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一章⑩ 無法魔術師はヒモになる

「いや、100パーセントあんたの責任でしょ。何処まで迷惑をかければ気が済むわけ? このまま一生ここに閉じ込めておいたほうが、世の中のためになるんじゃないかしら」

「それってつまり、僕を独り占めしたいってこと?」

「うぇっ!? そ、そんなわけないでしょ!? 自惚れるのも大概しなさいよね!」


 小綺麗に整頓されたワンルームの室内に、鈴音さんの怒鳴り声が響き渡る。


 彼女はそのまま傍らにあった枕を手に取って僕の顔に叩きつけると、そのままベッドを飛び出して形のいいお尻を見せつけながら、ドスドスと荒々しい足どりでバスルームのほうへと去って行った。


 さて、ここは鈴音さんの自宅である。


 三番区の一等地に建った高級集合住宅の一室であり、間取り自体はワンルームだが、その面積は僕が住処にしているあばら屋の三倍から四倍はあるのではないかと思うほど広い。


 設えられた調度品の数々も何処となく高価そうなものばかりで、何か香でも焚いて

いるのか常に部屋全体をちょっといい薫りが包みこんでいた。


 そんな鈴音さんの部屋になんで僕がいるのかというと、単純に自治警察で暴れ散らかしたほとぼりが冷めるまでの身を隠す場所にちょうどよさそうだったからである。


 もちろん、それら経緯を鈴音さんに説明したらしこたま怒られてしまったが、そこはもう勢いのままベッドになだれ込んで『誠意』を示したことで事なきを得た次第である。


 ともあれ、面倒なことになってしまったことには変わりない。


 とくにあのライラとかいう女警官に目をつけられてしまった点については、もはや厄介の一言で済ませられるレベルの話ではないだろう。


 彼女の一本気な気質から鑑みるに、自治警察の捜査方針がどうであろうときっと彼女は今後も僕を見かけるたびに無理やり捕縛しようとしてくるに違いない。


 それに、おそらく僕の行動範囲についてもある程度は把握しているだろうから、これまでどおりの生活をしていたらきっとすぐにでも見つかってしまう。


(あの子も鈴音さんみたいに『交渉』できればなぁ……)


 バスルームから聞こえるシャワーの音に耳を澄ませながら、そんなことを考える。


 どれだけ憎まれ口を叩いていても最終的には何でも許してくれちゃう鈴音さんなみの柔軟性が彼女にもあれば、僕がここまで頭を悩ませる必要もなくなると思うのだが……。


(何かこう、恩を売るとか、弱みを握るとかすればいいのかな……)


 今度は天井の木目を何とはなしに眺めながら、そんなことを考える。


 弱みについてはちょっとすぐには思いつかないが、恩を売るとなればいちおうは当てがないこともない。


 そう、昨夜の殺人事件だ。


 僕には関係ないこととはいえ、おそらく今回の殺人事件が魔術師によるものであること自体は間違いないだろう。


 であれば、魔術師の規律垂範を信条とするライラの行動理念から鑑みて、彼女自身は今回の事件を何としてでも解決したいと考えているはずだ。


 その一方で、以前に聞いたライラの話やトーマスのやる気のない態度から察するに、自治警察としては今回の事件をそこまで本気で取り扱うつもりはないようにも思える。


 それは僕が変な形で事件関わってしまったからなのかもしれないし、あるいはまったく関係ない理由からなのかもしれない。


 何にせよ、上が本腰を入れないことにライラ自身はきっと歯痒い思いをしているはずだ。


 さて、そんなときに本来は仇敵同士だったはずの僕が彼女の賛同者として捜査への協力を申し出たとなればどうだろう。


 きっとライラも僕の献身的な姿に感動し、事件関与への疑いを払拭するだけでなく脱獄ごとき瑣末な出来事も過去のことだと綺麗サッパリ水に流してくれるのではなかろうか。


「……アテナくん、なんか悪だくみしてるんでしょ」


 ——と、物思いに耽っているうちにそれなりに時間が経っていたようで、シャワーを浴び終えた鈴音さんがいつの間にかバスタオル姿で戻ってきていた。


 胸は薄いが、ほどよく筋肉のついた肩周りや二の腕にはサーシャさんとはまた違った野性的な魅力がある。それに、意外とお尻や太腿はムチッとしているあたりもポイントが高い。


「何よ。そんなにジッと見て……」


 僕の視線に何を思ったのか、鈴音さんが半眼になりながら唇を尖らせる。


「いや、綺麗なカラダだなと思って」

「ウソばっかり。どうせホントはあのパン屋の奥さんみたいなのが好きなんでしょ」

「ヤキモチを妬くところも可愛いよ」

「そ、そんなんじゃないし! あんたもさっさとシャワー浴びなさいよ!」


 怒りに顔を紅潮させながら鈴音さんが声を荒げ、足許に転がっていたクマの人形を拾い上げて思いっきり僕の顔に投げつけてきた。


 彼女の投擲癖には困ったものだが、刃物が飛んでこないだけまだマシと考えるべきか。


 僕はひっそりと溜息を吐きながらベッドを降りると、プリプリと肩を怒らせる鈴音さんの小さな額に無理やりキスをして、そのままバスルームのほうに向かった。


 さて、このまま鈴音さんの家でヒモ生活をするのも悪くないが、どうしたものか……。


     ※


「ねぇ……やっぱり胸の大きなコのほうが好きなの?」

「別にそんなことはないけど」

「ウソよ。だって、ぜんぜん触ろうとしないし」

「そりゃ、鈴音さんのは触るんじゃなくて、味わうものだから」

「えっ? ……あっ、ダメ、そんな、赤ちゃんみたいに……」


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