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第8話『ヒーリングの魔法』

 刀傷の男は愕然(がくぜん)としていた。

 突然現れた老執事に、二人の仲間が瞬殺されてしまったのだ。

 今は三人目、モヒカンと組み合い力比べをしている……が、敗色濃厚。

 体は大きく反り返り、自慢のモヒカンヘッドが石造りの床にめり込んでゆく。


(な……何なんだ、このジジイ!? こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ、なあっ!!)


 長いこと裏の世界で生きてきたが、こんなヤツは見たことがない。

 コイツはヤバイ、ヤバすぎる!


 そのとき、老執事がこちらに目線を向けた。

 爛々(らんらん)と光る眼は、次の獲物はお前だと告げている。


「ひいいぃぃっ!!!」


 情けない悲鳴と共に、転げるように部屋から逃げ出した。

 背後から仲間の断末魔の叫びが聞こえてくるが、振り返らない。

 振り返ってる暇はない。

 とにかくもう、1秒でも早くこの場から立ち去りたかった。



 * * *



「セナ様、セナ様、大丈夫ですかぁ!」


 床に倒れていた俺を助け起こすのは、長耳の青髪少女。

 ハーフエルフのメイド、リオンだ。

 彼女は瞳に涙を浮かべて俺を強く抱き締める。


 ぷにっ♡


 という頬に伝わる柔らかい感触。

 胸に顔をうずめるとか、人生初体験だ!

 気のせいかもしれないけど、こうしていると蹴られた腹の痛みが引いていくような……。


「ゲホッゲホッ、ゲハーッ!」


 気のせいだった。

 体を動かされたことで胃の中の血が逆流したのだろうか、大量に吐血してしまった。

 この痛み、この血の量。

 これは、いよいよもってヤバイぞ……。


「はわわぁ! セナ様、セナ様、落ち着いてぇ! お気を確かにですよぅ!!!」


 慌てたリオンは、俺をゲインゲインと揺さぶりまくる。


 や、やめろ、落ち着くのはお前だ。

 これじゃ余計に出血してしまう。

 天然も、ここまでくると大問題だぞ!


「リオン、早くフローラ様とセナ様に治癒魔法を」


 ギャリソンさんは母様を抱き上げると、俺の隣に寝かせた。

 母様の下には、さっき脱いだ上着が敷いてある。

 さり気なく、こういう気遣いができるのは流石(さすが)だ。


「お二人とも、すぐに治しますからぁ!」


 リオンは、仰向けに寝かされた母様と、激痛を放ち続ける俺の腹に手をかざす。


「神聖なるマナは生命の息吹、今、二人に癒しの力を。〈癒 し(ヒーリング)〉!」


 呪文を唱えると……。

 ほあっ、手の先に淡く光る魔法陣が現れた!?

 そこから溢れる優しい輝き。

 その光に包まれると、みるみる痛みが引いてゆく。


「これで大丈夫ですぅ」


 治癒を終えたリオンは、その手で額の汗をぬぐった。


 おおっ、もう全く痛くない。

 立ち上がることだって、普通にできる。

 すごい!

 回復魔法って偉大!


 母様の頬にも、少しだけ赤みが戻っている。

 良かった……。


 ホッとしたせいだろうか。

 足に力が入らなくなって、思わず座り込んだ。

 そんな俺の頬をそっと撫でる優しい温もり。

 母様だった。


「セナが助かって良かった」

「母様……」


 その微笑みに思わず涙が込み上げる。

 ううっ、子供の体だからだろうか?

 ここのところ、涙もろくて仕方ない。


「救出が遅くなり申し訳ありません」


 一歩前に出たギャリソンさんが深々と頭を下げた。

 慌ててリオンもそれに(なら)う。

 そんな二人に俺は首を横に振った。


「いえ、ギャリソンさんは僕たちを助けてくれたじゃないですか」


 感謝こそすれ、謝られることなんかない。


 ちなみに、さっきギャリソンさんと力比べをしていたモヒカン男はというと……。

 床に頭が突き刺さったままの姿勢で、ピクリとも動かない。

 その姿は、まるで新種の観葉植物みたい。


「それに、二人なら絶対に来てくれると思ってました」


 刀傷を外した〈炎の矢(ファイアボルト)〉が、壁に当たって爆音を上げた時点で、この状況は確定だった。

 なぜなら、セナが生まれたときに言ってくれた『必ず守る』という言葉。

 あの涙に嘘偽りはないと信じていたから。


「おかげで、母様から頂いた命を散らさずに済みました。ね、母様?」

「そうですね」


 そう言って母様は起き上がろうとする。

 が、フラついてしまい、リオンが慌てて受け止める。


「だ、ダメですぅ! 〈癒 し(ヒーリング)〉は生命力を活性化して傷を塞ぐ魔法ですけどぉ、失った血液までは戻せないんですからぁ!」

「ふふ……そうだったわね」


 再び寝かされ苦笑する母様。

 その顔には、まだ辛さが残っている。


 そうか、傷つきすぎると回復魔法でも補えないことがあるんだな。

 それがゲームと現実との違い。

 絶対に忘ちゃいけないことだ。


「ねぇ、セナ……」


 母様が俺を見る。


「刀傷の男たちに絡まれていたとき……あなたには逃げなさいって言ったわよね?」


 あのとき、母様は俺を逃がすために男たちの前に立ち塞がった。

 自分を犠牲にしてでも、我が子を逃がそうとしていた。

 だけど、俺はその心を裏切ってしまい――。


「なのに、あなたは逃げるどころか、あの男の頬を力いっぱい殴って……」


 ご、ごめんなさい。

 でも、あのときは気持ちが抑えきれなかったんだ!

