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一章① 無法魔術師とツンデレ門番

 僕が住処にしているあばら家は、このザルインの街のはずれにある公共林の中にある。


 何故そんなところにあるのかは、僕にもよく分からない。


 約一年前、街の外で行き倒れていた僕をこの街に担ぎ込んできた魔術師がたまたまそういった辺鄙な場所に住んでおり、その魔術師が逝去したあとも居着いているだけである。


 公共林には『叡智の森』という御大層な名前がついており、その周囲を堀と塀に囲まれていることもあって、中に入るには唯一の入口である通用門を抜ける必要があった。


 そして、その通用門にたどり着くためにはさらに手前の『叡智の森市民公園』を抜ける必要があり、僕は外出する際も帰宅する際も公園の散歩コースを強制的に周遊させられる羽目になる。


 もちろん、お得意の魔術で堀を干上がらせた上で塀に穴を空けて中に入ることだって不可能ではない。


 ただ、実際にそれをやって森の守衛さんにもの凄い勢いでヤキを入れられたことがあるので、以降は多少面倒くさくてもちゃんと正規の手続きで入場することにしている。


 ともあれ、長い旅路を経て、ようやく僕は実質的に旅の終着点である森の通用門までたどり着くことができた。


 まだ早朝ということもあって門は閉じられた状態だったが、すぐそばに建っている守衛用の詰所には常に門番をしている守衛さんが控えているはずで、今回のように外で呑みすぎて朝帰りになった際などは詰所内にある非常口から中に入れてもらうことが常だった。


