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三章⑩ 無法魔術師と報告会 その2

「鈴音さん、何か知ってるの?」


 僕としては珍しく、少し前のめりぎみになりながら鈴音さんに訊く。


 鈴音さんが口走った言葉には、本来では知り得ない情報がいくつも含まれていた。


「ええ? そりゃだって、《元老院》が決めたことだもの。あんた、この森に住んでながらそんなことも知らないの?」


 普段はあまり見ることのない僕の様子に気圧されてか、鈴音さんが机の上に投げ出していた足を引っ込めて居住まいを正しながら僕の顔を見返してくる。


 その口からはまたしても知らない単語が飛び出してきていて、今度は逆に僕のほうが混乱してしまいそうだ。


「待って、一つずつ説明してほしい」

「何をよ」

「とりあえず、《異界の門》の分校ってどういうこと?」


 改めて僕が訊くと、鈴音さんは困惑ぎみに目を白黒させながらも口を開く。


「いや、だからさ、この森にできるわけじゃん。あんたの住んでるボロ小屋を壊して、そこに新しく《異界の門》の分校を建てるんでしょ? 確か《叡智の番人》だっけ?」

「いや、そんな話、僕は知らないけど」

「逆になんで!? あんたの家の話なのに!?」


 ううむ、何でだろう。


 『長老』は必要最低限の情報しかくれないし、僕もあまり興味がなかったからかな。


「じゃあ、《元老院》ってのは?」

「……ホントに知らないの? あたしのことバカにしてない?」

「いや、本当に知らないんだって」

「ウソでしょ……あんた、なんであのお方が『長老』って呼ばれてると思ってんのよ」


 心の底から呆れた様子で、鈴音さんが嘆息する。


「あんた、そんなことも知らないでずーっとこの森に住んでたの? 《元老院》は上級市民議会のことよ。この街の実質的な最高決定機関。それで、長老さまはそこの長ってこと。」


 マジかよ。まったく知らなかった。だって、誰も教えてくれなかったし……。


 救いを求めるようにライラのほうを見やると、彼女は慌てたように首を振った。


「わ、わたしは何も知らんぞ! そもそも上級市民議会とはなんだ? 自治政府以外に何か政府機関のようなものがあるということか?」

「政府じゃないわよ。この街でやることやらないことを決めて、それを自治政府に丸投げしてるだけだもの。んで、自治政府はそれを粛々と実行してるわけ。この街は見た目だけじゃなくてちゃんと統治機構も階層構造になってるの」

「な、なんだと……?」


 ライラも目を見開いて驚愕している。


 まさかこんなタイミングでこの街の支配構造を知ることになろうとは……。


 とはいえ、それ自体は僕にとってはどうでもいいことではある。


 これまでも興味はなかったし、これから先もたぶん興味を持つことはないだろう。


 それよりも、新たに判明した支配層の存在は僕の中に新たな疑問を生み出していた。


「長老は、最初から僕に『地上の人々の動きに気をつけろ』と言っていた」


 そう、あのときの書き置きだ。


 長老がこの街の支配層に位置する人物で、しかもその最たる人物だとしたら、あの書き置きの持つ意味は一口では語れないほど複雑になってくる。


 そもそも長老はどうしてあのタイミングで僕にそんな書き置きを残したのか。


 少なくとも、書き置きは二つの事実を示していた。


 一つめは当初から長老が事件についてかなり深く理解していたことだ。


 僕なんか、あの時点では《地上の人々》という団体が存在することすら知らなかった。


 少なくとも長老はかなり早い段階で事件についてもその裏に《地上の人々》の影があることも把握していたのだと思う。


 そして、二つめはそもそも長老が最初から《地上の人々》を、僕に注意を促すほど強く警戒していたことである。


 その上で、改めて考えなくてはいけないことがあった。


 まずは魔術師養成学校についてである。


 鈴音さんは学校の設立計画が今さら変わるはずのないものだと思っているようだが、はたして本当にそうだろうか。


 もしもあの書き置きが僕に《地上の人々》の計画を阻止するよう伝えるためのものだったとしたら、それは《元老院》の決定が絶対ではないということを示しているような気がするのだ。


