二章② 無法魔術師はヤッてしまった
「よく寝ていたな。二日酔いは大丈夫そうか? 随分と酔っていたようだが」
僕の胸中を知ってか知らずか、ライラがこちらに歩み寄ってきながら心配そうに僕の顔を見上げてきた。
やはり、昨日までとはまるで別人だ。初めて出会ったときのあの険悪さとは比べるべくもないが、盟友だなんだとテンション爆上げだったときともまた違う。
「まだ辛いようなら横になっていたほうがいいぞ。できることならそばで看病してやりたいところだが、わたしはそろそろ署のほうに赴かねばならんからな……」
「あ、うん……」
「昨日は門のところで待ち合わせようと言っていたが、もしおまえがギリギリまで寝ていたいというなら、こちらのほうまで迎えに来よう」
「え……?」
おまけに何だかびっくりするほど優しい。
というか、そもそもライラは僕を迎えにきたからここにいるのではないのか。
「しかし、あんな狭いベッドでも、存外、寝心地は悪くないものだな」
――と、不意におかしな文言が僕の耳に飛びこんでくる。
「まあ、おまえの温もりがあったゆえのことかもしれんが……」
そんなことを伏し目がちに呟くその口許には何処か照れくさそうな笑みが浮かび、その頬はほんのりと上気しているように見えるが……。
(……僕の……温もり?)
確かに、ライラはそう言った。
まるで『同衾』でもしたかのような物言いである。
それと、今になって気づいたのだが、ライラが着ている服が昨日までのものと違う。
というか、僕が普段着として着用してているものまったく同じ白無地のシャツに黒い綿のズボンで、彼女の体にサイズが合ってないことから鑑みても、おそらく――。
「ああ、すまない。わたしの服には酒の匂いがついてしまってな。さすがにそのまま出勤するわけにもいかないから、勝手に借りさせてもらったのだ。別に構わんだろう?」
「ま、まあ、別にいいけど……その、制服とかじゃなくて大丈夫なの?」
「そこは問題ない。私服での勤務も許可されている。さすがにあまりにラフな格好では注意もされようが……ふふっ、それより、ちゃんと洗っているのか? 少し臭うぞ。まあ、そんなに悪い臭いではないがな」
そう言って、ライラは服の襟許に鼻を押しつけながら、何故か幸せそうな笑みを浮かべている。
マズい。何だか超絶にイヤな予感がしてきた。
その場に硬直して脂汗を流しはじめる僕に気づいた様子もなく、ライラは僕のすぐそばまで歩み寄ってくると、そのまま僕の胸にこつんと額を押しつけてくる。
「昨夜はついつい恥ずかしいところを見せてしまったが、幻滅してくれるなよ。こういったことは初めてだったのだ。仕方あるまい」
「う、うん」
は、はじめてェ……!?
「わたしはずっと、あのような行為は互いに親睦を深めて確固たる信頼関係を培った上で行うものだと考えていたが、逆に今は勢いのままに身を委ねて良かったと思っている。おまえがあんなふうに優しく包みこんでくれるような男だと最初から知っていれば、わたしだってもう少し態度を改めていたものを……」
「そ、そう……」
ライラは僕の背中に腕を回してキュッと抱きしめてくると、そのまま背伸びをして僕の唇に軽くキスをしてきた。
マジでいったいどんな真似をしたってんだ、昨夜の僕……。
「あまりこうしていると名残り惜しくなってしまうな。そろそろ署に向かうとしよう」
そう言ってもう一回だけ僕の体を抱きしめると、そのままライラはくるりと踵を返して森の門のほうに向けて歩き出す。
そして、何度も何度もこちらを振り返り、その度に大きく手を振りながら、やがて木立の向こうへとその背中を消していった。
(こ、これは神が僕に与えた試練か……?)
残された僕は、もうその場でがっくりと膝を折りながら頭を抱えることしかできない。
酒でのやらかしは数あれど、今回のコレはちょっとレベルが違う。
確かに見た目だけで言えば好みではあったが、ここまで踏み込んだ関係になるつもりはなかった。
どうしよう。こんなヘンテコな女警官と、はたしてうまくやっていけるのだろうか……。