海純3
家に帰ってきた私はベッドに力なく倒れた。すると先程のことが思い起こされる。
「…俺が海純のことを好きでもか?」
「…なんで蒼彼まで」
私は男の人が嫌いだとかそんなことは無い。でもやっぱり恋愛、付き合うと言うことの意味が分からない。そんな状態で彼氏なんて作っても上手くいくわけが無い。
蒼彼とも疎遠になっちゃうのかな…
私は今まで仲良くなってきた子に告白されて振ったあと、疎遠になっても仕方ないと思えていた。でも…蒼彼だけはそうはいかない。蒼彼と疎遠になるなんて絶対に嫌。私はこれからも蒼彼と一緒に過ごしていきたい。
「…難しいのかな」
色々と考えていたら疲れたのか眠たくなってきた。少し眠ろう。目が覚めたら蒼彼が告白してきたという事実が無くなっていればいいのに…
「──み」
「…」
「──ずみ」
「…んん」
「海純ー」
私は誰かに呼ばれる声によって目が覚めた。
「海純ー、インターフォンなってるから出てー。お母さん今ご飯作ってるのよー」
「んー…分かった…」
荷物の配達だろうか?寝ぼけ眼を擦りながら家の中にインターフォンの音を鳴り響かせている人物を確認するため壁に付けられているインターフォンのボタンを押した。
「はい、どちら様でしょうか?」
私は欠伸を噛み殺しながらそう言った。
「…」
でも数秒経っても声が帰ってこない。
「…あのー?」
私は再びインターフォンに向かって声をかける。
「海純、俺だ。蒼彼だ。今時間あるか?」
すると聞き馴染みのある声が聞こえてきた。聞いていると安心する、でも今は聞きたくない声が。
「ぇ」
私は自分でさえも聞こえないほど小さな声が出た。戸惑って上手く声が出ない。だけどそんな私に対して蒼彼は静かに待っている。
「…うん。ちょっと待ってね。今行くから」
軽く深呼吸して少しだけ心を落ち着かせてそう言った。正直、全く心の準備なんて出来ていない。今蒼彼と会ったところで何を話せばいいのかなんて分からない。それでも今蒼彼と話さなければいけない気がした。そうじゃないと取り返しがつかないことになる。そんな直感があった。
徐々に徐々に玄関の扉へと近づいていく。一歩を踏み出す事に足が重くなるような感覚に陥る。目の前の扉を開きたくない。そう強く願ってしまう。でもそれじゃダメなんだ。
私は自分を奮い立たせてゆっくりと玄関の扉を開いた。そこには真剣な眼差しを私に向ける蒼彼が立っていた。
「えっと、どうしたの?」
私はそんな蒼彼の眼差しに真っ直ぐ向かい合うことが出来ず軽く顔を逸らしてしまう。
「海純、俺は海純が好きだ。子供の頃からずっと変わらず俺と接してくれる優しい海純が好きだ」
でも蒼彼は言葉を発してしまう。一直線に、迷いなく、ただ本心を。
「…」
私は何も言えないでいた。
「周りが俺の事を根暗だとバカにした時だって海純は一度も俺の事をバカにしなかった。それどころかバカにしてきたやつらに対して本気で怒ってくれた。俺はそれが嬉しかった」
それでも蒼彼は続ける。話すことを辞めない。今までのさり気ない瞬間の話をしてしまう。
「…」
私は知らなかった。蒼彼がそんなことを思ってくれているなんて。私はただ当たり前のことをしただけだった。事実、蒼彼が今昔のことを出していなかったら私が蒼彼をバカにした人達に怒ったことなんて忘れていた。
「今までの俺は嫌なことがあれば直ぐに逃げ出していた。目を逸らして、耳を塞いで、それでやり過ごしてきた」
私は黙って蒼彼の言葉を聞く。今蒼彼がいった言葉。それは今の私にも当てはまっている。蒼彼との関係を壊したくない。だから曖昧な返事で逃げている。
「でももうそんなことしたくない。だがら本気で伝える。俺は幼馴染の朔原 海純が好きだ。大好きだ。俺と付き合ってください」
でも彼は、蒼彼は逃げることを辞めた。そして私に本気で思いをぶつけてきた。私がここで逃げてしまえばそれこそ本気で思いを伝えてくれた蒼彼に失礼だ。私も…逃げることをやめよう。
私の目には涙が溜まっていた。それがいつ頃から溜まり始めたのかなんて分からない。溜まってしまった涙がこぼれないように上をむく。でも溜まってしまった涙は予想以上に多かった。涙の容量を超えてしまった瞳の中から数滴の雫が溢れ出す。私はそれを両腕で擦る。そして蒼彼に向き直る。
「ありがとう。蒼彼が私の事、そんなふうに思ってたなんて知らなかった。ほんとに嬉しい。…でもやっぱりごめん。私はまだ誰かと付き合ったりなんて考えられない。だがら…ほんとに…ごめん…」
一度は止まった涙。それがまた溢れ出す。もう感情を抑えることが出来なかった。私は分かっている。そう伝えることで蒼彼が深く傷ついてしまうということを。もう元の関係に戻れないかもしれないということを。それでも誠実な蒼彼の想いに不誠実な私の想いで返したくなかった。
「…ぷっ、はははっ、なんで振った海純が泣いてるんだよ」
きっと蒼彼は私と距離を置いてしまう。そう思っていた。でも目の前にいる蒼彼はいつものように少し困り気味に笑っていた。
蒼彼が私に近寄り乱暴に頭を撫でる。そのせいで髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまった。
「だ、だってぇ…」
その事について小言を言ってやりたい。でもそんな言葉が出てこない。
私はどれくらい泣いてしまっただろう?
「…」
ようやく涙の止まった私は恥ずかしさと申し訳なさで何も言わず蒼彼の顔を見上げた。
すると蒼彼は優しく笑いながら口を開いた。
「明日からも幼馴染としてよろしくな」
その瞬間、私の心の中の霧が晴れたような気がした。
「っ!うん!」
私は嬉しくなって年甲斐もなく無邪気にそう返事をしてしまった。
…やっぱり蒼彼と一緒にいると心が温まる。蒼彼は私にとっての…?
私にとっての…何?幼馴染、それはそう。大切な親友。それもそう。でも今私の心の中にある感情。それはそのどちらにも当てはまるものじゃない。これは…何?
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