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第24話『願いのキス』

「ぐうぅぅぅぅぅあああああああああっっっ!!!!!」


 獣の咆哮(ほうこう)のような声が辺りに響き渡る。

 焼けるような熱さは、今や全身に広がっていた。

 心臓が脈を打つ度に体からは炎が噴き出して。

 灼熱のそれは壁を焼き、柱を砕き、世界を火の海へと変えていた。


 暴走する力。

 この惨状(さんじょう)を生み出しているのは、紛れもなく俺だ!

 これじゃ、オイルギッシュと何も変わらないじゃないか!!


「セナ!」

「セナ様!」


 みんなが名前を呼ぶ。

 俺に向かって手を伸ばしてくれる。

 本当は、今すぐその手にすがりつきたい。

 だけど、それは叶わない。

 なぜなら、みんなに危害を加えてしまうから。


『大人は子供を守るもの』

 ルリ様はそう言ってミノタウロスに立ち向かった。

 なら、本来36歳である俺は、この中では最年長だ。

 俺が、みんなを守るんだ!


 伸ばしかけた手を、片方の手でグッと押さえ込む。


「みんな……逃げて! 早く!!」


 薄れゆく意識を振り絞って俺は叫んだ。




「セナ! セナ! くっ、炎の精霊王に飲み込まれているのか!」


 響く父様の声。

 ぐるりと、その方向に視線を向ける。

 俺の中のもう一つの意思は、父様をターゲットに決めた。


「ぐるあああああああっっっ!!!!」

 

 体から伸びる炎の(ムチ)は、風を切って父様を襲う。

 だが、直撃の瞬間、視界の片隅に黒い影が走った。


 ギィン!!


 次いで響く甲高い音。

 炎の(ムチ)は2本の短剣(ダガー)で軌道を変えられ、背後の壁を打ち抜いた。


「ふぅ~、間一髪(かんいっぱつ)でしたよぅ!」

「これは……どういう状況ですかな?」


 聞こえてくる間延びした声と、ダンディーな声。

 よく知ってるあの二人だ。


「リオン! ギャリソン!」

「はぁい、フェルド様!」

「フローラ様はご無事です。先に脱出しました館の者に託して参りました」

「そうか……。二人とも、ご苦労だった」


 息を吐く父様。 

 二人が戻ってきてくれたならもう大丈夫だ。

 俺は、精霊王の意思をなんとか抑え込んで叫ぶ。


「り……リオン、ギャリソンさん! みんなを連れて逃げて!」

「せ、せ、せ、セナ様、何があったんですかぁ! 反抗期にも程がありますよぅ!」


 ごめん、リオン。

 今、お前にツッコんでる余裕はないんだ。


「フェルド様、これはもしや……」

「ああ……セナの宿した魔眼が暴走している」


 ギャリソンさんの問いに、父様は苦々しい表情でうなずいた。


「がああああああああっっっ!!!!!」


 激しく湧き上がり、俺の心を支配する感情。

 ――怒り。

 これは炎の精霊王の心なのか!?

 世界のすべてを憎んでいる!


忌々(いまいま)しい、忌々しい、忌々しい!』

『殺す、殺す、殺す!』

『すべてのものは消え去ってしまえ!』


 ――嫌だ!

 俺の大切な人たちを傷付けないでくれ!


 ふと、視界の片隅に崩れた壁が見えた。

 それは、オイルギッシュたちが落ちていった場所だ。

 その向こう側は海。


 もし俺が身投げをすれば、この惨劇は終わるのか?

 この命でみんなが救えるのなら……。


「くっ!」


 心を焦がすような意識に耐えて、足を一歩踏み出した。

 そのとき、俺の腕を誰かが掴んだ。


「……どこに行こうというのじゃ」


 振り返った瞳に映る者。

 それはルリ姫だった。


「お前様を一人にはせぬぞ!」

「だ、ダメです、姫様! 手を離して!!」


 俺の体から吹き上がった炎が、宙で槍の形を成す。

 ぐぅぅ、やめろ精霊王!

 俺の言うことを聞け!!


 だが、俺の思いもむなしく、槍は姫に向かって放たれた。


 轟々(ごうごう)と燃え盛る炎の槍が姫を貫く――。

 瞬間、姫は手を突き出した。

 槍はその手の前に消滅してゆく。


 こ、これは!?


「ふふ……ウチのスキルは【封印】。触れたものの魔力を封じることができるのじゃ」


 そう言って、ルリ様は笑う。


「魔力……ですと?」

「で、では、炎の精霊王の魔力を封じればセナを救うことが!?」

「うむ、可能じゃ!」


 その言葉に父様たちの顔に笑顔が灯った。


「姫様ぁ、早く封印しちゃってくださぁい!」

「任せておけぃ!」


 拳を突き上げるリオン。

 姫はうなずくと、俺に手をかざす。

 その手に光が集まってゆく。


 俺を侵食する炎の意思。

 人を恨み、世界を恨んだ怒りの心。

 だけど、なんとかギリギリのところで踏み止まることができた。


 封印……。

 それで俺は助かるのか……。


 ――バチィッ!!!


