第7話『天恵~スキル~』
――と、そのとき。
あれれ……?
足がうまく動かなくて、俺は床に膝をついてしまった。
不意に視界が狭くなり、周りが暗くなってくる。
な、なんだこれ?
何が起きてるんだ?
襲い来る脱力感に戸惑いが隠せない。
そんな俺の耳に聞こえてくる笑い声。
それは、刀傷だった。
「ヘッ……へへへ、ビビらせやがって……。どうやら魔力切れのようだな!」
魔力切れ……だと!?
「どんなトリックを使ったかは知らねえが所詮はガキ、あれだけの魔法で体内の魔力が持つはずがねぇよなあ!」
……そうか、なんとなく理解したぞ。
魔法を使うためには魔力が必要なんだ。
そして、魔法の威力は魔力の消費量によって変わるってことだ。
俺は〈炎の矢〉の魔法を使った。
初級魔法らしいが、その威力はコイツらが青ざめるほど。
でも、そのせいで体内の魔力をほとんど使い切ってしまったということだろう。
例えるならば、軽自動車にF1のエンジンを積んで、アクセルベタ踏みしちゃったみたいな?
そんな分析をしている俺に刀傷が近付いてくる。
左眼のARナビが危険を察知して警告を示す。
く、くそっ、魔法はもうダメだ!
次の策を!
……そ、そうだ!
俺は生前、引き籠りだったときに護身術の動画を何度も観ている。
力が弱い者でも倒すことができる達人の技。
それを使えば、こんなゴロツキの攻撃なんて――。
次の瞬間、鳩尾に激しい痛みが走った。
――前蹴り。
いわゆるケンカキックだ。
ARナビで攻撃を察知できても、思うように体が動かなければ避けられない。
小さな体は吹き飛ばされ、石壁に背中を強打した。
「ぐ……は……!」
信じられないくらいの激しい痛み。
息は出ていくばかりで吸うことができなくて。
胃の中から熱いものが込み上げて……俺は我慢できずに嘔吐した。
「ぐうううううああああああっっっ!!!」
腹を押さえてのたうち回る。
獣のような声が漏れた。
ボディーブローは地獄のような苦しみと言うけれど、まさにそれだ。
涙で滲む視界。
鉄のような味の液体が口の中に広がってくる。
これは、血?
内臓がイッたのか……。
「やめて! 子供には手を出さないで! やるなら私を……」
「うるせぇ!!」
縋り付いた母様を、乱暴に振り払う。
歪む世界で、刀傷がゆっくりと近付いてくるのが見えた。
「ちく……しょう……!」
「ほう? まだそんな目ができんのか」
ジャッ――。
という音と共に腰の小剣が引き抜かれる。
くすんだ刀身には、俺の炎のような左眼が映っていた。
「お前、もう死ねよ」
吐き捨てるような言葉。
振りかぶった刃が無慈悲に光る。
この先に待ち構える運命。
死。
俺にとっては二度目の死。
くっ……。
俺は、頭上の刃を睨んだ。
――そのとき。
「爆発音が聞こえたので、もしやと思いましたが……」
不意に聞こえた、渋くダンディな声。
顔を上げると、部屋の入り口に二人の人影があった。
一人は初老の男性。
白髪オールバックに口髭、ピシッとした執事服姿がとても凛々しく見える。
老執事の後ろには、青髪セミロングの少女がいた。
膝上丈の黒いメイド服に身を包んだ彼女。
少しだけ長いその耳は、明らかに人間とは異なっている。
俺はこの二人を知っていた。
母様の記憶で見た、ブレイブリー家に仕える執事とメイドだ。
老執事ギャリソンと、ドジっ子メイドのリオン。
二人は、常に俺たちの側にいたからよく覚えている。
「ン、なんだテメェら! 状況わかってんのかァ!?」
近くにいたスキンヘッドが怒鳴る。
「状況ですかぁ?」
メイドのリオンは部屋の中を覗き込み、そして悲鳴のような声を上げた。
「ギャギャギャギャリギャリ、ギャリソンさぁん! フローラ様とセナ様がぁ!!!」
「ええ、わかってますよリオン。……そこの男、これは貴方たちの犯行ですな?」
その問いにスキンヘッドがニヤリと笑う。
「ンああ、俺たちの仕業だァ! 慌てんな、こいつらを殺したらテメェもあの世に送ってやっからよォ!」
表情を歪ませ、凄みをきかせて顔を近づけるスキンヘッド。
オラオラと顔を上下に動かす様は、まさにガンをつけるというやつだ。
街中でこんな人を見かけたら、確実に目をそらしてしまうだろう。
無言のギャリソンさんに対し、スキンヘッドが我慢できずに吹き出した。
「ぶはっ、ビビってんのかァ! ンー、人は本当に怖いときは何も言えねぇっていうが、今がまさにその状態――」
だが、その言葉は最後まで続けることはできなかった。
なぜなら、ギャリソンさんが鋭い裏拳を繰り出したから。
めきょ!
