第5話『母様と呼んだとき』
「母親は死んでんのか?」
「ンー? ガキも殺したはずなんだがなァ」
「ガハハ、構いやしねぇ。また殺せばいいだけのことだろうよ」
「ヒャッハー! その考え、化け物だぜェ!」
そう言ってゲハハと笑う不逞の輩。
頬に刀傷のある男。
無精髭のスキンヘッド男。
マッチョのモヒカン男。
いやらしく笑うネズミ顔の男の4人組。
顔つき、そしてその会話から極悪人は決定だ。
それどころか、こいつらが幸せな親子を引き裂いた犯人で間違いない!
湧き上がる怒りの感情。
俺は拳を強く握り締めた。
子供の柔らかい皮膚に爪が痛いほど食い込む。
「なんで、こんなことを……」
「アァン?」
押し殺すような俺の声に、男たちは顔を見合わせた。
次いで浴びせられる笑い声。
刀傷の男が、顔を近付けてくる。
コイツがリーダーだろうか。
って、うっぷ!
激しく口が臭い!
何を食べたら、こんな生まれたての汚物みたいな臭いが出せるんだ!
「なんでなんて決まってんじゃねーか、なぁ! 金だよ金! テメェらを殺せば、ボスからたんまり報酬がもらえんだよ!」
自分の口臭を物ともせず、男は大口を開けて笑った。
仲間たちも一緒に笑っている。
嗅覚が死んでるのか、こいつらは。
下品に笑う男たちを前に、拳が怒りで震えだす。
それを自分の体に強く押し付けた。
今、感情のままに暴れても無駄死にをするだけだ。
堪えろ、堪えるんだと、何度も自分に言い聞かせる。
そんな俺の姿を、恐怖に震えているとでも思ったのだろうか。
男たちは黄色い歯を見せてニヤリと笑う。
続く言葉に俺は耳を疑った。
「あとは、単純に面白ぇからだな!」
「なっ……!?」
面白いだと!?
こいつらは楽しむために人を殺すのか!?
「お前の母親は、自分はどうなってもいいから子供の命だけは助けてくれって縋りついてきたのさ。泣ける話じゃねぇか」
刀傷の男はそこで言葉を切ると腰の片手剣を引き抜いた。
長さ40センチ程の刃。
ゲームでもおなじみの小 剣だ。
見るからに手入れの悪いそれが、魔法陣の光を浴びて鈍く光る。
「……だからな、コイツでお前の胸を刺してやった。そのときの絶望に満ちた顔、今思い出しても笑いが止まらねぇぜ!」
ヒャハハと笑う刀傷。
そのくすんだ刀身には、まだ血の跡が残っていた。
「血まみれのお前を抱き締めて泣き叫ぶ姿、ありゃあ爆笑ものだったぜ! なぁ!」
「ンー……まァ、途中で面倒くさくなって背中をバッサリやっちまったんだがなァ」
「なのに、ちょっと目を離した隙に隠し扉から逃げやがってよ」
「この部屋を探すのは、化け物的に苦労したぜェ!」
目の前で男たちの心無い言葉が飛び交う。
……ぐっ!
ダメだ落ち着け、落ち着くんだ!
今はこの場を乗り切ることだけを考えろ!
「だが、俺たちも今回の件は失敗だったと後悔してるんだぜ?」
「……後悔!?」
予想外のその言葉。
男は剣を鞘に戻すと、思わず顔を上げた俺の髪を強く掴んだ。
そして、無理やり自分に引き寄せる。
「ああ、後悔だ。お前の母ちゃんは、なかなかの上玉だったからな。生かしときゃ高値で売れたろうよ」
視界いっぱいに広がる顔。
外道極まりない男。
「仕方ねぇから、剥製にでもしてやるよ。案外、好色家にゃ人気が出るかもしれねぇからな!」
「人を……なんだと思ってるんだ!」
「他人の不幸は蜜の味ってな、昔から相場が決まってんだよ!」
そう言って、俺を荒々しく床に叩き付ける。
聞こえてくる、下品な男たちの笑い声。
ふざけんなよ!!
こんなやつのせいで、セナは命を落としたというのか!!!