「おはようございまーす」


 挨拶をしながら詰所に入ると、机の上に足を投げ出しながらグータラと本を読み耽っている守衛の女性と目が合った。


「あれ!? アテナくん!?」


 女性は僕の顔を見るなり驚いたように声を上げ、そのままバランスを崩して椅子の下に転げ落ちる。


 相変わらず慌ただしい人だ。


 森の守衛は僕が知るかぎり三交代のシフト制で、当然ながら僕はどの守衛さんともそれなりに面識がある。


 その中でも、とくにこのお尻を摩りながら立ちあがろうとしているマヌケな守衛さんとは親しい間柄だった。


 名を樟葉鈴音という。大陸の東部にある群島諸国からやってきた異邦の民だそうで、もともとは『ムシャシュギョウ』とかいう名目で大陸中を渡り歩く旅をしていたらしい。


 それがどういう経緯でこの街の守衛なんぞをやることになったのかは分からないが、きっと僕には知る由もない何か深遠な理由でもあるのだろう。


 肩口で綺麗に切り揃えられた髪は艶やかな黒で、瞳の色も暗褐色というその容貌は、僕と同じくらいのこの街では珍しいものだ。


 本人曰く、年齢は僕より上らしいのだが(といっても、僕は自分の正確な年齢を知らないが)、見た目だけで言えば十代後半にしか見えないほど若い——というか、幼い。


 ただ、それでも武芸に関して相当に優れていることは事実で、僕がこの『叡智の森』に不法侵入した際にこっぴどく搾り上げてきたのも他ならぬ彼女である。


 故に、僕は彼女の意向には基本的に逆らわないことにしているのだが……。


「あんた、まだ捕まってなかったの!?」


 なんだかさっそく面倒なことになっていそうな予感がする。


 大きな瞳を見開きながらこちらを見上げる鈴音さんの表情には明らかに困惑の色が宿っており、露骨に狼狽えながら何かを探すように室内に視線をめぐらせている。


「……まだ捕まってなかったって、どういうこと?」


 念のために僕が訊くと、鈴音さんは矢継ぎ早に続けてきた。


「だって、ついに人殺しまでしちゃったんでしょ!? いつか酒の勢いに任せて通り魔的にレイプくらいはするんじゃないかって思ってたけど、まさか殺人だなんて……!」


 そして、部屋の片隅に立てかけられていた黒塗りの鞘に収められた刀剣に目をとめると、慌ててそちらのほうに駆け出していく。


 どうやら獲物を探していたらしい。この人、ひょっとしてこの場で僕をヤる気か。


「その話、誰から聞いたの?」


 ゲッソリと嘆息しながらさらに僕が訊くと、鈴音さんは鞘に収めたままの刀剣を腰構えに備えながら、ジッとこちらの顔を睨みつけてくる。


「さっき自治警察の人が来たのよ! 殺人容疑でアテナくんを逮捕したけど、脱獄されたからもしここに戻ってきたら捕縛してくれって!」


 なるほど。まあ、脱獄がバレたらそうなるのは当然か。


「でも、僕の脱獄なんて今に始まったことじゃないでしょ」


 そう言って肩をすくめる僕に、鈴音さんは怖い顔をしたままギリッと奥歯を噛み締める。


「その度に言ってるけど、脱獄だって立派な犯罪よ!? 仮に今回の殺人が濡れ衣だったとしても、脱獄してる時点でアテナくんは立派な犯罪者なの! まずは今すぐ自治警察署に出頭してちゃんと取調を受けてきなさい!」


 ド正論で怒られてしまった。


 とはいえ、いつもだったらここまで脱獄の件で本気で怒られることもなかったはずだ。


 いったい何が鈴音さんをここまで駆り立てているというのだろう。


「わたしはいつも本気で怒ってるわよ! あんたがちっとも取り合ってくれないだけでしょ!?」

「そうだったかな」

「いつもあの手この手で脱獄して、ひどい時には自治警察の人に怪我までさせて! あんたがどう解釈してるかは知らないけど、ただの酔っ払い同士の喧嘩対応ごときでいちいち警察側が被害を被ってたら堪らないからって、自治警察側が超法規的措置として対応を見送ってるだけなんだからね!」


 何やらすごい剣幕で捲し立てられてしまった。


 というか、そうだったのか。


 確かに、過去にはいろいろと面倒くさくなって自治警察の機動隊と守衛隊による混成部隊を丸ごと魔術で一掃したこともあったが、そのわりには大事にならなかったなとは思っていたのだ。


 いちおう大きな怪我を負わせないように最低限の配慮はしたし、壊してしまった街の公共物も修復できる範囲では修復したから許されたんだろうと勝手に解釈していたが、まさか僕の知らないところでそんなことになっていたとは……。


「でも、今回は別! もしアテナくんが殺人事件を起こしたなんてことになったら、それもこれも今まで甘い顔をしていたあたしたちの責任じゃん! ここで引導を渡されるか、大人しく自治警察の捜査に協力するか選びなさいよ!」


 なんだかよく分からないが、どうやら鈴音さんは本気らしい。


 僕を睨みつけるその瞳は剣呑そのもので、確かにこれは以前に手酷く『ヤキ』を入れられたときと同じ目つきである。


 もっとも、あのときに遅れをとったのは、彼女が最新鋭の対魔術兵装で完全に武装していた上にほとんど不意打ちみたいな形で襲いかかってきたからだ。


 しかし、今の彼女の手にあるのは東方伝来の『太刀』と呼ばれる刀剣のみであり、身に纏っているものだって何の変哲もない守衛の制服でしかない。


 つまり、今の鈴音さんでは、どれだけ本気でかかってこようと僕を脅かすほどの脅威とはなりえないということだ。


(それでも彼女の『居合』は僕の反応速度を超える。とはいえ……)


 そっと溜息を吐くと、僕は目の前の空間に意識を集中させた。


 ドンッ――!


 刹那、鈍い音とともに目の前の空間が机や椅子などの家具を巻き込みながら押し潰されるようにグシャッとへこみ、鈴音さんが驚きに目を見開きながらその場に膝を折る。


「なっ……!? あ、アテナくん……!?」


 見えない力で上から押さえつけられる体を杖代わりにした太刀で必死に支えながら、鈴音さんがギリッと奥歯を軋らせて僕の顔を睨みつけてきた。



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