一章⑭ 無法魔術師は自爆する
なかなかよい流れになってきている気がする。
彼女の反応を見るに、やはり事前の予想どおり自治警察は今のところ今回の事件にあまり本腰を入れるつもりはないらしい。
もっとも、それも当然の話ではある。そもそも魔術による犯罪は物証も見つかりにくいだろうし、現行犯でもないかぎり立件自体が困難なはずだ。
むしろ、犯人の捜査に人員を割くよりも当面の警邏活動を強化したほうが、治安維持という側面から鑑みても有効ではないか。場合によってはそれが犯人の確保に繋がる可能性もある。
「うむ……同僚から聞いた話によれば、自治警察と守衛隊で協調して現場周辺の警邏を強化するよう全署員に対して通達が出たとのことだ。ただ、だからといって我々は犯人の捜索を諦めたわけではない。もちろん、捜査本部を設けるような大規模なものではないが……」
机の上に視線を落としたまま、言いにくそうな調子でライラが告げる。
この様子だと、少なくとも現場レベルで何か大きな進展でもないかぎりは本格的な捜査がはじまることはなさそうだ。
まさに願ったり叶ったりの展開である。僕は心の中でほくそ笑みつつも、それを表に出さないように細心の注意を払いながらライラの顔をジッと見つめる。
「君は、自分の手でこの事件を解決したいと思ってるんじゃないか?」
「それは……」
「もし君が自由に動ける立場じゃないなら、代わりに僕が手足になってあげてもいい。君の力になりたいんだ。もちろん、君が僕を信じてくれるならだけど」
「おまえ……」
ライラが机から顔を上げ、潤んだ瞳で僕の目を見つめてくる。
完璧だ。これはもう完全に彼女の信頼を勝ち取ったとみて間違いないだろう。
いくらか危うい部分があったのは事実だが、そこはあとでトーマスに口裏を合わせるよう頼んでおけば概ね問題はないはずだ。
あとはもう適当に捜査に協力しているふりをしながらほとぼりが冷めるまで大人しくしていれば、僕の怠惰で自堕落な生活は保証されたもの同然である。
そもそも僕みたいな素人がちょっとその気になって警官の真似事をした程度で、魔術で殺しをするような狡猾な殺人犯を見つけられるはずがない。
結果的に大した成果が出なくたって、文句を言われる筋合いはないのだ。
「……ありがとう! わたしはおまえを誤解していた!」
しかし、そんな僕の腹の内など知りもせず、ライラはいたく感激しているようだった。
そのままパイプ椅子から立ち上がると、ぐるっと机をまわり込んでこちらのほうにやってきて、力強く僕の手を握りしめてくる。
——と、その瞬間、僕の手首に纏わりついていたあの不愉快な感覚が霧散した。
どうやら拘束魔術を解除してくれたようだが……。
「おまえ……たしか、アテナ・ラスティングと言ったな。アテナよ、ここまでわたしの想いと真摯に向き合ってくれた者はおまえが初めてだ! わたしはおまえを信じよう! ともに真の犯人を暴き立て、魔術を犯罪に利用した者がどうなるかを世に知らしめるのだ!」
そして、何やら興奮したようにそんなことを言い、僕の手を強く握りしめたままブンブンと振り回してくる。
本当にチョロいな。こんなのでよく刑事になれたなと逆に心配になってくるレベルだ。
僕が本物の詐欺師だったら、今ごろ魔法の壺や絵画を買わされていてもおかしくないぞ。
「では、さっそく明日から聞き込みに行くとしよう! お昼前になったら迎えに行くから、森の門のあたりで待っていてくれ!」
「……は?」
——と、ここに来て急に風向きが変わりはじめた。
コイツ、今なんて言った……?
「え? 聞き込み? 僕も行くの?」
「うむ。実を言うと、わたしはまだバディがいなくてな。まさかこんな形で相棒を得られるは思わなかったが、そう考えると、意外と運命というものは実在するのかもしれん……」
おい、この女、マジか。マズい。これはちょっと想定外の事態だ。
今からでも風向きを変えることはできないものか……。
「き、聞き込みに僕みたいな素人が混ざって大丈夫かなァ……」
「そうだな。念のため、あとで問題が起こらないように協力員としての登録をしておくことにしよう。手続自体はこちらで済ませておくから、おまえは何も気にしなくていいぞ」
「あ、そう。あ、ありがとう」
ダメだ。もの凄い勢いで逃げ道を塞がれている。
こんなことではライラと適正な距離を保ちながらその裏で怠惰な生活に舞い戻るという僕の計画に大きな支障が出てしまう。いったいどうすれば……。
「よし! それでは、今夜はさっそく二人で決起集会を行うことにしよう! 店のことなら任せてくれ! 美味しい酒とそれによく合うチーズを出してくれるお洒落なバーを知っているんだ!」
「い、いや、そこまで気を遣ってもらわなくても……」
「遠慮することはない! 今日からわたしとおまえは盟友となったのだ! まずは互いの結束をより強いものにしなくてはな!」
どうやらライラは完全にやる気スイッチが入ってしまったようで、ドン引きしている僕の様子に気づいた様子もなく意気揚々と息巻いている。
不覚なのは、そのやる気スイッチを押したのが他ならぬ僕だということだ。
あまりにも迂闊だった。こんなことになると分かっていたなら、考えなしに協力するなんて言わなかった。ライラ・プラウナスという人間のヘンテコさを甘くみすぎていた僕の落ち度というより他はないが……。
(何か……何か逆転の目はないのか……!?)
しかし、どう足掻いても僕に状況をひっくり返すことはできなさそうだった。
哀れな僕は、その後、すっかり気をよくしたライラ一晩中連れ回されることになる。
それでも僕は、最後まで自由な明日を諦めなかった。
こんなところで、こんなところで僕は……!