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貴女を許せるその日まで  作者: 華月彩音
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ご覧頂きありがとうございます。

門まで送ろうとルキアディス様について歩いていると、ふと彼が話しだした。


「そういえば、昨日馬車が帰っちゃってたけど、あれは結局どういう事だったのかな?」


「あ、わすれてました…」


そう。帰り際のあれこれに心を取られ、すっかりそれを忘れてしまっていたのだ。

こういうことは別に珍しくもないので、気にしていないというのもあるのだが。


「てことは、あの後謝罪もなんにも無かったってこと?」


「あぁ、まあそうですね。でも、別に気にしてないので…」


いいですよという言葉は続かなかった。

彼の笑顔が怖すぎたのだ。


「そっかぁ…でも、アメシィが良くても、僕は良くないなぁ」


何も答えられず、ぱちぱちと瞬いていると突然後ろから何かが駆けてくる音がした。


「お待ちください、ルキアディス様ぁー!」


ぱたぱたと軽く走りつつ、媚びた声をあげるのはストロクォーツだ。


「ん?どうしたのかな?」


若干額に青筋が浮いているルキアディス様が、振り向かずに答えると、ストロクォーツは笑顔で言った。


「やっぱり、私と婚約しませんか?」


「「は?」」


晴天の霹靂とはまさにこの事である。

思わず2人揃って間抜けな声を上げると、ストロクォーツは嬉々として続ける。


「よく考えたんですけどぉ、お姉様は私と違ってちゃんと学校も行かれてるしぃ、頭も私よりいいじゃないですかぁ」


「だからぁ、ルキアディス様とは私が結婚して、お姉様はイエリィスピネ様と結婚して向こうのお家を継いだ方がいいんじゃないかって。ね?お母様」


後ろから静々と歩み寄ってきた母は、急に話を振られついていけずに呆然としている。

私は、言いたいことを色々飲み込み、ストロクォーツに声をかけた。


「あー、貴女クリディアス様と愛し合っているんじゃなかったの?」


「はい。私とイエリィスピネ様は愛し合っています。でも、それではクリディアス家の為にもルキアディス様の為にもならないから」


一体どのように解釈したらそうなるのかと、全く分からない思考回路に飲み込みきれなかった溜め息が零れた。

母が、ストロクォーツの言葉にそっと続ける。


「イエリィスピネ様は辺境伯家の跡取りでしょう?クリディアス家の領地は安全とは言えないし、安定していないわ。だから心配で…」


「ルキアディス様も隣国の公爵家の方で、お忙しいお方ですし、領地も収めていらっしゃいますよ」


「でも、公爵家を継がれる訳では無いでしょう?それに向こうは医療も発展してるし、色々と安心じゃない」


なるほど、ストロクォーツは身体が弱いから心配との事らしい。

確かにクリディアス家の収める土地は、同盟を結んでいない国と隣接している。安定しているとは言い難いし、必ずしも治めやすい土地とは言いきれない。

だが、ルキアディス様の家は巨大な隣国において貴族筆頭と呼ばれる公爵家であり、抱えている領地も多い。ルキアディス様は次男だが、彼自身次期宰相とも呼ばれていて忙しい方だ。もしかしたら、クリディアス家に嫁ぐより苦労するかもしれないのだ。


