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第4話『生きて!』

「ちょっと、状況を整理してみよう……」


 (つぶや)く声が、石造りの部屋で冷たく反響する。


「えーと……まず、俺が見た夢はこの世界で実際に起きた出来事らしい」


 この体の持ち主であるセナ少年は、おそらく誰かに殺されたのだろう。

 そのときに女性――セナの母親も深手を負った。

 床を真っ赤に染めるほどの血。

 その量は何度見ても背筋が寒くなる。


 だけど、彼女はその苦しみに耐え“炎の精霊王の魔眼”なるものに死者蘇生を願った。

 その結果は……。

 何の手違いか、俺の魂がこの少年の体と結びついてしまった。


 そりゃ、前世で『生まれ変われるなら勝ち組になりたい』と思ったよ。

 確かに、今の俺は貴族のような服を着ている。

 そういう意味では勝ち組なんだろう。


 だけど、この血みどろの惨状(さんじょう)は何!?

 強盗か権力争いかは知らないけど、生き返ったことがバレたら、また殺されるんじゃないの!?

 だーっ!

 短期間で2回死ねるとか何得だよ!

 こんなの、求めていた勝ち組じゃないっ!


 頭を抱え、地団駄(じだんだ)を踏む。

 短い手足は、俺の意のままに動いてる。


「うぐぐ、なんでこんなことに……」


 周りを見回しても、部屋には窓一つない。

 あるのは鉄の扉と、微かに聞こえる波の音、そして床で淡い光を放つ魔法陣だ。

 その光のおかげで部屋は完全な暗闇とならず、それがせめてもの救いだった。


 魔法陣の上には、俺に寄り添うように倒れていた少年の母親の姿がある。


「……この人は、苦しみに耐えて我が子を(よみがえ)らせた」


 なんで、そこまでできるんだろう……。

 生前に出会った人たちは、自分のことばかりだった。

 俺を(おとし)めた上司など、その最たるものだろう。


「あなたは、なぜ……」


 かすかに上下している胸。

 だが、意識はない。

 安らかなその顔は、ただ眠っているだけのようだ。


 俺はそっと彼女の手を取った。


「――うっ!?」


 その瞬間、俺の目が不意に熱を帯びた。

 復活の儀式で“炎の精霊王の魔眼”を移植された左目だ。


「ぐっ……くぅぅぅ、ああああああああああっ!!!!」


 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!!!

 左目が燃えるように熱い!!!!!

 こ、これはなんだ!?

 何が起きている!?


 真っ赤に染まる視界。

 時折、ノイズのようなものが走り――。

 そして、世界が切り替わった。





「――ほぎゃあほぎゃあほぎゃあ!」


 赤ん坊の泣き声が響く。


「元気な男の子ですじゃ」


 そう言って俺に微笑む白い服装の老婆。

 産婆さんだろうか?

 その腕の中には大声で泣く赤ん坊の姿があった。


 ど、ど、ど、どういうこと!?

 体育祭のフォークダンスが女性に触れた最後の記憶の俺に、いつ作る機会があったのだろう……。


「この子が私の赤ちゃん……」


 俺の体から流れる透き通る声。

 意思とは無関係に震える手が伸びてゆく。

 そして感じる温かい重さ。

 腕に抱かれた赤ん坊の顔が、視界いっぱいに映り込む。

 声も行動も意に反して動いている。


 こ、これはもしかして、母親の記憶!?

 触れた手を通して、この人の記憶や想いが伝わってくる!

 これも、炎の魔眼の奇跡なのか……?


