第27話『シベリアンハスキーの子犬』
拝啓、前世のお母さん。
夜空に浮かぶ月が一際美しく輝くこの季節、いかがお過ごしでしょうか?
周りの人たちが就職し、結婚し、家庭を守るために生活している中、俺は引き籠りという道を選んできました。
一念発起して就職した企業はとてもブラックで……。
自分の運の悪さに枕を濡らした夜もあります。
そんな俺ですが、このたび無事に異世界に転生し……。
更には結婚することとなりました。
お相手は空から降ってきた鬼のお姫様、名前は瑠璃。
6歳の20歳で幼女のお姉さんです。
何を言ってるかわからないと思いますが、俺にもわかりません。
人生は波乱万丈。
これからも色々なことが待っていると思うけど、未熟な二人をどうか温かく見守っていてください……。
「――セナ、セナ! 何を浸っておるのじゃ?」
夜空を見上げて想いを馳せていた俺の袖を、ちょいちょいとルリが引っ張る。
「い、いや、なんでもないよ!」
そう取り繕って、笑顔を一つ。
ふぅ~。
あまりの急展開に現実逃避してしまった。
今は、ここが俺の生きる世界。
しっかりしなくちゃ!
「ワンッ! ワンッ!」
足元では子犬が走り回りながら吠えている。
さっき、ルリが抱いていたシベリアンハスキーだ。
「おー、そうじゃった! すっかり忘れておった!」
ルリは巾着を探ると、青い液体の入った小瓶を取り出した。
「今、飲ませてやるからの」
そう言うと子犬を抱き上げ、その口に小瓶を持ってゆく。
子犬は前足で器用に小瓶を挟むと、ゴクゴクと音を立てて液体を飲んでいる。
か、可愛い……!
実は俺は動物が好きだ。
中でも犬が一際好きだ。
将来は101匹くらいの犬にもみくちゃにされながら、犬のおまわりさんを熱唱したいとさえ考えている!
ああ、金色でもふもふの毛並み。
シベリアンハスキーの子犬が、小瓶を哺乳瓶のようにして飲んでいる。
その魅惑の状況に抗える者などいるだろうか?
いや、いない!
「ルリ、僕にも抱っこさせて!」
「え? や、ちょっと待つのじゃ! せめて服を着せてから……」
「いいからいいから!」
俺はルリから子犬を奪い取ると、天に向かって高々と掲げた。
「あ、ついてない。お前、女の子かー!」
「ギャワ!? ギャワワワワンンン!!!!!!」
うわっ、怒ったのか!?
後ろ足で俺の顔をめちゃくちゃに蹴ったり引っ掻いたり。
「いて、いてて! ちょ……このっ! そういうイタズラな子にはこうだっ!」
子犬のお腹に顔をうずめて、ぐりぐりぐり。
これが俺のコミュニケーションの取り方だ。
お腹は犬が触られて気持ちい場所の一つ。
引き籠るは、この方法で数多の犬たちを虜にしてきたんだ。
ふっ、我ながら罪づくりな男だぜ。
これでこの子も俺にメロメロに――。
その瞬間、子犬が眼が眩むほどの光を放って――。
気が付いたら、俺は全裸のお姉さんのお腹に顔を埋めていた。
すべすべの肌の感触、眼前に迫る二つの立派な膨らみ。
そして、その向こう側に見えるコハクさんの怒りと恥ずかしさの同居した表情。
「この……知れ者がーーーーーーっっっっ!!!!!!!」
バチーン!!!!
辺りに平手打ちの音が響き渡った……。
「我々獣人は、体内の魔力を激しく消費すると生命維持のため姿が変わる。それが消失と呼ばれる現象だ。この状態になると、精神以外は動物の子供と何ら変わりはない!」
瓦礫の陰で着替えながらコハクさんが言う。
なるほどなぁ。
いわゆる省エネモードってやつだな。
「それで、コハクさんは子犬の姿になったんですね」
「犬ではない、狼だ!」
彼女は叫ぶと、物陰から姿を見せた。
「私は、姫様に魔力回復薬を飲ませてもらい、元の姿に戻る事が出来たのだ!!」
白い長羽織と紺色のミニ袴とフサフサの尻尾。
金髪をポニーテールにした格好は、ロスト前と同じで凛々しくカッコいい。
だけど……。
「なんでそんなに睨んでくるんですか……」
「じ、自分の胸に聞いてみろっ!」
いきり立つコハクさん。
その顔は真っ赤だ。
「お腹に顔を埋める形になってしまったことは、申し訳なく思っていますが……」
「それだけではないだろっ!!」
「え、他に何かしましたっけ?」
「き、き、き、貴様は! 貴様は、ロストした私を持ち上げて何をした!!!!!!」
子犬のコハクさんを持ち上げて?
えーと、確か……。
『あ、ついてない。お前、女の子かー!』
――はっ!?
「私の純潔は汚されてしまった……」
コハクさんは膝から崩れ落ちる。
耳まで真っ赤に染まり、頭からは湯気が立ち昇っているようだ。
「ち、違います! 違いますって!!!」
俺は慌てて否定する。
あ、あれは子犬だと思ってやったことだし!
コハクさんだってわかってたら、あんなことするわけないって!!
そう、コハクさんだってわかってたら……。
コハクさんの……。
……えへ。
「き、貴様っ! 今、想像しているな!!!!!」
「うわぁ、ごめんなさい!! ごめんなさいーー!!!」
そのとき、ふと裾を引っ張る感覚。
振り返ると、ルリが上目遣いで俺を見つめていた。
「セナよ……。新婚早々、浮気は嫌じゃぞ?」
「誤解だーーーーっっっ!!!!」
俺の悲鳴のような叫びは、落ちた天井を抜けて夜空の中に吸い込まれていった。
* * *
「まったく……我が息子ながら人騒がせなヤツだな」
苦笑いを浮かべるフェルドに、メイドのエマは微笑みを返す。
だが、その眼には不安の色が浮かんでいる。
「……どうした?」
憂い顔のメイドにフェルドは首を傾げた。
「いえ……お祝いの空気に水を差すようで申し訳ないのですが……」
「構わん。言ってくれ」
躊躇いを見せるエマだったが……。
自分を真っ直ぐに見つめてくるフェルドの前に、やがてゆっくりと口を開くのだった。
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