 母様の想いを踏みにじった刀傷が許せなくて……それで……。


 母様が俺を真っ直ぐに見つめてる。

 言うことを聞かなかった俺を怒っているのだろうか。


 ああ、生前もそうだったな。

 みんな自分の気持ちが優先で、俺の想いなんて考えてくれなった。

 この世界でもそうなのか?

 この人も、やっぱりそうなのか?


「……セナ」


 母様の右手がスッと持ち上がる。

 その手は――。


 俺の頭を優しくなでた。


「……嬉しかった」


 えっ!?


「こんなこと言ったら母親失格だけれど……男の子なんだなって。まだまだ幼いと思ってたのに、立派に成長してくれたんだなって」

「母様……」

「でもね、もし今度同じことがあったら、そのときは自分の命を最優先に考えて。あなたが生きてくれること、それが母様の願いなんだから」

「……わかりました」


 やっぱり、この人は凄い!

 ただ頭ごなしに叱るんじゃなく、俺の気持ちを()んだ上でちゃんと言い聞かせてくれる。

 こんなこと、なかなかできるものじゃない。

 少なくとも生前の俺には、そして俺の周りの人間には無理だった。


「セナ、手を出して」


 母様が俺の手に自分の手を合わせる。


「いつの間にか、こんなに大きくなってたのね」


 正直、大人の手と比べるとまだまだ小さい子供の手だ。

 だけどこの手は、土埃で汚れていて。

 悔しさに拳を握った爪跡が、くっきりとついていて。

 少し荒れたこの手が誇らしく思えた。


 俺を見つめ微笑む母様。

 短く息を吐いたその口が、静かにこう告げた。


「……私は、ここに残ります」


 予想外の言葉。

 その衝撃に血の気が引いてゆく。


「母……様……なんで……!?」

「今の私は思うように動けません。この先、きっと足手まといになるでしょう」


 次いで母様は、ギャリソンさんとリオンに目を向けた。


「二人には本当に感謝しているわ。セナを助けてくれて……本当にありがとう」

「ありがたきお言葉……」

「うわーんっ、フローラ様ぁ」

「これからも、セナのことを頼むわね」

「……お任せください」

「もちろんですよぅ!」


 二人の瞳には涙が光っている。

 それは俺も同じで、頬を伝う熱い滴は自分の意思では(こら)えることができなかった。


「セナ、泣かないの」


 母様が、俺の頬を拭う。


「私のセナ、大好きなセナ。あなたならきっと大丈夫。心のままに真っ直ぐに生きて……」


 そう言って、母様は瞳を閉じた。

 その頬を伝う一筋の涙。


「母様、母様!」

「大丈夫です、セナ様!」


 取り乱す俺を、ギャリソンさんが抱き締める。


「フローラ様は意識を失われただけです」


 言われてみれば、母様の胸は微かに上下している。

 生きてはいる。

 だけど、ここで別れる事実に変わりはない。


 くっ……。

 何でこんなことに……。

 全ては、あの刀傷の男たちのせいだ!


 そのとき、(うつむ)いていたリオンが顔を上げた。

 手の甲で目を(こす)ると、出口を睨む。


「セナ様……私は少し席を外します」


 えっ?


 言葉の意味がわからずにいると、代わってギャリソンさんが口を開いた。


「追うのですな?」

「はい。あの刀傷の男……。お二人への仕打ちは絶対に許せません」


 静かだが強い意思を感じる口調。

 そこに、いつもの間延びした雰囲気はない。

 触れれば切れそうな空気を、その身に(まと)っていた。


 ギャリソンさんは深くうなずく。


「わかりました。頼みましたよ、リオン」

「任せてください」


 リオンの瞳が、潤んだように光を放った。


「5分で戻ります」


 そう言い残すと、彼女は疾風の(ごと)く走り出す。

 しなやかなその動きは、猫科の動物のそれをイメージさせる。

 通路を駆ける背中は、(またた)く間に見えなくなった。



 最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!


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 ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援を頂けたら嬉しいです。


 これからもどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 皆さんが助かって良かったと、思います。回復魔法の書き方が綺麗で読みやすかったです。お母様もとても優しい人ですね。 [一言] 刀傷男にも制裁を加えないといけませんね。
[良い点] フローラ様、生きてて良かった~ [一言] ドジっ子メイドが優秀だと! 楽しみにしてます。
[良い点] 読みやすくて、読み始めたらどんどん読めちゃうのはさすがですね! 作者である朝比奈さんの、これは最初からの持ち味なので、久しぶりに読んでも変わっていないのはうれしいです [気になる点] やっ…
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