「おやおや、やっぱり母様(かあさま)が良いみたいですじゃ」


 老婆が笑う。

 さっきまで泣いていた赤ん坊は、胸の中でスヤスヤと寝息を立てていた。


 壊れそうなほど小さくて。

 果てしないほど愛しくて。

 その寝顔を見ていると、幸せの感情が心を満たしてゆく。

 なにものにも変えられない喜びが、ここにあった。



「フローラ、生まれたか!!」 


 そのとき、勢いよく扉が開いて黒髪の青年が飛び込んできた。

 剣士なのだろう。

 その腰には長剣を帯びている。


「もう、フェルドったら。父親になったのだから、少しは落ち着いてくださらないと。セナが起きてしまいますわ」

「す、すまない。……って、セナ?」

「この子の名前ですわ。古代の言葉で『愛する』という意味なの」

「そうか、いい名だ!!」


 フェルドは赤ん坊を抱き上げると、天に向かって高く掲げた。


「今日からお前はセナ・ブレイブリーだ!」

「ほぎゃあほぎゃあほぎゃあ!!」

「ほら、泣いてしまったじゃないですか」

「す、すまん! 嬉しくてつい……」


 再びフローラに抱かれたセナは、スヤスヤと寝息を立て始めた。

 困ったように頭を掻くフェルドに、彼女は「ふふふっ」と声を潜めて笑う。


 幸せな家族を後目に、役目を終えた老婆は部屋を後にしようとする。

 一礼をし、扉に手をかけた――。


「わわっ!?」


 ――その瞬間、一人の少女がバランスを崩して部屋に転がり込んできた。

 長い耳に青い髪、服装からしてこの家のメイドなのだろう。

 少女の後ろには、白い(ひげ)(たくわ)えた体格の良い老執事の姿もあった。


「リオン、それにギャリソンまで。何をしとるんじゃ、お前たちは……」


 呆れ口調の老婆に、ギャリソンと呼ばれた老執事は深々と頭を下げる。


「申し訳ありません。彼女(リオン)がどうしても心配だと言うので」

「うわ~ん、ごめんなさぁい! でも、無事に生まれて本当に良かったですぅ!」


 ぺたんと尻もちをついたまま、嬉しそうに泣きじゃくるメイドのリオン。

 見れば、老執事の目にも涙が光っている。


「このギャリソン、命を賭してセナ様を守り抜くことを誓います」

「私も私も! 絶対、セナ様をお守りしますからぁ!!」

「……リオンは、注意力を身に付けることから始めましょうか」

「あーっ、ギャリソンさん、それは言わない約束ですよぅ!」


 頬を膨らますメイドに、一同から笑い声が巻き起こる。

 あたたかな優しさが場を満たしてゆく。




 ――再び視界にノイズが走る。

 場面は暗転し、俺の目に覚束(おぼつか)ない足取りで一歩を踏み出す赤ん坊が映った。


「フェルド、ちょっと来てください!」

「どうした、フローラ」

「セナが歩いたんです!」

「なにっ、それは本当か!?」


 フェルドは弾むように距離を取ると、少し離れたところで腰を落とした。


「さぁ、セナ! ここまで来い!」


 両手を開く父に向かって足を踏み出す我が子。

 手を伸ばし、必死にバランスを取って、一歩、二歩、三歩……。


「そうだセナ、その調子だ!」

「頑張ってセナ!」


 ゆっくりと、だけど確実に歩を進める姿に胸が熱くなる。


 あとちょっとで父の手に届く――。

 というところで、とすん。

 セナは尻餅をついてしまった。


「あはは、セナ、惜しかった!」


 父は笑顔で我が子を抱き上げる。

 高く掲げられたセナは、無邪気な笑い声をあげた。


「凄いわ、セナ! 初めてなのに、こんなに歩けるなんて」

「この子は英雄になるかもしれん。きっと父様(とうさま)と呼んでくれる日も近いぞ!」

「あら、初めての言葉は母様(かあさま)ですわ」

「なっ!?」

「セナは母様っ子ですものね」


 フローラはセナを取り上げると、愛おしそうに抱き締める。

 やれやれと頭を掻くフェルド。

 その後、二人は顔を見合わせて笑い合った。




 ――暗転。


「まだ医者は来ないのか!」


 フェルドの怒鳴り声が響く。

 慌ただしく走り回る屋敷の人々。

 老執事ギャリソンは彼らに指示を出し、長耳のメイド、リオンは何かに(つまず)いて転んでいる。


 視線を落とすと、腕の中にはセナがいた。

 その姿はぐったりとして、苦しそうな息遣いを繰り返すばかり。

 額に触れてみると驚くほどの熱さだった。

 体全体に熱がこもっている。


「ごめんね、セナ。私が、もっと高度の病を癒す魔法が使えたら。ごめんね……」


 柔らかな小さな手を握り締める。

 溢れる涙に視界が滲んだ。

 小さな手は、母の想いに応えるようにそっと握り返してくれた。




 ――暗転。

 少し大きくなったセナ。

 歳は3歳くらいだろうか。


