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三章⑫ 無法魔術師と報告会 その4

「ていうか、それならその通報してきた人ってのが怪しいんじゃない? ウソの通報をしてるかもしれないわけでしょ?」

「そうだな……場合によっては犯人が自ら通報していたという可能性もある」


 犯人が自ら通報……。


 突拍子もない発言のような気もするが、何故か腹の底にストンと落ちていくような不思議な感覚があった。


「……って、通報してきた人とコンタクトとれてないってこと?」

「ああ。どうやら個人用の携帯型通話機を使って通報してきたみたいでな。報告書にも目は通してるんだが、現場付近ではそれらしき人物の影はおろか、目撃証言もなかったらしい」

「明らかに怪しいじゃん!」

「うむ。とはいえ、今さら特定は難しいだろうが……」


 ライラが力なく肩を落としながら溜息を吐く。


 なるほど、通報者は同時に現場を目撃した者でもあるわけだから、捜査対象にならないはずがないか。


 その上で未だに人物の特定ができていないというなら、何かきっかけでもないかぎり状況が変わる可能性は低そうだ。


 それに、もし先ほどのライラの言葉どおり犯人が自ら通報していたのだとしたら、そもそもこちらに尻尾を掴ませるような迂闊な真似はしないだろう。


 その一方で、犯人には多少の危険を犯してでもハワード・ジョンソンの遺体を自治警察に発見してもらう必要があったのではないかとも感じはじめていた。


「鑑識で残留魔力の検知ができる猶予って、時間的にどれくらいなのかな?」

「む、そうだな……」


 唐突な僕の質問に、ライラが少し考え込むように視線を泳がせる。


「魔術の規模にもよるが、例えば今回のような魔力紋の判別すらできないレベルの魔力量となると、もって4時間から8時間といったところか」

「そんなに短いんだ。それなら、犯人は焦る必要があっただろうね」

「どういう意味だ?」

「だって、もし僕たちの読みどおり魔術師の犯行に仕立てあげたいのなら、残留魔力を検知してもらって魔術師の犯行であることを知ってもらわないといけないわけだから」

「……だから、自ら通報したと?」

「仮に通報の内容が録音されていたとしても、それが証拠になる可能性は低いだろうし、誰かに通報してもらうのを待つよりはよっぽどリスクが少ないよ」


 僕が知らないだけで、世の中にはすでに音声鑑定なるものがあるのかもしれない。


 ただ、それでも通話機を介しての歪んだ音声が証拠として採用されるとは考え難いし、犯人側だっておそらく同じように考えたことだと思う。


「ねえ、ライラ、自治警察署に届いた通報って、録音されてたりしないのかな?」


 僕が訊くと、ライラも同じことを考えていたようで、すぐに頷き返してきた。


「通報がきてから一ヶ月間は保存されているはずだ。捜査資料になることもあるからな」

「ちょっと調べてみてくれないかな。とくに通報した人の声とか」

「あんた、録音は証拠にならないって言ってなかった?」

「証拠じゃなくても、それで人物に目星はつけられるかもしれないだろ?」

「それはまあ、そうだけど」

「犯人も証拠にならないから大丈夫という油断があったんだと思う。でも、捜査に必要なのは証拠だけじゃない。たぶん、この事件の犯人はとても入念に準備をして、それを計画どおりに実行できるクレバーさは持ってるんだと思うけど、何処かで詰めの甘さみたいなのがあるんだ。そういう綻びが、ここにきて少しずつ露呈してきてる気がする」


 僕は座っていた椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げながら頭の中を整理する。


 あいにくとまだ犯人を特定できるような有力な手がかりが見つかったわけではない。


 精々が今回の事件のバックグラウンドが見えてきたくらいのもので、それだってほとんどがただの想像だ。


 それでも――。


(きっと犯人は、すぐそばにいる……)


 つい先ほど、市民公園で僕を狙ってきた刺客のことを思い返す。


 犯人は、僕に警告なんてするべきではなかった。


 警告なんてされたら、自分は近くにいると自己紹介をしているようなものだ。


 僕は犯人の顔も名前も知らないが、きっと犯人は僕を知っている。


 いくら僕が超絶イケメンで有名人だからといって、現状で事件と僕を結びつけられる人間の数なんかたかがしれている。


(さすがに《地上の人々》全員が暗殺者集団とかってなら話は別だけど……)


 苦笑まじりに嘆息しながらも、僕は確実な手応を感じていた。


 あと少しだ。あと少しできっと犯人の喉許に手が届く。


 最初は微塵も興味がなかったはずなのに、事件の謎が少しずつ紐解かれていくその開放感はいつしか僕の心をすっかり捕らえてしまっていた。


「あんた、ホントにアテナくん……?」

「実は知らないうちに別の人間と入れ替わっていたりしないだろうな……?」


 ――と、不意に僕と天井の間に鈴音さんとライラがニュッと首を突っ込んできて、僕の顔を覗き込みながらそれぞれに勝手なことを言ってくる。


 それ、少し前にサーシャさんからも同じようなことを言われてるんだよな……。


 ともあれ、それから僕たちは最後にもう一度現状のおさらいをすると、鈴音さんは門番の仕事に戻り、僕とライラは明日の待ち合わせ時間の取り決めをして解散となった。


 ライラはわりとしぶとく僕の家に行くと言って門を通ろうとしていたが、鈴音さんが断固として立ち塞がったために最終的には諦めてトボトボと帰っていった。


 名残惜しそうに何度も振り返るライラの姿はかなり可愛らしかったが、隣で仁王立ちする鈴音さんがあまりに怖かったのでその感想はそっと胸の奥にしまっておくことにした。


     ※


「あんた、ちょっと薄くなったんじゃない?」

「ハゲてはいないと思うけど……」

「上じゃなくて下のほうよ」

「そりゃだって、さっきも出したところだし」

「今までだったらアレくらいで薄くなったりしないでしょ」

「まあ、慣れないことして疲れてるんだよ」

「それに、このベッドもいつもと違う匂いがする」

「久々に陰干ししてみたんだ」

「ウソばっかり。あの女の匂いだわ。あたしの匂いで上書きしてやるんだから」

「猫みたいなこと言わないでよ。あと、寒いから返して」

「イヤ。そのまま朝まで裸で寝てればいいのよ」


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