第20話『スキル【油膜(オイリー)】』
「真の力を見せてやるのさ!」
そう言って、自らの服を引きちぎったオイルギッシュ。
体形を表す言葉として「ボン・キュッ・ボン」というものがあるけど……。
それで表現するなら「ボン・ボボン・ボン」だ。
出るところは出て、くびれるところはもっと出ている脂肪の塊を前に、俺たちは言葉を失った。
オイルギッシュが服を床に放り投げる。
ビチャッ!
という重そうな音が響いて、みるみるうちに黒い染みが広がってゆく。
どんだけ汗かいてるんだ!
「ばっちいのぅ。服を脱いで身軽になるのが、お主の真の力とやらか?」
「ぐふふ。よく見ておくのさ、このボクのスキルを!!」
なっ!?
スキルだって!?
オイルギッシュはスキル持ちだったのか!
「ほあああああ……!!!!」
!?!?!?
全身から大量の汗が噴き出した!?
こ、この量は、もはや汗っかきという言葉で片付けられるものじゃないぞ!
噴き出した汗は広がって、その全身を包み込む。
うええ、なんだそれ。
絶対、女の子にモテないスキルだな。
あ、ほら、姫様もコハクさんも、これ以上ないくらいに顔をしかめている。
「ぶふぅ……そんな顔してられるのも、今だけなんだよねぇ!」
ニヤリと笑いながらオイルギッシュは床を蹴った。
剣を振りかぶり、真正面から父様に斬りかかる。
こいつ、学習してないのか?
そんな攻撃、当たるわけないだろ。
父様が剣を横から打ち払う。
響く金属音。
剣を弾かれたオイルギッシュはバランスを崩し、無防備な体があらわとなった。
「はあっ!」
父様は返す刀で斬りつける。
完全なカウンターだ!
これで終わった!
――だが!
俺たちは目を疑った。
刃は、オイルギッシュの体に触れた瞬間、つるりと滑ってしまったのだ!
「ぐふふ、どーだい? これがボクの完全無欠の防御スキル【油膜】なのさ! 油を纏ったボクには、攻撃は当たらないんだよねぇ!」
父様が稲妻のような連続斬りを繰り出す。
でも、それは油膜の前に滑ってしまい、ダメージを与えられない。
逆に、オイルギッシュの攻撃は少しずつ父様に当たり始めている。
なんでだ!?
……あっ!
オイルギッシュから溢れる【油膜】は、父様の足元にまで広がっている。
そうか、それに足を取られて思うように動けないんだ!
「コハクよ、この状況は……」
「はい、旗色はよくありません」
「うぬぅ……。ならば、人質を助けることはできぬか? あの強欲男は何をしでかすかわからん。コハクなら、一瞬でゴブリンの懐に潜り込めるじゃろ?」
「それは可能ですが……救出は難しいでしょう。魔物使いの目も光っておりますゆえ。せめて、少しでもスキが生まれれば」
「うむむ、厳しい現状じゃな……」
ため息をつく二人に、俺は向き直る。
「で、でも、父様もスキルを発動すれば、きっと……!」
父様のスキルはわからない。
たが、元冒険者だった父様なら、この状況を打破する力を持っているはずだ!
しかし、ルリ姫は静かに首を横に振った。
「……フェルドは“持たざる者”、スキルは使えんのじゃ」
な!?
本当に絶体絶命のピンチじゃないか!
このままじゃ父様はもちろん、人質のエマさんにだって危害が及ぶかもしれない!
ああー、どうすれば……!
そのとき、父様の右手が俺に向けて突き出された。
「心配するな……。オレは必ず勝つ!」
前を睨む瞳。
そこに光は失われていない。
この状況を乗り越える強い意思が感じられた。
父様は、まだ戦う心を捨てていない。
『俺を信じろ!』
そう言ったときの目と、なんら変わりない。
ならば、俺は父様を信じる。
そして、今の自分にできることをしよう!
「……コハクさん、お話があります」
俺は、狼の耳にそっと囁いた。
父様は剣を肩口に構え、素早く振り下ろす。
しかし、やはりそれは滑ってしまい、体を捉えることはできない。
だが、父様は攻撃の手を緩めない。
返す刀で斬りつけ二連撃。
更に返して三連撃。
「キミもしつこいねぇ」
油で滑る刃を前に、オイルギッシュはため息をついた。
それでも父様は斬り込みをやめない。
四連撃、五連撃――。
「無駄なんだよねぇ」
六連撃、七連撃――。
その剣先がどんどん加速してゆく!?
「オレは剣を極めるため、ひたすら振り続けてきた」
10連撃、20連撃――。
「雨の日も、風の日も、ただひたすらに!」
30、40、50――。
も、もう、早すぎて目で追うことができない!
「こ、こいつ……!?」
「“持たざる者”が“スキル持ち”を凌駕するところを見せてやる!」
す、すごい!
剣圧が体を覆う油膜を吹き飛ばしてゆく。
「奥義! 百花繚乱!!」
ザン!!!