という、何かが潰れ砕けるような音と共に、スキンヘッドが宙を飛ぶ。
錐もみ状態で、1回、2回、3回と床を跳ね壁に激突。
そのまま崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。
うおお……一撃必殺とはこのことか。
たじろぐ男たちを見据えながらギャリソンさんが上着を脱いだ。
パサッ――という音を立てて、上着が床に落ちる。
「フローラ様とセナ様に行った数々の非道……絶対に許すわけにはいきません」
静かな声。
だけど、部屋の空気が震えたのを確かに感じた。
その威圧感を吹き飛ばすかのように、刀傷の男は大声でわめく。
「て、テメェら、何を呑まれてやがる! 早くソイツを殺っちまえ!!」
その言葉に、ネズミ顔の男が小 剣を引き抜いた。
「化け物的に殺してやるぜェ!!」
叫び声と共に飛びかかる。
肩口を狙った刃の一撃だ。
それを見据えたギャリソンさんは、深く息を吸い込んだ。
「……天恵【筋肉肥大】!」
スキル!?
ファンタジーっぽいのキター!
という胸踊る気持ちと、目の前で起こる奇跡の光景に思わず息を呑む。
弾け飛ぶシャツ。
その下から現れる大胸筋、僧帽筋、腹直筋、上腕二頭筋……。
ギャリソンさんのありとあらゆる筋肉が、数倍の大きさに膨れ上がってゆく。
迫り来る剣を前に少しだけ前傾姿勢を取る。
そして、胸の前で拳を合わせて力を込めた。
「ふんっ!!」
あっ!
このポーズ、知ってる!
前にネットで見た、最も発達した筋肉ってポーズだ!
ボディビルダーといえばコレ! みたいな。
誰もが頭に思い浮かべるであろう姿勢だ!
ガキィン!!!
な……!?
こ、こ、こ、こんなことってあり得るの!?
小剣の一撃は、ギャリソンさんの最高に隆起した筋肉に弾かれたのだ!
「て、テメェ、化け物かよォ!!」
ネズミ顔が、めったやたらに斬りつける。
だけど、ギャリソンさんの体には傷1つ付けることができない。
最終的には刃が折れて、ネズミ顔の足元に深々と突き刺さった。
「ヒィイ、化け物だよォ!!!!」
うん、ネズミくん。
今回ばかりは君の意見に激しく同意だ。
「化け物ではありません。“スキル持ち”と呼んで頂きたいですな」
ギャリソンさんは手を伸ばすと、うろたえるネズミ顔の頭を鷲掴みで持ち上げる。
それはまるで落ちているリンゴを拾い上げるかのような。
そんな自然な動作に見えた。
「離せ、離せェ化け物ォォォ!!!」
宙吊りとなったネズミ顔は必死にもがくが、その手は全く緩む気配がない。
「天恵は、その名の通り天から授かった恵み。誰もが使えるわけではありません。選ばれた者は、力を正しく使う使命があるのです――――ぞ!!!!!」
言い終わると同時にネズミ顔を壁に叩き付けた。
「ヴァげも……ノ……」
響く轟音。
突き刺さる頭。
えっと……石壁って柔らかい素材だったっけ?
そう錯覚させる光景が、そこには広がっていた。
「この野郎っ!!!」
続いて飛びかかったのはマッチョのモヒカン男だ。
二人は手四つでがっつり組み合う。
プロレスで力比べをするときにやる、ロックアップといわれるアレだ。
「うおおおおおおおおっっっ!!!」
雄叫びを上げるモヒカン。
パンパンに隆起した筋肉がタンクトップを引きちぎる。
現れる、狼の顔のような胸毛がなんともセクシーだ。
「ほう? 貴方はなかなか筋がいい」
「ち……ちくしょう! スキル持ちだからって、持たざる者をバカにしやがって!」
「いえいえ、そんなことありませんぞ。貴方は真面目に鍛錬していれば、私をも凌ぐ力を手にしていたかもしれませんよ?」
「ぐぐぐ……う、嘘つけぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
必死の形相のモヒカンに対し、涼しい顔のギャリソンさん。
それもそのはず。
モヒカンもなかなかの筋肉ボディではあるが、ギャリソンさんはそれを遥かに凌駕する。
その姿は大人と子供……いや、ダンプカーとドングリと言っても過言ではない。
ギャリソンさんが少し力を込めると、相手の腕があらぬ方向へと曲がってゆく。
モヒカンの絶叫が響き渡った。
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