第3話『炎の魔眼と異世界転生』
微かに聞こえる波の音が、海が近いことを物語る。
ここは窓一つない石造りの部屋。
床には淡く光る大きな魔法陣があり、それが闇を照らす唯一の光源だ。
その魔法陣の上には少年が寝かされている。
年齢は5歳くらい。
胸に刺し傷があり、黒い前髪の下に見える顔に血の気はない。
それは、すでに命が失われていることを示していた。
「……大丈夫よ。今、生き返らせてあげるからね」
少年の隣には、美しい金髪の女性の姿があった。
年の頃は20代後半。
頬をなでる柔らかな表情とは裏腹に、口から漏れる息遣いは荒い。
理由は一目瞭然だ。
彼女の背中からは、止めどなく血が溢れているのだから。
血液は服だけでは飽き足らず、零れ落ちて床を真っ赤に染め上げる。
その出血量、こうして立っていられるのが奇跡的だ。
「くっ……!」
だが、彼女は歯を食いしばり傍らの小箱に手を伸ばした。
立派な装飾が施された蓋を開け、中のものを取り出す。
それは、炎のように紅い眼であった。
「炎の精霊王の魔眼……。この姿となった今も、その力は変わらないって……。今はその伝説にすがるしかない……」
息も絶え絶えに、手の平に乗せた眼を頭上へと掲げる。
ブゥン――……。
空間を振動させるような音とともに、眼は手から離れた。
宙に浮かぶ魔眼を、彼女はすがるように見つめる。
「破壊と再生を司る炎の精霊王……この声が聞こえるなら応えて!」
その瞬間、魔眼が激しく燃え上がった。
紅蓮の炎を纏い脈打つ姿は、まるで魂の鼓動のよう。
魔眼は少年の周りを舞うように、ゆっくりと旋回する。
飛び散る火の粉に呼応し、魔法陣の輝きが強さを増した。
闇の中に浮かぶ幻想的な炎に、女性は力の限りに叫んだ。
「お願い! この子を生き返らせて!!」
炎の魔眼が少年の左眼に吸い込まれてゆく。
刹那に放たれる眩い光。
その輝きは闇をも吹き飛ばした。
あたたかくて、優しくて、力強い。
やがて、その光が収まったとき……。
――トクン。
――トクン。
不意に聞こえる命の音。
次第に赤みが差す肌に、彼女は頬を寄せる。
伝わるぬくもり。
その瞳から涙が溢れた。
「感謝します、炎の精霊王……」
彼女はつぶやくと、膝からゆっくりと崩れ落ちる。
「セナ……私の大切なセナ……。強く生きて……どうか……お願い……」
優しくも切ないその声は、闇の中に静かに消えてゆくのだった……。
* * *
「うわああああああああ!!!!」
俺は悲鳴と共に飛び起きた。
おにぎりを喉に詰まらせて窒息死とか、シャレにならないって。
うう……。
それにしても、不思議な夢を見たな。
魔法陣の上に寝かされた少年と涙を流す女性。
とてもリアルな光景だったけど……。
炎の精霊王の魔眼とか。
生き返らせるだとか。
そんなファンタジーな話、さすがは夢といったところだ。
ふぅ。
それはそうと、ここはどこだろう?
病院ではなさそうだけど……。
真正面に見えるのは、この石造りの壁によく似合う鉄の扉。
それ以外は何もない。
窓一つない部屋は、ただ暗いばかり。
それでもなんとか周りを見回せるのは、床で弱弱しく光る青白い魔法陣のおかげだ。
……って、え!?
それは、形も大きさも夢の中で見たものと同じだった。
ただ違うのは、淡い光は今にも消え入りそうだということ。
まるで役目を終えたかのような……。
そのとき、俺の右手が何かぬるっとした温かいものに触れた。
ん?
なんだ、この液体?
目を凝らしてよく見てみる。
ぽたぽたと垂れる滴。
鉄のような匂い。
薄明りの中、浮かび上がる赤い色。
こ、これは、血!?!?!?
思わず後ずさった俺は、床の上の何かにぶつかった。
「うわあああああああああっっっ!!!!!!!!」
それは長い金髪の女性だった。
彼女から溢れる夥しいほどの血液。
血の海とは、まさにこのことを言うのだろう。
俺に手を伸ばすような姿で倒れている女性。
まだ、かすかに息はあるようだ。
……俺は、この人を知っていた。
「夢の中の……」
俺はハッとする。
ま、まさか!
さっきのは夢なんかじゃなくて……現実の出来事なのか!?
慌てて自分の顔や体を確かめる。
そして息を呑んだ。
手に触れる感触は、知っているものとかけ離れていたから。
36年の歳月を刻み込んだ肌と体形、それはどこにもなくて。
今、この手に触れるのは――。
「……子供の体!?」
そう、俺の体は5歳児のそれになっていた。
胸の血の跡と状況から、この体が夢で見た少年のものだということは理解できる。
いや、理解はできるけども!
俺の平手ツッコミが空を打つ。
ピーンと指先まで伸びた美しい姿。
子供の短い手は、やっぱり俺の意のままに動いている。
こ、これってまさか……異世界転生というやつなのでは!?
前に読み漁ったラノベでは“ド”が付くくらい定番の展開だった。
でもでもでも、そんなこと現実にあり得るわけがない!
「あり得ないけど、あり得てるーっ!!!」
俺の叫びは、暗い部屋の中を冷たく響き渡っていった。
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