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一章⑪ 無法魔術師と食レポ刑事

 さて、アレやコレやとしているうちに夕食の頃合いである。


 鈴音さん曰く、普段は自炊しているらしいが、あいにくと今日は食材もろくに残っていないということだったので、何処か適当なお店で夕食にしようということになった。


 とはいえ、変装もなしに出かけて万が一のことがあっても面倒なので、いちおう目立ちそうな銀髪だけでも隠すために鈴音さんから借りた毛糸の帽子をかぶって行くことにする。


「似合ってるじゃない。可愛らしいわよ」


 しかし、その帽子には巧妙な罠が仕掛けられていた。


 隣を歩く鈴音さんはニヤニヤと馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、わざわざ背伸びまでしてポンポンと僕の頭を叩いてくる。


 鈴音さんに言われるまま何の確認もせずに被ったので気づかなかったのだが、どうやらこの毛糸の帽子、クマの耳のようなものがついているらしいのだ。


 あいにくとそれに気づいたのは鈴音さんの自宅から出てしばらく経ってからで、今さら別の帽子を取りに戻るわけにもいかず、かといって状況的に脱ぐことも憚られた。


 とはいえ、いい歳をした男がクマ耳の帽子というのはかなり恥ずかしい。


「気にしすぎだって。アテナくん、顔だけは女の子みたいにキレイなんだから、澄ました顔してればいいのよ。何だったらあたしより似合ってるくらいよ?」

「それ、絶対に馬鹿にしてるよね」

「そんなことないわよォ」


 言いながらも、鈴音さんは厭味ったらしい目つきでクスクスと笑っている。


 いろいろと思うところがないではないが、鈴音さんがこの状況を楽しんでいるならいっそ彼女のために恥を忍んでいると考えるか。


 いつも怒られてばかりだから、こうして屈託なく笑っている鈴音さんの顔を見るのはそれはそれで新鮮でもある。


 ともあれ、それから僕たちは三番区のはずれにあるという小料理屋に向かった。


 なんでも鈴音さんが購読している女性向けの雑誌で紹介されていたとかで、以前から一度行ってみたいと思っていたらしい。


 そんな有名店なら混んでるんじゃないだろうかと少し心配だったが、幸いにも店先を見るかぎりでは行列ができているというようなことはなさそうだった。


 店内は数席のテーブル席とカウンター席のみという手狭な作りだったが、黒塗りの壁にかけられた風景画や所々に配置された観葉植物などは小洒落た雰囲気を醸し出している。


 三番区は住宅街なので商業地である二番区ほど飲食店の種類に富むわけではないが、一方でこういった雰囲気重視のお店などは逆にこちらのほうが多い印象だ。


「そういえばアテナくん、お金は?」

「あると思う?」

「あんた、ホントにあたしがいないとダメね」


 鈴音さんが半眼でこちらを睨みつけてくるが、僕は気にせず店員さんに案内されるままに奥のテーブル席に座った。


 メニューを見るに、どうやらここは店内製造の生パスタを売りにしているようだ。


 さすがに大衆向けの飲食店に比べれば値は張るが、こう見えて鈴音さんは高給取りなのでとくに問題はないだろう。


 僕だって別に無一文というわけではないが、昨夜から一度も自宅に戻っていないので手持ちが残っていないのだ。基本的に宵越しの金は持たない主義なのである。


 ともあれ、僕たちはしばらくメニューとにらめっこをしたあと、僕はボロネーゼを、鈴音さんは海鮮パスタを頼むことにした。


 ザルインの街は内陸にあるため魚介類は意外と高級品なのだが、そのわりには極端に値段が高いということもなく、それが注文の決め手になったのだという。


「本当は『メンタイコスパゲッティ』ってのが評判なんだけどね。あたしの故郷では普通の家庭料理なんだけど」

「なんで頼まなかったの?」

「ここのってめちゃくちゃ辛いらしいのよ。あたしが辛いのダメなの、知ってるでしょ?」

「言ってくれれば、僕が頼んだのに」

「あんたが頼んでどうすんのよ」

「シェアすればいいじゃん。あーんしてあげるよ」

「ば、バカなこと言ってんじゃないわよ」


 鈴音さんがキッと目尻をつり上げながら睨みつけてくる。


 それでもいつもと違ってしっかり声のトーンを落としているあたりは、さすが周りに配慮のできる大人である。


 いずれにせよ、今の僕は胃袋にさえ収められれば何でもいい気分だった。


 さすがに空腹の限界である。思えば昨日の晩から今この瞬間までまったく食事らしい食事をしていない。


「んむっ!?」


 ——と、そのときである。


「か、辛っ……! でも、おいしいっ!」


 不意に何処かで聞いた覚えのある台詞が僕の耳に飛び込んできた。


 というか、台詞だけでなくその声にも聞き覚えがあるような気がしてならない。


 何やら非常に嫌な予感がする。


 恐る恐る声のしたほうを見やると、すぐそばのカウンター席に座っていた女性客が何やら感嘆した様子でパスタの感想を漏らしていた。


「これがメンタイコスパゲッティか! この店でしか食べられない東洋伝来の珍味という触れ込みであったが、まさかここまで美味だとは! レッドペッパーと魚卵の塩味がパスタの持つ小麦本来の甘さと絡み合って絶妙なハーモニーを奏でている! 店主よ、これは素晴らしいものだな!」


 食レポか……?


「お褒めいただきありがとうございます。昔、群島諸国で初めて食べたときに衝撃を受けましてね。以来、何とかウチの店でも提供できないものかと『タラコ』の仕入先を探し続けてたのですが、最近になってようやくよい仕入先を見つけられたのです」

「なるほど。確かにこのザルインでは魚卵の確保は容易くなかろう。だが、この刺激的でありながら薫り高いレッドペッパーの風味……これはアンスベルグ産のものでは……?」

「ほう、お分かりになられますか。刺すような強い辛味を持ちながらも芳醇な薫りを持つアンスベルグ産のレッドペッパーは『メンタイコ』を作る上で欠かせないものです。たまたま知人がよい仕入先を知っていたので、この店にも卸してもらっているのですよ」

「ふむ、店主の弛まぬ努力あってこそのこのメンタイコスパゲッティというわけか……」


 何やら熱く語り合っているが、その口調、その声は間違いなくあのちょっとヘンテコな女警官——ライラのものだった。



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