第19話『一騎打ち』
「オイルギッシュ様、こちらをどうぞ」
うやうやしく剣を手渡す魔物使いマーモン。
オイルギッシュは鞘から引き抜くと、それを高く掲げた。
怪しく光る刃。
それがただの剣ではないことは、素人の俺でも容易に想像がつく。
「ゴブリンよ、人質を押さえていろ」
「ギギーッ!」
マーモンの指示により、人質のエマさんはゴブリンに預けられた。
こっちに来いと言わんばかりに、部屋の隅へと無理やり引っ張られていく。
「あ、コラ! 彼女はボクの将来のお嫁さんの一人なのさ、優しく扱うんだよねぇ!」
言ってろ!
エマさん、今すぐ助けるから待っててね!
「では、この一騎打ちを誰が受けるかじゃな」
ルリ姫の言葉に、コハクさんが一歩前に出る。
「私にお任せください!」
鞘から剣を抜き放つコハクさん。
ギラリと輝く日本刀。
かなりの業物と見た!
「我は雷狼族のコハク! 行くぞ、オイルギッ――」
「キミはダメなのさ!」
高らかに名乗りを上げたコハクさんを、オイルギッシュは食い気味に拒否する。
「獣人の女の子は愛でる対象なのさ。だから、決闘なんて残酷なこと、ボクにはできないんだよねぇ」
そう言って、バチーン☆とウインクを1つ。
あ、コハクさんの狼の耳がペタンと倒れて、尻尾が股の間に挟まってる。
よほどの恐怖なんだろう。
「ならば、ウチじゃな! これまでの鬱憤を晴らしてやるのじゃ! いくぞ、小烏丸・刀形態!」
おおっ、鬼髪筆の穂先が伸びて刀の形に変化した!
そんなこともできるのか、凄いな!
「鬼娘、キミもダメなのさ!」
だが、オイルギッシュはルリ姫も拒否する。
「キミは生意気だけど、美人さんだから許してあげるのさ。ベッドの上でゆっくりと調教してあげるからねぇ」
そう言って、チュッ♡っと投げキッス。
うああ、これはキツイ!
ああ、姫様が白目をむいて気絶しておられる!
「キミたちの条件をのんでやったのさ。だから、対戦相手はボクが選ぶんだよねぇ! ……ねぇ、セナくん」
「なっ!?」
「ま、待つのじゃ! セナはまだ5歳、一騎打ちなどとても……」
ルリ姫が俺をかばうように前に立つ。
だが、オイルギッシュはそれを鼻で笑い飛ばした。
「フン、関係ないのさ! このボクにあれだけのことを言ったんだ、覚悟はできてるんだろうさ!」
オイルギッシュが、剣先を俺に向ける。
その鋭い輝きに、思わず後ずさりをするが……。
足がもつれて尻餅をついてしまった。
「あれぇ、怖くなった? でも、今さら怖気づくとかは無しなんだよねぇ!」
ぶひゃひゃひゃひゃという、下品な笑い声が辺りに響く。
「僕が……戦い……!」
自分の手に目を落とす。
小さなこの手は小刻みに震えている。
俺は、それを胸に強く押し当てた。
なーんてね♪
見事なまでの計画通り!
俺の演技も、なかなかのものだろう。
怯えた5歳児。
オイルギッシュが一騎打ちの相手として選ばないわけがない。
だけど、残念だったね。
俺にはARナビがある。
お前の攻撃は当たらない!
俺は基本的に平和主義だ。
だが、今回だけは別。
本気で頭に来ている。
その頬にグーパン入れてやるから覚悟しとけよ!!!
泣いたって殴るのをやめないからな!!
俺は膝に手を置いて立ち上がると前を見た。
ガクガクと震える足。
演技はまだ続けている。
何か裏があると気取られたら終わりだ。
あくまでも、普通の5歳児を演じ切るんだ。
「ぶひゃぶひゃひゃ! さぁ、セナくぅん! 男同士、決着をつけるのさ! キミが勝てたら、大人しく引き上げてやるかもしれないんだよねぇ」
「く……わ、わかりました。その一騎打ち、受けま――」
「待て!」
その瞬間、俺たちの間に割って入る声。
全員の視線が、声の主へと向けられる。
それは父様、フェルド・ブレイブリーだった。
「待ってくれ。一騎打ちなら、俺が相手になる」
なっ!?
ちょっと、父様!?
