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一章⑬ 無法魔術師はペテンを使う

「非番だからと上官任せにせず、最初からわたし自ら取調を行うべきだったな」

「職務に忠実なのは感心するけど、しっかり休むのも仕事のうちだよ」

「黙れ! そもそもおまえがわたしの行く先々に現れていなければ、こんなことにはなっていない!」


 ダンッと強く机を叩きながら、ライラが声を荒げた。


 なるほど、彼女のほうからしてみれば僕のほうが毎度のように行く先々に姿を現し

ているように見えるわけか。


 僕の場合は概ね身から出た錆だが、こんな形でせっかくの休暇を潰されている彼女の心情を慮ると、それはそれで申し訳ないことをしているような気がしなくもない。


 ともあれ、そんなわけでまたしても取調室である。


 今朝方に連れてこられた7番の取調室は僕が暴れ散らかしたせいか使用禁止になっていたので、今回は隣の6番に押し込められている。


 といって、何か違いがあるわけでもない。モルタルで塗り固められた壁は相変わらず真っ白だし、簡素な机とパイプ椅子も変わり映えのないものだ。


 ただ、相変わらずのカビ臭さの中に少しだけ甘い花のような香りを感じるのは、ひょっとしてライラの体臭のせいだったりするのだろうか。


「それで、今さら何を取り調べようってのさ」


 とりあえず、ひたすら剣呑な眼差しでこちらを睨み続けるライラに僕が訊く。


 少なくともこの期に及んで脱獄や脱走の件についての取調をしたところで得られるものは何もないと思うが、この女警官が何を考えているかなんて僕には分からない。


「決まっている。昨夜の殺人事件についてだ」


 しかし、ライラの口から飛び出してきたのは意外にもそんな言葉だった。


 さすがに規律遵守を身命とする彼女であっても、物事の優先順位を判断するくらいの分別はあるということか。


 とはいえ、それならこちらとしても願ったり叶ったりだ。


 別に事件に興味があるわけではないが、もし捜査に協力することで目論見どおりライラの信頼を勝ち取ることができたとしたら、それはきっと僕の生活の安寧にも繋がってくる。


「僕は昨日の事件とは無関係だよ」


 ひとまずライラの関心を引くため、僕は先手を打つことにした。


「でも、捜査への協力は惜しまない。実は僕も事件について少し興味が出てきたんだ」

「ほう……? どういう風の吹き回しだ?」

「君の熱い思いに触発されてさ。今の世の中、魔術師は危険な存在だとか排斥すべきだとか一方的に糾弾されがちだ。でも、僕はそれを時代のせいだと諦めていた。そんなとき、正面から立ち向かおうとしている君の姿を見て、心を動かされたんだ」

「む……そ、そうなのか?」


 上辺だけは真摯に告げる僕の言葉に、ライラが照れくさそうに指先で頬を掻く。


 その様子を見るかぎり、どうやら僕の並べ立てた嘘八百は彼女の心をこちらの想定以上に揺り動かしてくれたらしい。わりとチョロいな。


「だが、それならば何故また脱走などを試みたのだ。クルーガー少尉にその旨を伝えてくれればよかったのではないか?」


 しかし、またすぐに訝しむような目つきに戻ると、今度は僕の真意を推し量るかのようにジッと正面から睨みつけてきた。


 さすがにまだ気を緩めるのは早いようだ。


 いいだろう。それなら今度は魔術師としてではなくペテン師としての力を見せてやる。


 僕は即座に頭を回転させ、さらなる言い訳をでっち上げる。


「別に脱走したわけではないんだ。取調がすぐに終わって釈放されたというか……ほら、僕が殺人事件の捜査から外される予定だって話をしていただろう? あの警官もすでにそのことを知っていたみたいでね。それで、脱獄のときの状況とかを詳しく話したら、あとはもう訊くこともないからってわりとすぐに解放してくれたんだよ」

「ふむ……脱獄犯をそのまま釈放するなどありえんことだが……まあ、少尉がそのように対応したのであれば、その件に関してわたしが口を出すのも越権行為にあたるか……」


 少し納得していない部分もあるようだったが、それでも深くは言及してこなかった。


 コイツ、人を疑うということを知らないのだろうか。


 こんな調子で彼女に刑事としての職務が本当に務まるのか少し心配になってきたが、とはいえ、今はそれに助けられているのでよしとするしかないか。


「しかし、そういった事情があったのであれば、もっと早く説明してくれればよかったではないか。あのときだって、ちゃんと事情を知っていればさすがにわたしも無理やり連行するような真似はしなかった。もちろん、昨夜の事件についてはいずれ話を聞かせてもらうことになっただろうが……」


 ——と、今度はムスッと唇を尖らせながら、そんなことを咎めてくる。


 確かに、あのパスタ屋にいる時点で今の言い訳ができていれば、僕もライラも食事を途中で切り上げるような真似をしないで済んだかもしれない。


 食べ物の恨みは恐ろしいというからな。さて、どう言い訳をしたものか……。


「それについては、悪かったよ。ただ、君と二人で話をしたいと思っていたから、いっそ捕まってしまったほうが都合がいいと思ったんだ。君の僕に対する誤解を解き、そして、僕の気持ちを伝えるためにもね」

「……どういう意味だ?」

「君の情熱に心を動かされたって言っただろう? この平和な街で魔術による殺人だなんて由々しき事態だ。でも、だからこそ僕ら魔術師が、魔術を扱う者の責任として犯人を追究していかなければならない」

「まさか、わたしに協力しようとでも言うつもりか?」

「君がそれを望んでくれるならね。もちろん、今回の事件についてすでに本格的に捜査がはじまっているなら、そもそも僕のような素人の出る幕はないと思うけど」

「それは……」


 机の上に視線を落としながら、ライラがキュッと唇を噛んだ。


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