第25話『鬼の幼女』
炎の意思に染められてゆく意識。
だけど、何かがわずかに残った“俺”を呼び戻す。
なんだろう、この感触……。
温かくて、柔らかくて、少ししっとりとして。
ぷるんとした感触に、幸せと快感が広がってゆく。
俺の唇を塞いでいるこれは……?
――キス!?
その瞬間、俺の意識は一気に戻された。
い、い、い、今、俺はキスをしている!!!!
夢にまで見た憧れのキス!!
36年の人生で初めての経験だ!
高校のときクラスメートが言っていた
『マシュマロみたいな感触だぞ』
『初めてのキスはレモン味だった』
遠巻きに聞いて、そんなものかと思っていたけど……。
みんな、凄いな!
今の俺に、それを味わう余裕なんてないぞ!
ただただ柔らかい温もりに、頭の中が真っ白になる。
胸の鼓動はもう痛いくらいだった。
周りでは、父様やリオンたちが固唾を呑んで見守っている。
よかった、みんな無事だったんだ……。
……って、ちょっと待って!
なんで俺は、ファーストキスをみんなに見られてるの!?
「……ん」
俺の口を塞ぐ唇から、甘い吐息が漏れた。
儚くて、切なくて、胸の奥をくすぐるようなその声……。
――ってぇ、ちょおおおおおおっっっ!?!?!?
口の中に、口の中に、口の中に!!!!
口の中に何かが入ってくる、ああああっっっ!?!?!?!?!?
大広間を焼く炎の音が、ひときわ大きくなったような気がした。
……どれくらい時が過ぎたのだろう。
お互いの唇がゆっくりと離れてゆく。
でも、まだ吐息がかかる距離。
鼻をくすぐる彼女の香り。
ほのかに甘い優しい香りに、胸はますます熱くなる。
何を言えばいいのかわからなくて、思わず視線を下げる。
彼女の華奢な体を包む赤いミニスカ着物、ふわりと揺れる裾。
ああ……健康的な太ももが見え……。
俺はガバッと顔を上げた。
ち、違う、違うよ!
やましい気持ちなんて、微塵もないんだからね!
そのとき、不意に彼女と目があった。
小首を傾げ、微笑む姿。
か、可愛い……。
整った顔立ちと、深い海のような瑠璃色の長い髪。
髪と同じ色の大きな瞳は、心なしか潤んでいるように見える。
――ゴクリ。
と、思わずツバを呑んだ。
って、そうじゃない、そうじゃないだろ!
激しく高鳴る心臓は、倫理観が警鐘を鳴らしている証なのか!?
これまでの事柄が霞むほどの幸せな展開。
だけど、素直に喜ぶことはできないこの状況。
そう、今を一言で説明するならば……。
俺のファーストキスは――。
――見知らぬ幼女に奪われた……。
ほあああああああ!?
なんで? なんなの?? なにが起きてるの???
幼女とキスとか、逮捕案件じゃないのか!?
その幼女は、くりくりした瞳で俺の顔を覗き込む。
パッと見、今の俺と同い年くらい。
5、6歳の幼い子だ。
その足元には、金色の毛並みの子犬がいる。
これは、シベリアンハスキーか?
ちょこんと座った顔はとても賢そうだ。
幼女と子犬、謎の存在。
その小さな口が嬉しそうに開いた。
「……どうじゃ?」
何がだ!
「うむ、体の炎は収まったようじゃし、意識もしっかりしているようじゃの」
……え?
あ……言われてみれば焼けるような熱さはもうないし、精霊王の意思も聞こえてこない。
いったいなんで?
「外から押さえ込めんのなら、魔力を注入して内側からと思ったのじゃ! にゃはは~、作戦は大成功じゃー!」
も、もしかしてこの子が俺を救ってくれた……?
「あ、あの……」
「セナ様ぁ!!」
「ぐえっ!?」
口を開きかけた俺に、リオンのぶちかましに近い抱き着き。
い、いい加減、その激しいスキンシップはやめてくれー!
首がグキッて言ったぞ!!
「セナ様、良かったですぅ。ほんと良かったですぅ」
俺を抱き締めたまま泣きじゃくるリオン。
……ったく。
その涙に免じて今回は許してあげるよ。
でも、もうやらないでね?
「それにしてもセナ様ぁ。封印のためと言ってもぉ、キスなんて嫌でしたよねぇ! 今、綺麗にしてあげますからぁ」
そう言ってポケットからハンカチを取り出す。
「はぁい、セナ様ぁ。フキフキしましょうねぇ、ごしごしごしごしごしごしごしごしごしごし……」
「摩擦で熱いっ!」
「あぁん、ダメですよぅ! まだ拭き終わってませんよぅ! ……あ、でしたら私が上書きしてあげますぅ。はい、ん~」
俺の頬を押さえたリオンは目を閉じる。
あああ、その唇がゆっくりと近付いてくるー!
「……いい加減にするのですぞ」
ごちっ!
