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一章⑧ 『酔いどれ暴風』と『緊縛の魔女』

「では、よろしくお願いします」

「ああ。夜勤明けだというのに、よくやってくれた。あとのことはこちらに任せて、ゆっくり休んでくれ」

「はい。ありがとうございます」


 そんな感じのやりとりがあって、ひとまず僕は自治警察署で身柄の引き渡しを受けることとなった。


 ライラは上官らしき男性警官に敬礼すると、そのまま僕に向けて勝ち誇ったような目線を送るとともに厭味ったらしく口の端を歪め、あとはもう何も言わずにクルリと踵を返してその場を立ち去っていく。


 まあ、別にそれで彼女が僕に対する執着を収めてくれるならそれで構わないが、何かこう釈然としないものが残るのもまた事実ではあった。


「……どういった風の吹き回しだ?」


 ——と、不意に男性警官が声をかけてくる。


 話がややこしくなっては面倒なのでライラの前では黙っていたが、実を言うとこの男性警官とは顔馴染みだった。


 名はトーマス・クルーガー。彼もまたライラの前では僕との関係について明言を避けていたあたり、僕と同様に何か思うところがあったのだろう。


 この街の自治警察はどちらかというと保守的な考えのもとに成り立っている印象だし、彼女のような一本気な人間が腫れ物あつかいされてしまうこと自体は想像に難くない。


「なんか一生懸命だからさ。ちょっとくらい良い気分を味わわせてあげてもいいかなって」

「おまえ、まさかさっそくあの子に目をつけてんじゃないだろうな」

「顔だけで言えば、好みのタイプではあるけど」

「やめとけやめとけ。アレは相当めんどくさいタイプだぞ」


 そう言ってトーマスは肩をそびやかし、それから顎をクイッとしゃくって取調室のある奥のほうに向かうよう促してくる。


 短く切り揃えた暗めの茶髪に少しタレ目がちな黒瞳、年齢は三十前くらいだったと記憶しているが、だらしなく伸ばした無精髭のせいか見た目にはもう少し年嵩があるようにも感じられた。


 階級は少尉であり、自治警察においてその階級はいわゆる小隊長——街の各所にある派出所の所長を任されるくらいの立場である。


 もっとも、トーマスは本署勤めだから実際に隊を任せられているわけではないが、少なくとも現場レベルではそこそこの権限を持っているはずだった。


 ともあれ、僕は促されるままに奥に続く廊下のほうへと向かうと、そのまま通路を進んでいくつかの角を曲がり、奥まったところにある無数の扉が並んだフロアに足を踏み入れる。


「そんじゃ、今日は7番でやるか。ラッキー7だな」


 そう言ってトーマスが『7』という表札のついた取調室の扉を開け、僕らは一緒に狭苦しい取調室の中に入っていった。


 真っ白なモルタルで壁を塗り固められたその部屋には簡素な机と二脚のパイプ椅子が並べられているだけで、掃除は行き届いているようだったが何処となくカビ臭さを感じる。


 自治警察署での取調はこれまでに何度となく受けているはずなのだが、そのわりにいまいち馴染みを感じないのは、取調中は酩酊状態であることがほとんどであまり記憶に残っていないからだろうか。


「さて、そんじゃ取調を……っても、何について聞いたもんかな。脱獄については今さら話を聞くようなことでもねえし、とりあえず昨夜の事件についてでも聞いておくか?」


 各々がパイプ椅子に腰を落ち着けたところで、トーマスが小脇に抱えたファイルを机の上に乱雑に広げながら言った。


 その中には明らかに捜査資料のような機密情報も紛れているようだったが、はたして僕が目にしていいものなのだろうか。


 もっとも、そんなものを見せられたところで興味はないし、どうせ内容を理解できるとも思えないから、結果的には何の問題もないかもしれないが……。


「それより、コレなんだけど」


 いったんそれらについては考えないことにして、ひとまず僕は未だに魔術によって拘束され続けている両手を机の上に差し出した。


 これは個人的にも驚きなのだが、あれから相応に時間が経っているにも関わらず、ライラが僕に施した拘束魔術は未だにしっかりとその効力を維持し続けていた。


 それに、本来であればこういった持続系の魔術は術者と対象の距離が離れるほどに効力の弱まっていくはずなのだ。であるにも関わらず、ライラが警察署を去ってなお、彼女の魔術は僕の両手を強く拘束し続けている。


(それなりの使い手ってのは間違いなさそうだな……)


 いちおう、今後また相対したときのために留意しておいたほうがいいかもしれない。


 ここまでの精度で拘束魔術を使えるとなれば、それ以外の魔術だって同様にこちらの予想を超えてくる可能性はある。


「おお、やけに大人しくしてると思ったら、そいつを食らってたのか。さすがは『緊縛の魔女』さまだ。いくらおまえでも、さすがにその術からは抜け出せないか?」


 一方、トーマスは驚いたように目を丸くしており、どうやらこのときになって初めて僕が拘束魔術を受けていることに気づいようだ。


 まあ、魔術による拘束はパッと見で分かるものではないから、魔力への感能力が高くない一般人にはなかなか気づかれないものなのかもしれない。


 というか、あの女警官に『緊縛のライラ』なんて二つ名があったとは恐れ入る。そんな異名を持つほどの魔術師なのだとしたら、この術式の精度にも納得がいくというものだ。


「大したもんだよな。何でも、その術を食らった魔術師は力を吸い取られて下手すりゃ魔術を使うことすらできなくなるそうじゃないか。実際、彼女が魔術を使う犯罪者を確保したところに立ち会ったこともあるんだが、あのときは魔術師をああも簡単に無力化できるもんかと驚いたもんだぜ」


 トーマスが何やら思い返すように天井を見上げながら告げる。


 さすがに拘束魔術だけで魔術師を完全に無力化するなんて真似ができるとは思えないが、少し話を盛りすぎではないだろうか。


「この調子だと、いよいよ天下の『酔いどれ暴風』も年貢の納めどきかねぇ」


 さらにそう言ってケラケラと笑うトーマスは、何故か少し得意げな様子だった。


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