ストロクォーツは、自分も譲るのだからとは言うが、その目にはルキアディス様への憧れが見え隠れしている。

確かに綺麗な方だから惹かれてしまうのも無理は無い。

だが、愛し合ったからとクリディアス様を略奪しておいてこれは無いだろう。

呆れていると、何を思ったかストロクォーツはこちらを見上げて腕を組む。


「ねぇお姉様、お願いできない?」


キラキラと大きな瞳を涙の膜でうるませて、庇護を求めるように願う。

ああ、またかとため息が出た。

視界の端の母が我慢なさいとでも言うように頷き、父は小さく首を振った。

今度もかと虚しくなり、何だか視界が滲んできた。

泣くものかと強く目を閉じると、横から優しい声が聞こえた。


「大丈夫。そんなこと僕が許さない」


ね?と優しく微笑まれて、涙も何も吹っ飛んだ。

彼は笑みを保ったまま振り向いて、ストロクォーツに言う。


「ええと…ストロ…なんだっけ?アクアポリーネ嬢?ちょっといいかな」


「は、はい」


名前をちゃんと呼ばれなかったが、自分だとは分かったらしいストロクォーツが、返事をしルキアディス様を見上げる。

その甘えるような可愛い仕草に見ていられず俯くと、ルキアディス様の手が私手に触れてそっと握ってくれた。


「例えアメシィが君のお願いに答えたとしても、僕はそれを許さないよ?」


「え、でも、さっき婚約は家の約束だって」


「それは君とクリディアス家との婚約みたいな、普通の政略結婚の話しね?」


僕が話してるのは別、と彼は続ける。

よく考えてみれば、今回の婚約我が家に利点はありこそすれ、ルキアディス様には利点がない。

聞けば番だからと帰ってくるのかもしれないが、なんだか少し不安になる。

そっと見上げると、ルキアディス様と目が合いちょっと微笑まれた。


「僕が今回婚約したのはアメシィと結婚するためでね、この家と契約するためじゃないんだよね」


「え」


「だから、アメシィとの婚約を認めないなら、残念だけどこの話はなし。別の方と政略結婚になるかな?」


なんでもない事のように続けたあと、こっそり君以外考えられないけどねと囁かれ、場違いにも頬が染る。

あまりふざけないで下さいと少し小突くと、その手を取られ宥めるように握られた。


「え、私よりも…お姉様なの…」


呆然と呟くストロクォーツに、ルキアディス様は笑顔で追撃をする。


「そうだね。君は一般的に可愛いと分類されるのだろうけど、僕個人は君に全く興味がわかないね。アメシィの方が綺麗で可愛い」


「ちょっと」


なぜこの空気で口説き文句が吐けるのかと、咎めるように見上げてもどこ吹く風で、全く効き目を感じない。

これは早めに解決策を探すべきかと思っていると、下を向いてプルプル震えていたストロクォーツは、突然父に向かって話し出した。


「じゃあ、お父様!この婚約を認めないでください!」


「え?」


瞬間その場の空気が凍りつく。

父は、この子は何を言っているのかと不思議そうに我が子を見つめ、いつもは庇う母も何も言えずに立ちすくんでいる。

ストロクォーツはなおも続ける。


「お姉様がスティよりかっこいい人に嫁ぐのなんてや!スティが一番なの!一番可愛いし、一番大事にされるの!!」


続いた言葉は、3歳児もビックリな言葉。

その場にいる人間は誰も二の句が告げなかった。

幼い幼いとは思っていたがここまでとは思わなかった。

これでは嫁がせることは愚か、貴族社会を生きていくことすらままならないだろう。

甘やかしすぎたのではと、母を盗み見ると母の顔からは血の気が引き今にも倒れそうだった。


「世界で一番はスティでしょ?ね?お母さま、お父さま!」


「いい加減にしろ、ストロクォーツ」


凍りつき、冷めきった空気を変えたのはここにいないはずの兄だった。


「お兄さま…」


「いくらお前が、教育を受けていないとしてもその言い分が通らないのは分かっているだろう?」


「…」


ストロクォーツは、兄の言葉に勢いを無くし俯いている。

ストロクォーツも本当は心のどこかで分かっていたのだろう。

だけど、きっと、それを認められなかった。認めてしまえば、自分の今までの行動が間違っていたと、我儘だったと認めることに他ならないから。彼女のプライドが、それを許さなかったのかもしれない。


俯く金の髪は輝きを失い萎れている。

でも、その頭を撫でてやりたいとも、許したやりたいとも思えなかった。


兄はこちらを見、頭を下げた。


「我が家の愚妹が失礼を致しました。両親ともにこちらからキツく言っておきます」


「ああ、うん。そうだね、それは任せた」


兄からの言葉に、ルキアディス様は我に返り頷いた。

それから、と少し周囲を見渡して言葉を続ける。


「あと、この家はアメシィにとっていい環境とは言えなそうだし、早めに僕の国の事も知っておいて欲しいし、花嫁修業も兼ねてうちで預かってもいいかな?」


急な話にルキアディス様の顔を見ると、何か言う前に兄が返事をした。


「勿論です。寧ろこちらからお願いしたいほどです。兄の私から見てもこれは良くない」


よろしくお願いしますと頭を下げたので、ルキアディス様も頷いた。

父は何かを言おうとしたけれど、何も言えずまた黙った。


そして兄は、少し哀しそうに微笑んで私に言った。


「今になって言うのはずるいと、君思うかもしれないが…私にも思うところがなかったわけじゃない。ただ…その…私もいっぱいいっぱいだったんだ」


兄は、これは言い訳だなと自嘲する。


「…アメシスト、」


「今まで何もしてやれなくてすまなかった」


そう言って彼は頭を下げた。

優秀で公平な兄は、彼なりにずっと苦しんでいたのかもしれない。今はまだ理解できないし、しようとも思えないが、兄はずっと妹として大切に思ってくれてはいたのだろう。


でも、


「兄様は、ずるい、です」


散々迷ってやっと口に出た言葉は、それだった。


「兄様は、いつもちょっと申し訳なさそうで、今も、そうやって謝って…そうされたら私は、怒れない、じゃないですか」


「え」


兄は半身を起こし、こちらを見た。

兄の見開いた目が私と同じ色をしていて、兄弟なのだなあと思った。


「許す、とは、まだいいません。いえません」


兄に罪は無いのは分かっている。

彼はいつだって優しかった。正しかった。

だから、これは我儘だ。

幼かった私の。

寂しかった私の。

誰かに見て欲しかった私の。

我儘だから。


「でも、いつか、もしかしたら、許せるかもしれないです。だから、だからその日まで」


「うん」


続きを言う前に兄は頷いた。

そして、いつかみたいにそっと微笑んだ。


「幸せに、な」


色んな言葉を飲み込んで、“お兄様”は優しく私たちを送り出した。


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