三章⑥ 無法魔術師は脅される
すっかり夜も更け、『叡知の森市民公園』はひたすら静寂に包まれていた。
祝前日の夜などは不埒な行いを企てる若いカップルの姿が見られたりもするが、さすがに平日の夜半ともなれば人気は感じない。
僕はそんな中でときどき聞こえる葉擦れの音や虫の鳴き声に耳を澄ませながら、公園の周遊コースをいつもどおり森のほうに向けてのんびりと歩いていた。
(……ん?)
ふと違和感に気づいたのは、公園の中ほどまでやってきて二番街の喧騒もすっかり並木の向こうに消えてしまったときのことだ。
僕は本能的に魔術で防御障壁を展開していた。
次の瞬間、ジィンと何かを弾く音が響いて、足許の地面に乾いた音を立てながらソレが転がった。
(ボルトか……?)
矢羽のない短い矢のようなそれは、おそらくクロスボウに用いられる矢弾だろう。
追撃を警戒しながら周囲に視線をめぐらせるが、あいにくと僕は攻撃魔術が得意なだけであって潜伏している刺客の気配を探ったりすることができるわけではない。
ただ、しばらく待ってみても追撃の気配はなく、いつの間にか最初に感じていた嫌な気配もなくなっていた。
(……何か巻いてあるな……)
地面に転がるボルトの胴体には、よく見ると紙のようなものが巻きつけられていた。
いちおう毒が塗られている可能性を警戒しつつも、ボルトを拾い上げて中を広げてみる。
そこには定規で描かれたかのような奇妙な筆跡の字でこう記されていた。
『コレイジョウジケンニカカワルナ』
(警告ってことか……?)
事件というのは、間違いなくハワード・ジョンソンの殺人事件のことだろう。
本来であれば先ほどのボウガンでの闇討ちとセットで僕に恐怖を与え、事件から手を引かせる算段だったのかもしれない。
あるいは本気で殺すつもりで、僕なんかよりも死体を発見した自治警察に対して警告をするつもりだったのか。
いずれにせよ、刺客には大きな誤算があった。
僕が神がかり的な超反応でクロスボウによる急襲を未然に防ぎ、さらにこの件に関してもまったくビビッていないということである。
(これは思ったより早く解決するかもしれないな……)
僕はボルトと脅迫文を魔術で粉微塵に破砕すると、あとは上機嫌で口笛を拭きながら森のほうへ再び歩き出した。




