序章② 無法魔術師は脱獄する
目を覚ましたとき、そこは冷たい石造りの床の上だった。
自治警察署に連れて来られてからすぐに謎の死体との関連について取調を受けた気もするのだが、あまりよく覚えていない。
ただ、ぐるりと周囲を見わたしてみるに、今の僕が自治警察署の敷地内にある拘置所の独居房に収容されているらしいことだけはなんとなく察せられた。
というのも、僕はすでに何度かこの独居房に叩き込まれたことがあるからだ。
この街では原則的に公共の場での魔術の使用が禁止されており、僕も普段はあまり魔術を使わないように心がけて生活をしている。
ただ、ご覧のとおり僕には少し酒にだらしないところがあり、しかも銀髪で碧眼の超絶イケメンなので、それを僻んだ他の酔っぱらいに絡まれてしまうことも多々あった。
そのたびについつい魔術による『和解』を試みてしまうので——そうなれば、自然と自治警察のお世話になることも増えてくる。
(看守は……寝てるのかな)
扉についている格子から外を覗いたかぎりでは、見える範囲に看守の姿はなかった。
そもそも今の時刻が何時かも分からない。ただ、窓の外は未だに暗いままなので、まだここに連れてこられてからそれほど時間は経っていないような気はした。
少し寝たことで頭も幾分かスッキリしているし、今なら先ほどよりは体も動くだろう。
僕はその場でグッと伸びをすると、奥側にある窓のほうへと歩いていく。
独居房の窓は当然ながらはめ殺しで鉄格子もついており、鋼線入りの分厚い磨りガラスは簡単に壊すこともできなさそうに見えた。
さらに当然ながら独居房全体に魔術を無効化させるための特殊な印が刻まれており、たとえ魔術師であっても簡単には脱獄できないように対策が施されている。
(ま、普通の魔術師ならね……)
僕はひんやりとした窓ガラスに手を触れると、目を伏せて意識を集中させた。
そして、世界の構造に自分の意識を接続。さらにそのまま頭の中に思い描いた現象を具現化するように、より鮮明にイメージを投影していく。
一年前より先の記憶を持たない僕だが、何故か魔術に関する知識や技能だけはまったく失われていなかった。
それどころか、僕のあつかう魔術は一般的なものと比べてかなり高度な次元に位置するものであるらしく、たとえこのように魔術対策が施された独居房であろうとも――。
ミシッ――!
瞬間、何かが軋むような音がして、触れていた窓が外枠ごと少し奥にズレた。
魔術によって窓枠と壁面のつなぎ目を切断したのだ。
僕はそのまま魔術で切り抜かれた窓を奥に押し出すと、そこに開いた四角い穴から頭を出して外の様子を確認する。
以前にも似たような方法で脱獄をしたことがあるので、先を読んで警備員を配置されていないかと少し不安だったが、幸いにもそういった様子はなさそうだ。
僕は物音をたてないように注意しながら独居房の外に出ると、くり抜いた窓をもとあった位置に戻し、さらにその切断面を魔術によってもとあった状態へと修復する。
(これでよし……)
証拠隠滅も済ませたところで僕は拘置所の裏手からこっそりと自治警察署の敷地を抜け出すと、そのまま再び家路を歩みはじめた。
自治警察署のある一番区から僕の家がある街外れの公共林まではかなり距離があるが、この時間ではもう路面馬車もやっていないだろうし、徒歩で帰るより他に手段はない。
こういうときに魔術でスパッと家まで瞬間移動でもできれば――と、毎度のように夢想するのだが、あいにくと僕の知りうる術式の中にそういった便利なものはなかった。
というか、どうにも僕のあつかえる魔術は破壊と再生に特化しているようで、だからこそ僕は記憶を失う前の自分が何をしていたのかについてあまり考えないようにしている。
これだけ高度な次元で魔術をあつかえるのに暴力的な術式しか知らないなんて、どうせ碌な人生を送ってきていないに決まっているのだ。
(家に着くのは明け方かな……)
いよいよ深夜帯ということもあって街灯すら消えてしまった暗い通りをトボトボと歩きながら、僕は無限に続く一番街の街並みに陰鬱な溜息も漏らす。