「んー? キミがボクの相手をするって?」
「……ああ」
父様は苦しそうに体を起こすと、ゆっくりと立ち上がる。
荒い息遣い、傷だらけの体。
額から流れ落ちる血は顔を染め、だらりと下がった左腕は先程からピクリとも動かない。
「ふぅん……」
オイルギッシュの口元がイヤらしく歪んだ。
「オイルギッシュ様……フェルドは元冒険者、剣の腕も達人クラスと聞いております。ここは予定通りセナと戦うのが得策かと」
耳打ちするマーモン。
そうそう、その通り!
いいこと言うね!
だが、オイルギッシュはそれを睨みつける。
「ふぅん……。お前は、ボクが負けると思っているんだねぇ!?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
「なぁに、心配いらないのさ。ヤツは大怪我なんだよねぇ。それに、領主であり達人クラスのフェルドを倒したとなれば、ボクの人気も知名度も急上昇なのさ!」
そう言って、にちゃっとした笑みを見せる。
「いいさ。その申し出、受けてやるのさ。ありがたく思うんだよねぇ」
オイルギッシュは剣先を父様に向けた。
くそっ、大誤算だ!
まさか父様が出てくるとは。
そして、それをオイルギッシュが承諾するとは思わなかった。
なら、せめて――。
「ルリ様、父様に〈癒 し〉を!」
「おーっと、それはダメなのさ!」
だが、それを即座に否定するオイルギッシュ。
「決闘者に干渉することは許されないのさ」
「で、でも、父様は傷だらけで!」
「そんなこと、ボクの知ったことじゃないのさ」
ぐうぅ!
コイツ、どこまで卑怯なんだ!
「まぁでも、剣くらいは用意してやるのさ」
そう言って、ゴブリンが使っていた剣を床に放り投げた。
あきらかな異音が響く。
「ボクはフェアな男だからねぇ」
どの口が言う!
サビだらけのナマクラ刃じゃないか!
「……大丈夫だ、セナ」
「父様!?」
「冒険者時代も、こんなピンチは幾度となく乗り越えてきた」
「し、しかし!」
「オレを信じろ!」
敵を睨む瞳には、強い意志を感じる。
だが、それをオイルギッシュは茶化すように笑った。
「ブヒッ? まだ強がる余裕があるのは……見事だねぇ!」
不意にオイルギッシュが剣を振り下ろす。
父様との間には、まだかなり距離があるというのに。
……なっ!?
その刀身が一気に伸びた!
何か仕掛けがあるとは思っていたが、そういうことか!
卑怯者、父様はまだ剣を拾っていないんだぞ!
「ぶひゃひゃひゃーっ!」
勝利を確信した狂気の刃。
だが、それを少しだけ身を捻って悠然とかわす。
勢い余ったその剣は、派手に床を叩いた。
「じーん! 手が痛いのさ!」
「セナ、オレの戦いをよく見ておけ!」
剣を拾った父様は、右手一本で中段に構える。
長く吐く息。
張り詰めた空気が辺りを支配してゆく。
「こ、この、死にぞこないのくせにぃ!!」
オイルギッシュは喚きながら、めちゃくちゃに剣を振りまわす。
だけど、父様にはかすりもしない。
誰が見てもわかるほどの、圧倒的な力の差がそこにはあった。
ルリ姫が俺の肩に優しく手を置く。
「あの程度の怪我など、フェルドにとってはハンデにもならんのじゃ」
ガキ――ン!!
父様が振るった剣に弾き飛ばされオイルギッシュは尻餅をつく。
手にしていた剣は後方に飛ばされ、床に突き刺さった。
「ぶひっぶひぃ!」
それを這うようにして、慌てて拾いに行くオイルギッシュ。
その姿、まるでゴ〇ブリみたいだな。
剣を拾ったオイルギッシュは、父様をキッと睨んだ。
「な……なかなかやるじゃないのさ。ようやくボクの本気を見せるときが来たようだねぇ!」
「ふぅ……まだ負け惜しみを言えるとはのぅ」
「このコハク、これだけの図太さには一周回って逆に感心いたします」
「ほ、本当なんだよねぇ!」
ため息をつくルリ様とコハクさんに、顔を真っ赤にして抗議する。
その顔も体も汗でぐっしょりだ。
「いいだろう、ボクの真の力を見せてやるのさ!!!」
そう言うなり、自ら服を引きちぎる。
ぼろんと溢れ出るワガママボディ。
見たくない光景。
見られたものじゃない体型。
その異様さと悍ましさに、俺たちは言葉を失うのだった。
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