怒りの感情が炎のように渦を巻く。
噛み締めた奥歯が、ギリっと音を立てた。
「……セナ、こんな者たちの言葉に……耳を貸すことはありません」
そのとき、不意に背後から声が聞こえた。
凛と響く澄んだ声。
俺は、この声の持ち主を知っている。
振り返った俺に、その人は優しく微笑んだ。
そう、それはフローラだった。
彼女は無理やりに立ち上がると、俺と男たちの間に両手を広げて立ち塞がる。
「この子には……手を出させません!」
荒い息遣い。
背中の傷からは、いまだに血が流れている。
さぞ痛いだろう、苦しいだろう。
それでも気丈に相手を睨む姿に、熱いものが込み上げてくる。
「ヒャハハ、泣かせるねぇ。親子だって、所詮は他人なのによ」
手を叩いて笑う刀傷。
その口が、不意にニヤリと歪んだ。
「なぁ……この女、せっかく生きてたんだし俺たちで楽しんでみねぇか?」
振り返る刀傷に、仲間たちはため息をつく。
「ンー、まァた悪い癖が始まりやがったなァ」
「おいおい、ガキが逃げちまうぞ?」
「困ったもんだぜェ、性欲の化け物かよォ!」
だが、刀傷の男はそんなことを気にする様子もない。
舌なめずりをしながら、フローラを上から下までねっとりと眺めた。
「ガキの足じゃ、逃げるったってたかが知れてんだろ。だが、こんないい女は、そうそうお目にかかれるモンじゃねぇからな」
下劣な笑み。
控えめに言って虫唾が走る!
そのとき、フローラが静かに口を開いた。
「……セナ、逃げなさい」
「えっ!? で、でも!」
俺を逃がすため、犠牲になろうというのか!?
「母様は大丈夫。あなたは少しでも遠くへ」
フローラは、開け放たれたままの扉を指差す。
大丈夫じゃないだろ!
伸ばした指が震えてるじゃないか!
俺を見つめる瞳に涙が滲んでるじゃないか!
なのに……。
なのに、どうして微笑むんだよ!
なんで、そんな優しい顔ができるんだよ!
「ハハッ、そういうわけだ。母ちゃんと遊び終わったら、また鬼ごっこをしようなぁ!」
嘲笑う刀傷。
その目はもう俺を見ていない。
この場の男たちの意識は、全てフローラに向いている。
「へへ……そそる体をしてやがるぜ!」
下卑た横顔が、目の前を通過してゆく。
ゴクリとツバを呑んだのが聞こえた。
彼女の想いに応えるなら、俺は逃げなくちゃいけない。
生きてここから脱出しなくちゃいけない。
我が子を生かすこと、それがこの人の願いだから。
思わず涙が込み上げる。
だけど、それをこらえて唇を強く噛んだ。
「なぁ、なぁ、貴族はみんな好き者なんだろ? なら、お互い楽しもうぜ!」
いやらしい声、卑猥な言葉、醜悪な笑み。
刀傷の手が、ゆっくりと伸びてゆく。
「行きなさい、セナ! 早くっ!」
……ごめん、フローラ!
俺は力いっぱい床を蹴った。
「ヒャハハ! いい声で鳴いてくれよ、なぁ! な――!?」
――次の瞬間、響き渡る鈍い音。
飛び散る鮮血。
俺の拳は、刀傷の頬を力いっぱい殴り飛ばしていた。
「セナ……どうして!?」
「ごめんなさい、逃げられませんでした」
そう答え、俺は彼女を守るように前に立った。
親子なんて所詮は他人、刀傷はそう言っていた。
彼女はセナの母親だが、俺にとってはなんの面識もない人物。
それこそ本当に他人だ。
――だけど!
俺は、この人の想いを知っている!
この人の愛を知っている!
この人の心を知っている!
人が人を守る理由なんて、それだけで十分だ!
それを踏み躙るヤツらは絶対に許せない!!
「お前らが母様を語るなーっ!!!!!」
激高する声。
それは、紛れもなく俺の本心だった。
チリリ……。
左眼の魔眼から、炎が燃える音が聞こえた。
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