響き渡る斬撃の音。
もんどり打って倒れるオイルギッシュ。
「お、オイルギッシュ様!!」
魔物使いが慌てて駆け寄り助け起こす。
オイルギッシュの顔には、驚きと動揺の色が浮かんでいた。
「斬った!? 斬られた!? このボクが!?」
その胸には赤い筋が走り、そこから薄く血が滲んでいる。
「……浅かったか」
つぶやく父様。
確かにその斬撃は浅く、傷口からはほとんど出血していない。
おそらく、剣先が皮膚をかすめた程度だろう。
でも、油膜でツルツルのこの足場で、オイルギッシュのスキルを打ち破ったという事実が大切だ。
圧倒的有利を逆転されたオイルギッシュの精神的ダメージは大きいはずだ。
父様は剣を払って油を飛ばすと、深々と腰を落とす。
再び剣を肩口に構えると、鋭い眼光でオイルギッシュを睨んだ。
「次は、もっと深く斬り込む!!」
う~ん、カッコいい。
根っからの剣士だな。
こういう姿に母様も惚れたんだろうな。
オイルギッシュはというと、さっきから何度も胸に手を当てて出血の具合を確認している。
「あ……ああああああああああっっっ!? 痛い痛い痛いぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
うるさいなぁ。
薄皮一枚切れただけじゃないか。
「お、オイルギッシュ様、お気を確かに! 大丈夫、傷は浅いです!」
「お前は斬られた本人じゃないから、簡単に言えるんだよねぇ!」
なだめる魔物使いを一蹴。
マーモンさんとやらも大変だな。
「ぶぐぅぅ、怒ったのさ! もう、一騎打ちなんか知らないんだよねぇ! 人質に、消えない傷を刻んでやるのさ!」
「お、お言葉ですが、オイルギッシュ様! それでは勇者の子孫としての誇りが……」
「うるさーい! お前は勇者の誇りとボクのプライド、どっちが大切なのさ! いいから、さっさとゴブリンに命令するのさ!」
「ぎょ、御意に」
地団太を踏む困ったさん。
揺れる腹の肉の前に、マーモンは頭を垂れる。
だけど、その行動は予想済みだ!
「ダッシュ斬り正面! 薙ぎ払い、右! 左! 背後に突き!」
「グギャッ!?」
「グフッ!」
「ギャッ!」
「ギャワー!」
俺の声が響いた瞬間、ゴブリンたちの悲鳴が聞こえた。
4体のゴブリンの中心に立つ人物。
ピンと立った大きな耳、ふさふさの尻尾。
雷狼族のコハクさんだ。
コハクさんが刀を鞘に戻す。
静かに響く鍔鳴りの音。
それと共に、4体のゴブリンが膝から崩れ落ちた。
「な、なんだ!? 何が起きているのさ!?」
愕然とするオイルギッシュを前に、俺は小さくガッツポーズ。
「さすがはセナじゃな」
「いえ、僕だけの力じゃありませんよ」
感嘆のため息をつくルリ姫に俺は微笑んだ。
あのとき、俺がコハクさんに囁いたこと。
それは、『僕を信じて』ということだった。
一矢報いた父様の剣。
そこに生じた動揺。
一瞬のスキ。
それをARナビで最適解ルートを導き出し、コハクさんが俺の指示通りにゴブリンを倒す。
ARナビ、コハクさんの力、そして父様の諦めない心を信じたからできたことだ。
これを『信じる心・大作戦』と名付けたいと思う。
……うん、我ながらネーミングセンスはない。
生前も、RPGの名前決めには丸一日かかってたしなぁ。
「――っ!」
ゴブリンの手から逃れたエマさんは、真っ直ぐに走り出す。
そして、父様に強く抱き着いた。
その瞳には、涙がいっぱい浮かんでいる。
「ああ、フェルド様……」
「心配かけたな」
そう言って、父様はエマさんの頭を優しくなでた。
彼女は首を横に振ると、そっと顔を上げる。
不意に見つめ合う二人。
うーん?
なんだか、雇い主とメイドの空気じゃないような……。
はっ、エマさんが瞳を閉じた!?
その足が爪先立ちになる!
も、もしかして、二人はそういう関係!?
ああっ、唇と唇が近づいていく!
――させるか!
「ごほん!」
俺の咳払いで、二人は慌てて離れた。
「そういうのは、息子の前では止めてください」
「い、いや、違うんだセナ!」
「母様に報告しちゃいますよ?」
「うぐっ……」
肩を落とす父様と、深く頭を下げるエマさん。
まぁ、それはそれとして。
俺はオイルギッシュに向き直った。
「形勢逆転ですね!」
「うぐぐぅ、ぷぎぃぷぎぃ!!!!」
真っ赤な顔で床ドンしまくり。
その姿、ほんとダダっ子だ。
「人質を奪い取るとか、神聖な一騎打ちを何と心得てるのさ!」
お前が言うな。
先に約束を破ろうとしたのはそっちじゃないか。
「もう許さないのさぁぁぁ!!! マーモン、待機させてるアイツを呼ぶんだよねぇぇぇ!!!」
「し、しかし、オイルギッシュ様! 我々は先遣隊、本隊の合流前にやりすぎなのでは!?」
「うるさーい! お前はバカなんだよねぇ、状況を見て物事を言うのさ!!!」
「ぎょ、御意に!」
やはりコイツらは先遣隊か。
俺の予想は当たっていたな。
どうりで統制が取れてないわけだ。
指揮官がオイルギッシュだからというのも大きいんだろうけど。
それにしても、あの魔物使いも大変だな。
変な男に仕えてしまったばっかりに。
あの深くかぶったフードは、オイルギッシュに表情を見られないためになのかもしれないな。
「大いなるマナよ、彼の者に我が声を届けよ! 〈囁 き〉!」
マーモンが呪文を唱えると、杖の先に魔法陣が浮かび上がった。
呪文からして、あれはおそらく遠くの者に声を届ける魔法なんだろう。
知らない言語が辺りに響く。
次の瞬間、建物が揺れんばかりの咆哮が外から聞こえてきた。
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