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二章① 無法魔術師と森のあばら家

 目が覚めたとき、そこには今にも剥がれ落ちそうなほどボロボロになった板張りの天井があった。


 なんだか随分と久々に見た気がする。僕が住処にしている森のあばら屋の天井である。


 毎度のことではあるが、昨夜のことはよく覚えていない。


 ライラによって無理やり飲み屋をハシゴさせられたことだけは覚えているのだが、一緒にいないということは、少なくとも何処かのタイミングで別れたのだろう。


 無事に自宅にも帰りつけているし、記憶が飛んでいるわりにはお行儀よく呑めていたほうなのではないかと思う。


 窓から差し込む日差しの角度を見るに、時刻はまだ早朝といったところだろうか。


 僕は薄っぺらい寝具を跳ね除けると、キャビネットに引っかけられたシャツに腕を通して床に脱ぎ捨てられたズボンをはき、最後にブーツに足を突っ込んでベッドを降りた。


 寝室を出るとその先は書斎になっている。というか、このあばら家には寝室と書斎の二部屋しかない。


 書斎の壁には一面に本棚が設えられており、それだけでは収まりきらなかった無数の書物がそこかしこに乱雑に平積みされていた。


 それらすべては以前にこの小屋に住んでいた者の所持品らしいが、ほとんどがよく分からない言語で書かれているためにどんな内容のものなのかは分からない。


 ただ、たまに『長老』と呼ばれるこの小屋の管理人がやってきて何冊か本を持ち出していくことがあり、本についても触るなと言われているので言われたとおりにしている。


 そんな奇妙でオンボロな小屋を僕が住処にしている理由は単純で、他に住むべきところがないからだった。


 今から約一年前、僕は街の外で行き倒れているところをこの家に住む魔術師に拾われた。


 その時点で僕はすっかり過去の記憶を消失しており、頼るあてもなかったためにこのあばら家で魔術師との共同生活を余儀なくされることになる。


 魔術師はもともと医者をしていたらしいのだが、すでにその体は病魔に冒されており、僕を拾った時点で残された余命は幾ばくもなかったそうだ。


 実際、出会ってから半年ほどで魔術師は死に、僕だけがこの小屋に残されることになる。


 生前の魔術師がここで何をしていたのかは知らないし、あまり興味もない。


 ただ、魔術師が死んだあとに自分のことを『長老』と名乗る人物がやってきて、僕にこう告げた。


『叡智を護れ。それさえ果たせば、この街での自由を保障しよう』


 以来、僕はこのあばら屋に住み続けている。


 《叡智》というのが何なのかも分からないし、何をもって護ることになるのかも分からないが、今のところ長老から文句を言われるようなこともないし、概ね自由な生活も送れている。


 ほとんど分からないことだらけだが、それで僕の人生に何か不都合があるわけでもない。だから、今日まで僕はのんべんだらりと自由を謳歌しながら生きてきた。


 だというのに……。


(面倒なことになってきたなぁ……)


 頭の中でぼやきながら書斎の奥にある机の上を見やると、そこに丸められた羊皮紙と小さな革袋が置かれていることに気づく。


 机のほうに歩み寄って羊皮紙を手に取り、封印を破って中を確認すると、達筆な文字で次のようなことが記されていた。


『地上の人々の動きに気をつけろ』


 はて、どういう意味だろう。おそらくは長老が書き残したものだろうが、これまでにこういったことはなかったような気もする。


 ついでに一緒におかれていた革袋の中を覗くと、そちらにはピカピカの金貨がみっちりと詰められており、これについては概ねいつもどおりだ。


 ザルインの街では通貨として『商都連邦共通銀行券』とかいう長ったらしい名前の紙幣が利用されているために金貨のままでは使えないが、銀行で両替をすれば済む話だ。


 とくに仕事らしい仕事をしなくても金に困らない生活というのは、控えめに言っても最高である。


 僕は革袋から適当に金貨を取り出してポケットに入れると、そのまま書斎をあとにして小屋の外へと出た。


 外はもちろん鬱蒼とした木々に囲まれた森の中だが、風に揺れる木々のざわめきやら野鳥の囀りやらのせいで、それほど静謐さは感じない。


 まだ少し早い気もするが、ライラがいつ迎えに来るか具体的な時刻を聞いていたわけではないので、とりあえず森の門まで向かおうと歩き出して——。


 ふと。違和感に気づく。人の気配がするのだ。


 振り返ると、小屋から少し離れたところに見覚えのある人影がしゃがみ込んでいた。


 何やら地面を啄んでいる小鳥たちの様子を観察しているようだが……。


(あれ……? なんで……)


 意外すぎるその人物の横顔に、僕は胸の奥がザワついていくのを感じた。


 ライラである。確か待ち合わせは森の門だったはずだが、どうして彼女がこんなところにいるのだろう。


「ああ、起きたのか」


 ライラも僕に気づいたらしく、ゆっくりと立ち上がりながらこちらに顔を向ける。


 その口許にはこれまで見たことがないほど優しげな笑みが浮かんでおり、ますます僕の胸は嫌な予感で満たされていく。


 明らかに僕の知っているライラとは雰囲気が異なる気がするのだが……。


「よく寝ていたな。二日酔いは大丈夫そうか? 随分と酔っていたようだが」


 僕の胸中を知ってか知らずか、ライラがこちらに歩み寄ってきながら心配そうに僕の顔を見上げてきた。


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