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二章⑮ 無法魔術師と《地上の人々》

「皆さんはすでにご存知でしょうか。今、この街を騒がせている痛ましい事件を。暴虐な魔術師による魔の手によって、何の罪もない市民が犠牲になってしまったのです」


 そんな音声とともに、どよめきのような声が聞こえてくる。


 僕とライラは何事かと顔を見合わせ、それから前方のほうに見える人垣のようなもののほうに足を向けた。


 どうやら路面馬車の待合所を間借りして街頭演説のようなことを行っているらしい。


 内容的に先日の事件のことを話しているようだが、いったい何者だろう。


「すでに報道でご存知の方もおられるでしょう。しかし、この事件には報道で明かされていない事実があるのです!」


 人垣の後ろから背伸びをして声の発信源を覗き見ると、木組みのお立ち台のようなものに乗った壮年の男性が熱弁を振るっていた。


 脂ぎった髪をオールバックに撫でつけ、随分と上等そうなジャケットを身にまとったその男の顔は何処かで見た覚えがあるような気もするが……。


「セオドール・ボルジア……まさか、こんなところで出くわそうとはな」


 ポツリとライラが呟く。


 そうか。自治警察署で過去の捜査資料を確認していたときに目にした顔だ。


 そんな男が、どうしてこんなところで演説なんてしているのだろう。


 何にせよ、ボルジアは自分の前に立てられた拡声器に向けて高らかと声を張り上げる。


「実はこの事件の被害者であるハワード・ジョンソンくんは、我々《地上の人々》の同胞だったのです! さらに言うと彼は……私の息子でもありました!」


 ザワザワ……と、人垣にどよめきが走る。


 そういえば、あのとき読んだ記事には隠し子がどうとか記されていたが、何だかんだで有耶無耶にされていたはずだ。


 それはきっと彼にとって隠しておきたい事案だったからだと認識していたが……。


「ご存じの方もおられるかもしれませんが、恥ずかしながらハワードは私に取って不義の子でした。ですが、各種報道にあるほど私たちの関係は歪んだものではありません。むしろ逆に私はずっと彼を陰ながら支援していたのです。私が至らないばかりに心を病んで自死を選んでしまった彼の母に変わり、私はずっと彼を経済的に支えてきました。そして、彼もまた我が《地上の人々》の一員として、力なき市民のためにともに邁進していたのです」


 長々とそう告げて、ボルジアはその目から大粒の涙を溢した。


 周囲の聴衆からももらい泣きのような嗚咽が聞こえてきたが、さすがにこんな与太話で心を動かされる人間がいるとは思えない。


 そもそもがこんなよく分からない街頭演説に耳を傾けている時点でただの一般人だとは思えないし、おそらく半数以上が《地上の人々》の関係者だろう。


「そんな彼が魔術師の凶刃に倒れたとき、私は直感しました。これは我々の活動を快く思わない何者かによる警告だろうと。だからこそ、我々はとまるわけにはいかないのです。私がこの街の市長になったあかつきには悪しき魔術師たちに牛耳られた自治政府を浄化し、魔術師養成学校の建設などという愚劣な計画を必ずや白紙に戻してみせましょう!」


 ワァーッ! ――と、今度は歓声がわき起こる。


(市長……? 魔術師養成学校……?)


 揉み合いながら歓声を上げる聴衆の様子にゲッソリとしながらも、僕の頭は聞き馴染みのない単語に意識を奪われていた。


 ライラなら何か知っているだろうかと横目で見やると、彼女も難しい顔をしたまま腕組みをしている。


「そうか。今日は市長選の告示日だったな……」

「市長選?」

「さすがにそれくらいは分かるだろう?」


 呆れたような顔でライラが見上げてくる。


 まあ、僕だって市長選が市長を決める選挙であることくらい想像はつくが、そもそも僕はこの街の首長が選挙によって決められることなんてこの瞬間まで知らなかったのだ。


「どうやらボルジアは市長選に立候補しているらしいな。よもや事件と何か関係があるとは思えないが……」


 神妙な顔でそう呟くライラだが――。


 この場にそぐわないその言葉にして違和感を覚えたのだろう。僕たちの周囲にいた聴衆が訝しげな顔で振り返った。


 そして、そのうちの一人が僕の顔を見るなり驚いたように声を上げる。


「こ、コイツ、魔術師だ! 『酔いどれ暴風』のアテナだ!」


 なんだそのヘンテコな二つ名は。


 思い返せばトーマスもそんな言葉を口にしていたような気もするが、何にせよ、それまでボルジアの演説に聞き入っていた聴衆たちの目が一斉にこちらに向けられた。


 中には戸惑いを見せている者もいたので全員が全員《地上の人々》の関係者ということもなかったようだが、それでもそのほとんどは剣呑な視線で僕たちを見据えている。


「ま、待て。確かにこの男は無法者でろくでなしのクズ魔術師だが、わたしはこう見えて自治警察の刑事だ。ここに手帳もある。今回はたまたま通りかかっただけで……」

「この女、『緊縛のライラ』だ! コイツも魔術師だぞ!」


 別の誰かがさらに声を上げ、ギョッとしたようにライラが僕に縋りついてくる。


 どうでもいいけど、誰が無法者でろくでなしのクズ魔術師だって……?


「皆さん、落ちついてください。魔術師のすべてが悪だというわけではありません。魔術という闇の力に魅入られ、その暴威を振るう者こそが悪なのです。皆さん、冷静に……」


 一方、ボルジアのほうは意外にも穏健な態度を示していた。


 見た目は小悪党みたいな風貌だが、意外と中身はまともだったりするのだろうか。


「で、でもよ……」


 それでも何処か納得がいかなさそうにしている男性がギロリと僕の顔を睨んできて――。


 瞬間、まるで突風でも吹いたかのようにその男性の体が後方に吹き飛ばされた。


 幸いにも背後にいた別の男性がその体を受けとめてくれたが、男性はまるで見えない何かに突き飛ばされたかのように自分の胸許をおさえながら、恐怖に怯えた目で僕を見る。


「ま、魔術だ! コイツ、俺に魔術を使いやがった!」

「な、なんだと?」


 男性の言葉に、隣のライラが血の気の引いた顔で僕を見上げてくる。


 僕は慌ててライラに対して否定するように首を振るが――。


(……なんだ、この状況……?)


 ほとんど直感で、僕は自分を罠にハメようとしている何者かの悪意を感じ取っていた。


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