 だが、光は(あらが)う炎の前に弾けて霧散する。

 

「くぅうっ! だ、ダメじゃ! 炎の精霊王の力が強すぎる! ウチの魔力では、外から押さえ込むことはできん!!」


 吹き飛ばされ、片膝をつく姫様。


 やはりダメか……。

 これが大きすぎる力に手を出した者の末路。


 ……だけど、後悔はない。

 みんなをオイルギッシュの魔の手から救うことが出来たんだ。

 生前、どうしようもなかった俺でも、誰かの役に立つことができた。

 こんなに嬉しいことはない。


 だから……。


「姫様……もういい……です」

「セナ!?」

「僕は……ここまでしてもらえただけで満足です……」

「な、何を言うのじゃ! 今一度、お前様に【封印】を!」

「もう大丈夫……この力は僕の命が燃え尽きてしまえば……きっとなくなります。だから……だから逃げて!」

「ダメじゃ、セナ! 諦めるでない!」

「セナ!」

「セナ様!」


 姫様、そして父様たちが俺の名前を叫ぶ。


 ああ、ダメだな……。

 俺は……最後の最後で、またみんなに心配をかけている。


 だから……。


「……ありがとう」


 俺は微笑んだ。

 もう心配しないでと伝えたくて。

 みんなと出会えて幸せだったと伝えたくて。


 だから、俺は微笑んだんだ。


 ――そして、俺の意識は炎の中に飲み込まれた。




 * * *




「セナ……」

「セナ様……」

「セナ様、嫌だぁ」


 フェルド、ギャリソン、リオンがその場に崩れ落ちた。

 その瞳には涙が光っておる。


「ルリ様、もう諦めるしかないのですか……?」


 メイド長のエマがウチを見詰める。

 じゃが、それに応える言葉がなくて、ウチは下唇を強く噛んだ。


 すまぬ、セナ……。

 ウチの力が及ばんかったばっかりに。 


 セナの体が静かに宙に浮く。

 天を見上げたその口からは、苦しみの声が漏れている。

 炎に包まれたその体は、いずれ焼き尽くされるじゃろう。

 辛さも苦しみも全てセナが引き受けて……。


 ――否!

 それで良いわけがないがないじゃろ!

 こんな幼子に全てを任せて自分だけがおめおめ生き延びるなど、断じてできぬ!


 片膝をついて立ち上がる。

 吹き飛ばされたときのダメージが思いのほか大きかったのか、足がもつれて転びそうになる。

 じゃが、ウチは無理やりに踏み止まった。


「……みんな、ウチは誰じゃ?」

「ルリ様……?」

「そうじゃ、ウチはルリ。鬼族の国、サイギョクの第二姫! ウチは諦めが悪いのじゃぞ!」


 顔を上げ、前を睨み、一歩を踏み出す。


 セナはウチに愛の意味を教えてくれた。

 そんな大切な人を救うことができずに何が姫じゃ!


「ウチに不可能などない!」


 高らかに宣言し、セナを強く抱きしめる。


「ぐぅぅ……!」


 炎がウチの体を焼く。

【封印】の力で致命傷は免れているものの、精霊王の力は別格じゃ。

 耐えがたい苦痛が襲い来る。


「じゃ……じゃが、ウチは離さぬぞ!」


 抱き締める腕に、より一層の力を込めた。

 幼い体は想像以上に華奢(きゃしゃ)で、それだけで壊れてしまいそうなほどに(はかな)い。


「こんな小さな体で全てを背負って……。本当に、よく頑張ったのじゃ。……そんなお前様じゃから、ウチは惹かれたのかもしれぬな」


 もし一つだけ願いが叶うとしたら、セナは何を願う?

 ウチは、お前様と共に生きることを願う。


 共に笑い共に泣き、成長する姿を側で見ていたい。

 そして、その背丈がウチと同じになったら、約束通り祝言(しゅうげん)をあげるのじゃ。

 それが、ウチの願い。


「セナ……愛しておるぞ」


 そう呟き、セナの唇に唇を重ねた。

 これがウチのファーストキスじゃった……。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] ここで、一話に追いついた~ ただ、一話目で見知らぬ幼女って言うのは、セナさんちょっと薄情じゃないですか?w [一言] 個人的には、あの状態のセナを見て「反抗期にも程がありますよぅ!」と…
[良い点] セナの大ピンチと、それを救おうと皆が心配する心情がよく伝わってきました。誤解から始まったことですが、ルリ姫が命がけでセナを救おうとする覚悟も良かったように思います。 [一言] 炎の魔眼はリ…
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