「痛いですぅ!」
か、間一髪。
ギャリソンさんにゲンコツを落とされ、涙目になるリオンだった……。
「相変わらず絶好調じゃのぅ……」
呟く幼女。
その言葉には俺も激しく同意だよ……。
なにはともあれ、この子が炎の精霊王を封印してくれたのか。
【封印】ってルリ様と同じスキルだな。
小さな子なのに、その力は桁外れだ。
俺は幼女に向き直った。
「どこのどなたか存じませんが、危ないところをありがとうございました」
そして、深々と頭を下げる。
相手が幼女でも関係ない。
俺は礼儀正しいのだ。
って、あれ?
幼女はポカーンと大きな口を開けている。
え、なんで?
俺、何も間違ってないよね?
「や……やじゃのぅ、お前様は冗談がキツいのじゃ」
冗談?
「いえ、僕は本気ですが?」
「ぎゃふーん!」
ひっくり返る幼女。
だが、すぐに跳ね起きて俺に詰め寄る。
「う、ウチを忘れてしまったというのか!? あんなにも熱い愛を語ってくれたではないか!」
ちょ……人聞きの悪いことを言わないでほしい。
ほ、ほら、リオンがジトっとした目でこっちを見てるじゃないか!
うわっ!
なぜか、子犬まで牙をむいて唸り声を上げているぞ!
「ぼ、僕、幼女を口説いた記憶はないんですけど!」
「誰が幼女じゃ!」
興奮した様子で手足をバタバタ。
うーん、この子は何を言っているんだろう。
誰がどう見ても幼女じゃないか。
「セナ、大丈夫か?」
首を傾げる俺に、父様が声をかけてきた。
「はい、ご心配をおかけしました。それより、状況が飲み込めないのですが」
「ああ、オレも驚いている」
そう言って苦笑する。
俺を囲む人、リオン、ギャリソンさん、エマさんも困惑した表情。
足元の子犬は、ご機嫌斜めな様子。
ただ一人、見知らぬ幼女だけが満面の笑み……。
……って、あれ!?
「と、父様! ルリ様がいません!」
慌てて辺りを見回すが、大広間は炎と瓦礫の山。
そこに姫の姿はない。
まさか、暴走した炎に焼かれて……。
「ウチはここにおるぞー!」
はいはーい! と元気いっぱい手を上げているのは目の前の幼女だ。
思わずため息が漏れた。
助けてくれたことには感謝してるけど、あまりに冗談が過ぎると笑えないぞ!
俺は幼女を真正面から見つめた。
「いいですか。ルリ様は、とても綺麗でカッコいい大人の女性なんです」
「にゃはは~、改まって言われると照れるのぅ」
この子は……。
誰か、何か言ってやってくださいと周りに目を向けると、みんな苦笑い。
あれ? 何その反応。
もう一度、幼女に目を戻す。
その恰好はルリ様と同じ、赤い着物姿。
だけど、丈の長さはまるで違う。
ルリ様は引きずるほどの長さだったけど、この子はミニスカだ。
柄だってルリ様は満開の桜。
それに対し、この子の桜柄は控えめな感じ。
とはいえ、その桜の一つ一つが大きいので貧相な感じはしないのだけど。
その顔は……くりくりした大きな目と整った顔立ちはとても可愛いと思う。
大人になったら、綺麗な女性になりそうだ。
長く艶やかな瑠璃色の髪と、同じ色の瞳。
う~ん……どことなくルリ様に似てる気もする。
この事柄から導き出される答えは……!
「もしかして……妹?」
「本人じゃと言うとろーが! よく見てみぃ! この、すらりと高い背丈、バイーンと大きな胸! スタイルだって、あはーんうふーんで抜群じゃろ!」
「え?」
「え?」
首を捻る俺に首を捻る幼女。
自分の体を確かめるように手を当てる。
その、くりくりお目々が大きく見開かれた。
「ふえぇぇぇぇ!? 幼女じゃぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」
何をいまさら……。
更に、幼女は慌てた様子で頭の上を確認する。
その顔がみるみる青くなってゆく。
「ぴぎゃあああああ!!! 鬼の象徴とも言うべき角が、なああああいぃぃぃぃ!!!!」
悲鳴を上げる幼女に、ギャリソンさんがそっと手鏡を手渡した。
「こちらで額をご覧ください」
「ん〜……なんじゃ? この、小指みたいな出っ張り」
「姫様の……角でございます」
「お~、あったあった。これで一安心じゃ~……って、うええぇぇぇぇぇぇっ!?!?」
天に向かって三度目の絶叫。
そして、がっくりと肩を落とした。
「ううぅ……ベスト・ツノニスト賞に輝くとまで言われた、長く立派なウチの角が……」
「大丈夫ですよぅ、ルリ様! そのお姿も可愛いですよぅ」
「フォローになっとらんわ、たわけーっ!」
頭をよしよしと撫でるリオンに、両手を上げて抗議する鬼の幼女。
え? え?
俺は恐る恐る指差した。
「……え? もしかして……ルリ様?」
「さっきから、そうじゃと言っとろーがぁ!」
幼女――ルリ様の叫びは、立ち昇る炎が染める夜空の中に響き渡っていった。
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