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一章③ 無法魔術師は帰れない

「スケベ! ヘンタイ! レイプ魔!」


 ことが終わったあと、短い眠りから覚めてすっかり平静を取り戻した鈴音さんは、服を着るのも厭わず僕を罵倒し続けていた。


 僕はもう着替えも済ませていつでも守衛室をあとにできる状態なのだが、さすがに素っ裸で寝入ってしまった鈴音さんを放ったらかして退散するというのも気が憚られたので、せめて目が覚めるまではと待っていたのだ。


「最後のほうは鈴音さんだって楽しんでたじゃん」


 溜息まじりに僕が言うと、鈴音さんはさらに顔を真っ赤に紅潮させ、鬱血するほど強く握りしめた拳で僕の背中を殴打してくる。


「あんなのあたしじゃないんだから! アテナくん、絶対に変な魔術使ってるんでしょ!? あんなの……あたし、本当はあんなこと言う人間じゃないんだから!」

「鈴音さんはいつもあんなだよ」

「ウソよ! そんなの絶対にウソ!」

「まあ嘘でも何でもいいけど、あのとき言ったこと、忘れたわけじゃないよね?」


 僕が言うと、鈴音さんはむぐっと喉を詰まらせながら僕の顔を睨みつけ、そのまま不貞腐れたように寝具の中に潜り込んでしまう。


「武士に二言はないわ……でも、アレはあんたの怪しい魔術のせいで無理やり言わされただけ! あたしは別にあんたの無法を容認してるわけじゃないんだからね!?」


 寝具にくるまりながらもカタツムリのように頭だけを出して、鈴音さんがギャーギャーと喚き立てている。


 あいにくと僕の魔術は他人の精神を操作できるほど万能ではないし、そんな力があるなら最初からこんな『肉体交渉』に及ぶ必要もなかったわけだが、それについてはもう説明するだけ無駄だろう。


 口では勇ましいことばかり言っているが、そもそも怒ったり不機嫌だったりする鈴音さんを僕がベッドの上で大人しくさせることだって恒例行事のようなものだ。

 

「分かったから、そろそろ服を着なよ。それとも、そのまま裸で仕事をするの?」

「誰のせいでこうなったと思ってんのよ!」


 鈴音さんが寝具を跳ね除けながらベッドの上に立ち上がり、そのまま足許の枕を拾い上げて僕の背中に投げつけてきた。


 もう完全にヒステリーを起こしてしまっているが、女性は少しくらいヒステリックなほうが可愛らしいとも思うし、ひょっとしたら鈴音さんは本能的にそのことを体現しているのかもしれない。


 ともあれ、それからもしばらく鈴音さんはスッポンポンのままベッドの上で僕に対する罵詈雑言を喚き散らしていたが、やがて怒るにも飽きてきたのか、ふんっと荒々しく鼻を鳴らしてベッドから降りると、ようやく着替えをはじめてくれた。


 僕もベッドの縁から立ち上がり、鈴音さんが制服を身につけている姿を横目に仮眠室をあとにする。


 とりあえず、壊してしまった机や椅子を魔術で修復しておくか……。


「それで、これからどうするの? 今回は約束どおり見逃してあげるけど、さすがに森の中に入れるわけにはいかないわよ」


 さすがにあれだけ発散して気持ちも少し落ちついたのか、着替えを済ませて仮眠室を出てきた鈴音さんが唇を尖らせながらそんなことを訊いてきた。


 たしかに、形式上はそもそも僕はここに来なかったことになるわけだから、森の中の自宅に戻るというのもおかしな話ではある。


 こんなことになると分かっていたなら、最初からサーシャさんのベッドで昼過ぎくらいまで居眠りをしていたのだが……。


「とりあえず『水蝶』にでも行って、お店の手伝いでもしてこようかな」

「あの市民街のパン屋さん?」

「うん。このあと鈴音さんが匿ってくれるって言うなら、それでもいいけど」

「じょ、冗談じゃないわよ! 殺人容疑で取調中の脱獄犯を匿ってるだなんて知られたら、ご近所に顔向けできないじゃない!」


 ギョッとしたように目を見開いた鈴音さんが小さな肩を怒らせながら吼え、今度は後ろから僕の尻をゲシゲシと蹴りつけてくる。


 僕は肩をすくめながらも甘んじてその暴挙を受け入れ、そのまま蹴り出されるように詰所の出入口のほうへと歩いていった。


「……まあでも、ホンットにどうしても他に行くところがないっていうなら、特別にウチに来てもいいわよ。今日は予定もないし、退勤後は適当に何処かでご飯食べて、あとはずっと家にいるつもりだから」


 ——と、そのまま僕が立ち去ろうとしていることを察してか、ここにきて急に鈴音さんがそんなことを言ってくる。


 口ではどれだけ小煩いことを言いつつも、決して非情には徹し切れない人なのだ。


 そこが鈴音さんの甘いところであり、同時に魅力的な部分でもあった。


「ありがとう。ホンットにどうしても行くあてがなさそうだったらお世話になろうかな」

「ふんっ……しばらく居留守を使ってやるんだから」


 去り際に鈴音さんのほうを振り返ると、もう彼女は自分の席に座って机の上に脚を投げ出しており、こちらのほうは見ずに膝の上に広げた書物に視線を落としていた。


 まあ、もしも今回の件が長引いて寝床の確保すらままならなそうだったら、彼女の厚意に甘えることも視野に入れておくか……。


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