「かぁたまー!」


 母を呼び、嬉しそうに走ってくる。

 だが、何かに足を取られ、目の前で派手に転んでしまった。


「ふぇぇ、いたいよぅ……」


 うつ伏せに寝転んだまま、こちらを見る我が子。

 瞳に大粒の涙が浮かび、口が“へ”の字へと歪んでゆく。

 メイドのリオンがすぐさま駆け寄ろうとするが、フローラはそれを制した。


「……セナ! それくらいで泣くんじゃありません! ちゃんと自分で起き上がりなさい!」


 泣きべそのセナ。

 胸がチクリと痛んだ。

 今すぐ走り出して、手を差し伸べたくなる。

 だが、その気持ちをグッと抑えて我が子を見つめた。


「うっ……ひっく……」


 涙をこらえてセナは立ち上がる。

 そして、手の甲で両目をぐしぐしとこすると笑顔を見せた。


「ぼく、ちゃんと、たったよ!」

「うんうん……よく頑張ったね、強かったね」


 我慢していた感情が溢れ、気付けば強く抱き締めていた。

 お日様みたいな香りがする。

 腕の中のセナは、いつまでも嬉しそうに笑っていた。




 暗転――。


 笑顔のセナ。

 泣き顔のセナ。

 優しいセナ。

 母に抱かれて眠るセナ。


 数々の思い出と成長の記憶が、奔流(ほんりゅう)となって、俺を飲み込んでゆく。


 この子と共に生きて。

 この子の成長を見守り。

 この子の未来を守りたい。


 我が子を想う気持ちが痛いほど伝わってきて――。





 ――意識が戻ったとき、俺の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


 こんなにも……。

 人は、こんなにも誰かを想えるものなのか。


 もし、前世の母親がここまでの愛を見せてくれたなら、俺はニートになんかならなかっただろう。

 焦って、あんなブラック企業に就職しなかったはずだ。

 今頃はきっと、幸せな人生を送っていたに違いない。

 そう、きっと……!


「……違う」


 絞り出すような声が漏れた。


「悪いのは……母さんじゃない……」


 今思えば、母さんは俺を立ち直らせようとしていた。

 期待だってしてくれた。

 常に味方でいてくれた。

 なのに……なのに!!


 とめどなく溢れる涙。

 辛くて。

 苦しくて。

 悲しくて。

 気が付けば、声を上げて泣いていた。


 生まれ変わった小さな手。

 この手の中には何もない。

 ここにあるのは、からっぽの自分だけ。


「なんで、俺が生き返ったんだ……」


 張り裂けそうな胸に、思わず手を押し当てた。


 トクン――。

 トクン――。


 こんな何もない掌にも、命の鼓動は確かに伝わってくる。


『――強く生きて……どうか……お願い』


 不意に(よみがえ)るフローラの言葉。


 それが、あなたの願い……。

 そうか……そうだよな……。


 俺は立ち上がると、手の甲で両目を強くこすった。


 ……わかったよ。

 あなたに助けられたこの命、無駄にはしない。

 今ここに強く生きると誓うから。

 俺はもう後悔はしたくない。

 この世界を死ぬ気で生きてやる!

 彼女の願いに応えることが、生き返った俺の使命なんだ!


 フローラを見つめ、俺は小さな拳を握り締めた。



 ――そのとき、

 バンッ!!

 と、勢いよく扉が開き、人相の悪い男たちが姿を現した。


「アァン? 殺したはずのガキが生きてるじゃねぇか!」


 開口一番、悪意のある言葉と態度。

 この状況を理解するのに、他に何もいらなかった。



 最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!


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 これからもどうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ながら読ませていただきました! セナのお母さんの愛が痛いほど伝わって、それだけに死んでしまったのが悲しいです。 新たな魂を得て生まれ変わったセナだけど、いきなりピンチ!? また読み進めて…
[良い点] 親の思いというものが克明に描かれていて良い場面でした。このフローラだけが特別なわけではなく、自分の子供を見ると、わけもなく守らないと、とか笑ってくれて嬉しいと思うものですね。主人公の、フロ…
[良い点] 前世の母親のことを悪く言いかけて、間違いに気が付いて良かった。 [気になる点] フローラ、まだ生きてるのでは? セナはこのまま見殺しにするのか?
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