第十三話「徳や悪徳にも際物がある」その5
カロリーナが主計長タルマの物資横領を暴いて数日、彼女の第四十歩兵連隊の食事情は大幅に改善されていた。
取り調べによって横流しされた物資を隠していた倉庫が次々と発見され、小麦の詰まった袋や新品の靴に軍服、果ては銃にいたるまであらゆる物資が部隊に届くようになった。
「肉だ!切れ端じゃない肉を食うのはいつぶりかな」
「胡椒もあるぞ。こっちの箱は酒だ」
「靴もある。こっちは帽子に制服!」
運び込まれる木箱を開けて大喜びする兵士たちの前にカロリーナが姿を見せる。彼女は相変わらずペリゴーヌから譲ってもらった舞踏会にも着ていけそうな派手な軍服を着ている。
「どうです!お約束通り皆さんの補給を改善してさしあげましたわ!」
よく梳かれた金髪をなびかせ、勝ち誇るように宣言するカロリーナを兵士たちは拍手と歓声の声で出迎えた。
「おお!連隊長だ。連隊長閣下に敬礼!」
箱を漁っていた兵士たちが手を止めて彼女に敬礼をほどこす。
「連隊長殿のパンと酒に万歳!」
兵士たちは自分たちにパンと靴をもたらしてくれた新連隊長をすっかり気に入っているようだった。貴族の小娘に指揮されるなんて御免だ。と愚痴を言っていた兵士たちも口にパンとワインを流し込まれては黙るしかない。
「前の連隊長も、前の前の連隊長もやってくれなかったことをアンタはやってくれた」
「腹いっぱい食えるなら、どこまでもついていきますよ閣下」
若い兵士たちは陽気に歌を歌いながらカロリーナの周りに集まってくる。
「われらがパン屋のカミさんに乾杯!」
誰かが音頭をとると全員がパン屋のカミさん!と声を揃えた。
「ちょっとあなたたち!わたくしはそんな歳じゃありませんわよ!それにわたくしはパン屋ではなくソワン伯!ソ・ワ・ン伯・爵!」
カロリーナは顔を赤くした若者たちに両手を振り上げて威嚇する。
「失礼しました。パン屋の看板娘に乾杯!」
「もう!!」
カロリーナが怒って追いかけると、兵士たちは笑い転げながら逃げ回っていく。
◆
「新しい連隊長は元気がいいのう。それにもう兵士たちの心を掴んでおる」
大隊長の一人、最年長のヴァレフスが司令部の二階の窓からその様子を見て笑う。
「人間、食わせてくれる人には逆らえませんからね」
火のついてないパイプを咥えたフレースがそれに応じた。
「にしても、まさか主計長が商人共と組んで物資を横流ししていたとは。これは裏切りだ。重大な裏切りだ!ヤツはどうしました。まだ牢獄ですか?即刻兵士たちの代表を集めて軍法会議にかけるべきだ」
押収された不正の証拠書類を見ながら浅黒い肌のドニュエルが吠える。
「あの豚野郎なら首都に送られたとさ。まどろっこしい。あんな野郎はあの場で脳みそぶちまけてやりゃよかったんだ。何が裁判だ」
血気盛んなクラリーがドニュエルに負けない声を張り上げる。
「今回の件は俺たちもだが連隊長のお手柄だったな。なあ、クラリー?お前も連隊長の功績を認めるしかないだろう」
フレースの言葉にクラリーはハチの巣をつついたように騒ぎ出す。
「ハン!あんなのはまぐれじゃないか。タルマの豚野郎が勝手にあの女を査察官だと勘違いして自滅したんだろうが。手柄と言えるかよ」
「だが、結果的に不正は暴かれて兵士たちにはパンと靴が行き届いた。俺たち全員タルマが不正をしてたなんて全く思わなかったんだぞ。それは認めるしかない」
「ちっ……!実戦で通用するかは別だ!」
クラリーがばつが悪いとフレースから顔をそらす。カロリーナが兵を救った。その事実は認めるしかないが、認めるのはしゃくだった。
「で、それよりタルマの後任はどうなるんじゃ?新しい主計長は」
場の空気を転じたのはヴァレフスだった。
「あ、それなんですが私がやることになりました」
もじゃもじゃ頭をかき回しながらぽつりとつぶやいたジョミニに全員の視線が集中する。いつ部屋に入って来たのか誰も気が付かなかった。
「ゲロ野郎が?」
「その渾名やめてください。ええ、私が。この数日ずっと記録簿を漁ってました。で、横領に関わった商人連中の証拠を押さえて、あと代わりの納入業者を探して、連隊に物資が届くように手配したり……総司令部と手続き問題をやったりしてました。まあ、今この連隊の会計に一番詳しいのは私です。私がやるのが一番確実ですよ。お任せください」
ぼそぼそと聞き取りづらい早口で喋る割りには胸をそらして得意げな顔をするジョミニ。
「……」
「なんですかその顔」
目の下に出来たクマを揉みながらジョミニは口をあけて何か言おうとするクラリーを睨みつける。
「てめ……」
言いかけた時、扉が大きく開かれて大型犬のような勢いでカロリーナが飛び込んできた。
「お待たせしましたわ!大隊長みなさん揃ってますわね。行きますわよ」
「行くって、どこへ?」
「「みなさんが物資を調達してた村や町に物資を返しに行くんですのよ。決まってるでしょう?」
カロリーナの言葉に全員がまばたきした。




