食器洗剤のはなし ~博士の台所①~
翌週、ぼくが博士のラボに向かうと中はごみごみしていて、とても汚い。博士は調理台で何か煮込んでいるようだった。
シンクには食器が山のように積んである。
「もー洗わなくちゃ」
「すまんのう、わしは無精で」
「不精っていうレベルじゃないよこれ」
「洗ってもらえるかの?」
「はあ⁈」
「ハイただいま、今やるぞい」
博士は食器を洗いだした。
べっとりとカレールーのついた鍋をクッキングペーパーで拭きとると、上から洗剤をかけ、さっとクッキングペーパーで拭きとり、棚に戻す。
「武夫くん、料理と科学は実は古い付き合いがあるのじゃ。人が初めて科学を利用したのが何だかわかるかな?」
「うーん、火?」
「その通りじゃよ、武夫くん! 火は人類が始めに利用した化学作用で、食物の調理は正に化学なんじゃよ」
「えへへ……博士、水で流さないと?」
「実はの、KOOtubeでイギリス人が拭き洗いをするという動画を観たのじゃ。するとコメント欄に水で流さないとやはり衛生的ではないんじゃないかというコメントが見られたんじゃ。ヨーロッパの方では水が貴重だから、すべての家庭が皿洗いに水を使うと資源が大変なことになってしまうそうなのじゃナ。で、わしは「拭き洗いはそんなに汚れが取れないのか?」と思って、いまこうして試している」
「ふーん、汚れ落ちた?」
「流して洗ったものと比べてもあまり遜色ないのう。最近のクッキングペーパーは優秀だからかナ? ただ匂いが少し残るが、鍋やフライパンならそれほど気にはならない……わしのように独り身でシンクが狭い家庭なら、鍋やフライパンは拭き洗いで洗った方が便利じゃないかというのが結論じゃナ」
ぼくは少し博士の洗った鍋を眺めながら、
「それって化学?」
「いや、どちらかというと家庭科じゃのう」
ぼくはシンクの上の食器の山を見た。洗っても、洗っても、まだ減らない。
たぶん、博士が虫が湧くまで食器をためるような人間じゃなかったら、今みたいなことは考えなかったんだろうな、とぼくは思った。