 鈴音さんの口ぶりだと、ただ市民選挙で選ばれただけの市長が《元老院》の意向に逆らうことは簡単なことではないように思える。


 だが、もし本当にそうなら、長老が僕にわざわざあんな書き置きを残す必要はない。


 もし僕の予想が正しければ、おそらく《元老院》は――。


「鈴音さんは、その《異界の門》の分校設立について何処まで知ってるの?」


 きっともう少しでこの事件の全容が見えてくる。


 僕は自分でも不思議なくらい昂っている気持ちを意識的におさえながら、できるだけ冷静に聞こえる口調で鈴音さんに訊いた。 


「えっ……別に詳しくは知らないわよ。もう長らく《叡智》の管理者がいない状況が続いてるから、そろそろ本腰入れて管理体制を変えようって話でしょ?」


 うむ、さっぱり分からん。


 なかなか前に進めないなぁ……。


「……そもそも《叡智》とは何なのだ? この森が《叡智の森》と呼ばれていることくらいは知っているが……」


 ライラも僕と同様に首を傾げていた。


 うん、それそれ。そもそも《叡智》って何よ。


「そりゃ、あのボロ小屋に転がってる本のことでしょ。表に出てるのはほとんど価値のないものだからいいけど、地下にあるものは《元老院》のメンバーでも迂闊に持ち出したら大変なことになるって話よ。だから、あたしたちがこうやって門番してるんでしょ」

「えっ……あの本に、そんな価値が? というか、地下があったの?」

「あんた、ホントに何も知らないのね……」


 もはや呆れを通り越してゴミでも見るかのような目つきで鈴音さんが睨んでくる。


 いやはや、さすがにもう少し興味を持っておくべきだったか……。


「そういえば、この前も森から出るときには妙に厳しい身体チェックを受けたな……」


 思い出すように視線を泳がせながら、ライラが呟く。


「表に出てる本でもいちおうは持ち出し禁止だからね。まあ、そもそもこんな森の中にわざわざ入ろうって人間のほうが希少だから、普段は退屈なくらいよ。あたしたちのメインは上級市民街の通用門のほうで、こっちはおまけみたいなもんなんだから」

「でも、そんなに大事なものがあるなら、なんで僕を住ませてくれてるんだろ」

「そりゃ、万が一《叡智》を組織的に強奪しようなんて連中が現れたときのための防衛線に決まってるでしょ。仮に軍隊レベルで攻めてこられても、あたしたちとあんたがいれば食いとめらることくらいはできるって算段よ」


 なるほど。確かに、実際に軍隊を相手にしたことはないので分からないが、相手が一個師団だろうがドラゴンの軍勢だろうが、有象無象には負ける気がしない。


「『叡智を護れ』って、そういうことだったんだ……」

「まあ、最悪の事態を想定してよ。まさかあんたみたいな化け物クラスの魔術師が拾われてくるなんて、さすがの長老さまだって想定してなかっただろうし」


 しかし、それだと長老は最初から僕の能力を知っていたということにならないか。


 僕は魔術に関する記憶だけは失っていなかったので最初から自分が他の魔術師とは一線を画す存在であると認知していたが、別にそれを声高に宣言していたわけではない。

 それに、鈴音さんが言うほど『化け物クラス』の大暴れをしたことは……。


「もしかして、鈴音さんって記憶を失う前の僕を知ってたりする?」

「……知るわけないでしょ」


 何となく興味本位で訊いてみただけだが、プイッと顔を背けられてしまった。


 まあ、言及はするまい。僕は過去を省みない男なのだ。


「それで、話を戻すが、その《叡智》の新たなる管理体制のために《異界の門》の分校を設立する流れになった……ということだろうか?」


 思索するように自分の小さな顎をさすりながら、ライラが訊いてくる。


 鈴音さんはしばらく考え込むように首を傾げていたが、やがてこっくりと頷いた。


「そういう話だったと思うわ。最近じゃ魔術師の需要も少ないから《異界の門》もいろいろとしんどいらしくて、向こうから泣きついてきたって噂もあるけど」

「むう。確かに経営状態がよくないという話はわたしも耳にしていたが……」


 なるほど。《異界の門》側の事情もあるわけか。


 しかし、もしそれが事実なら、僕の仮説はより確かなものとなるかもしれない。


「少し気になるんだけど、《元老院》は満場一致で分校の設立に賛成だったのかな」


 僕はかねてより抱いていた疑問を口にする。


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