依頼内容
「捜索の途中結果は三日後になりますので、三日後にまたお越し願います。」
貞義は事務所の出入り口前で女依頼人を見送る。
依頼人はくれぐれもよろしくお願いします、と短く念押しした後、怪訝と心配の混ざった顔をして綾島偵魔事務所を去った。
貞義はやっと依頼人の放つ甘ったるい匂いから解放されたと思った。だが、綾島事務所のやるべき仕事は決まり、どのような計画でどこから始めるか、最悪の事態も想定しなければと彼の頭にはこれからのプランニングが描かれ始めた。
「それでは、今回の依頼内容の共有をします。」
俺と華怜さんが事務所の応接室で動物の捜索をどうするか打ち合わせしていると、貞義さんが入ってきた。
「今回の依頼人の名は前園寺彩子、依頼目的は飼い猫である黒猫のミーちゃんの捜索および捕獲となります。」
園寺と聞いて華怜さんが体をこわばらせた。
貞義さんは軽く華怜さんの様子をうかがった後、話を続け、スマートフォンを取り出す。
「先にミーちゃんの写真を送っておきます。夫人がミーちゃんの行方が分からなくなったのは四日ほど前だそうです。それまでは放し飼いで育てていたので1、2日見ないのは当たり前だったそうですが、これほど長く見えなかったことはなかったそうです。」
貞義さんから、夫人からいただいたミーちゃんの写真の画像が携帯電話に送信されてきた。
可愛らしいのは名前だけで、ふてぶてしい顔で貫禄のある体系の黒猫だった。飼い主から与えられたであろう白いスカーフが首にまかれている。
スカーフに描かれている奇妙な模様が気になったが、貞義さんの計画の最後には毎回質問時間があるので、それまで待つことにする。
「通常この町の飼い猫には電子チップが埋め込まれ、ある程度の追跡が可能ですが、今回はチップが機能しておらず居場所がわからないそうです。チップが破壊されたいるなら車にひかれて死体になっているかもしれません。」
まあそうなるよな、と思った。俺は、その場合は依頼事態が破棄されるのが妥当かと思った。
「ですが、今回の依頼内容では死んでいてもそれがミーちゃんと判別できる場合死体でも報奨金が支払われることになりました。ということで全力で探してください。」
いいですね、と貞義さんからの念押しがされる。
「で各人がどのように動くかですが、華怜君、あなたは行政で動物の死体が回収されていないかと、保健所でかくまわれていないか確認をお願いします。チップの年間追跡データによるとミーちゃんの移動経路は主に4丁目を中心に移動していました。これが4丁目の道路管理会社、役場、保健所場所の地図です。」
貞義さんから赤いペンでマークと名前が記された電子地図が華怜さんに送られた。
華怜さんはスマートフォンで受け取り、一目確認するとと小さくうなずいた。
「イレス君、君は喫茶キャッスルで情報屋を訪ねてください。黒猫、白いスカーフ、4丁目が拠点という情報で絞れると思います。」
「了解です。貞義さんは?」
「私は念のためペット霊苑に行って供養されていないか確認してきます。死体がないとただ働きですからね。それでは最後に質問は?」
いつもの質問タイムなので、俺が手を挙げる。
貞義さんはどうぞと言って俺の質問を促した。
「依頼人の苗字が前園寺で、この猫のスカーフの柄は…」
「イレス君の言う通り、この黒猫は園寺の分家、前園寺の式神に当たると思います。」
「とすると何か諜報活動中に行方不明になったとか?」
私はその認識です、と貞義さんは言い切った。
とするとこの依頼は博打だ。諜報中の式神猫を生かして、もしくは死体を残すなんてことは考えにくい。これはただ働きになる予感がする。
この仕事に意味はあるのか考えていると、横で華怜さんがスマートフォンに文字を打ち込みそれを貞義さんに見せる。
「ではなぜ貞義が引き受けたのかと。そうですね、華怜君の言う通り普段なら私が無報酬の依頼なんて引き受けるはずがないです。しかし、依頼人は園寺きっての式神使いの家系、前園寺ですよ?一説によると、前園寺は式神が破壊されても、それまでの情報が主契約者に届くという術式を持っているそうです。ですので、私はまだミーちゃんは生きているという可能性が高いと推察します。」
納得したようで華怜さんぱちぱちと拍手ている。
もちろん俺も貞義さんと同じ意見でミーちゃんは生きていると思う。俺が担当する情報屋への聞き込みが一番情報価値があるものになるだろう。
「というわけで、生きているなら情報屋の出番です。イレス君手順は知っていると思いますが、必ず値切ってください。」
「了解です。ああ、ちなみに情報の予算はいかほどに?」
んー、と貞義さんが腕組みをして悩む。上を見上げたり足元を見たりで、お金の勘案をしているのだろうか、
「そうですねー、3、いや5万以下なら良いでしょう。」
わかりました、と俺が言葉を返す。
他に質問は?と貞義さんからの聞かれたが、俺のやることはよく理解したので、華怜さんの方を見て質問がないか目で訴える。
華怜さんは最後にスマートフォンで文字を書き起こし、貞義さんに見せると、貞義さんはうんうんとうなづいてから発注書と書かれた一枚の紙を渡した。
華怜さんはその受け取った発注書を持ち上げ、きらきらした眼差しで目を輝かせていた。