており、そこかしこに設えられた机の上には様々な種類のパンが並べられていた。


 当然ながら店内は焼き立てのパンの芳しい薫りで満ちており、その匂いにつられて僕の腹の虫も急速に空腹感を訴えてくる。


 考えてみれば昨夜から強制的に何度もウォーキングさせられている上に、無自覚なものも含めて何度かの軽い運動も挟んでいる。そりゃ空腹のひとつも感じよう。


「あら、アテナくん?」


 ――と、店の奥のほうから僕の名を呼ぶ声がした。


 見やると、果物やクリームでデコレーションされた小洒落たパンが並ぶショーケースの向こうで、驚いたように目を丸くするサーシャさんがそこにいた。


 売り場が広い上に客の出入りも激しいので、こちらから自己主張でもしないかぎり僕の存在など埋もれてしまうだろうと思っていたが、別にそんなことはなかったらしい。


 やはり僕ほどのイケメンともなれば嫌でも目立ってしまうのだろう。


「アテナくん、ちょっと……」


 サーシャさんは何故かキョロキョロと周囲に視線を向けると、そのまま僕に向かって手招きするような仕草をしてみせた。


 何事かと思いながら歩み寄って行くと、サーシャさんはその豊満な胸をカウンターの上にズシッと乗せながら身をのり出してきて、そのまま抑え気味の声で囁いてくる。


「さっき、自治警察の人がお店にきたわ」

「えっ……」


 胸に見とれている場合ではなかった。というか、完全に予想外の事態である。


 わざわざ自治警察がこの店にまで来たということは、今回ばかりは警察側も本気で僕を捕まえようとしているということだろうか。


 まあ、これまでの酔っぱらいの喧嘩と違って今回は殺人容疑だから、ある意味で当然と言えば当然かもしれない。僕のほうが少し軽く考えすぎていた。


 これは下手にお店に迷惑がかかる前に退散したほうがよいだろうか……。


「とりあえず、奥で話を聞かせて。アリーシャちゃん、少しの間、ここをお願いしてもいいかしら?」

「あ、はい!」


 しかし、サーシャさんは近くにいた従業員の女の子にそう声をかけると、そのままカウンターの奥へと消えていってしまう。


 さすがにそれを放置して退散というわけにもいかず、僕もぐるっとカウンターを回り込んでサーシャさんのあとを追った。


 奥の部屋は厨房になっているのだが、もともと『水蝶』は早朝とお昼時の二回しか焼成を行わないため、今の時間は僕とサーシャさん以外に人の姿は見えない。


「殺人事件の容疑者にされたって話……わたし、てっきりあなたの寝言だとばっかり思っていたのだけれど……」


 こちらを振り返り、口許に手を当てて不安そうな面持ちをしながらサーシャさんが言った。


 さすがにサーシャさんは僕を疑ったりしないと思うが、さて、どのように状況を説明したものか。


「ついにこのときがきてしまったのね……いつかは歯どめが効かずに人を殺めてしまうこともあるかもしれないと、覚悟はしていたけれど……」

「……あれ?」


 しかし、僕の期待はあっさりと裏切られてしまう。


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