第18話『セナの作戦』
「ほらほらァ! これでも教えてくれないのかい?」
4体のゴブリンが父様を蹴り続ける。
この光景を、いったいどれくらい見せられているのだろう。
ただひたすらに暴行の音が鳴り響く中……。
やがて、オイルギッシュはつまらなそうに息を吐いた。
「ぶひぃ、飽きてきたのさ」
そして、ローブ姿の魔物使いに目を向ける。
「どうせ答えないんだろうし、殺してしまってもいいんだよねぇ。皆殺しにしてから、ゆっくり探したって構わないのさ。なぁ、マーモン」
「御意に」
「おっと、女の子たちは生かしてやるのさ。ボクは紳士だからねぇ、ぐひひ」
鼻の穴を開いて笑う変態紳士様。
後ろから抱き締められるている、人質のエマさんが本当に気の毒すぎる!
「ゴブリンたちよ!」
魔物使いの命を受け、ゴブリンたちは床に落ちてた長剣を拾い上げた。
俺たちの間に戦慄が走る。
「コハクよ……」
「はっ、承知しております」
姫は鬼髪筆・小烏丸を構え、コハクさんは刀の柄に手をかける。
ふ、二人とも、強行突破する気!?
「おおーっと、変な真似をするんじゃないのさ! 少しでも動いたら、このメイドの命は保証できないんだよねぇ!」
「やってみるがよい! じゃが、その前にウチの魔法がお前を貫くがのっ!」
「ブヒッ、魔法?」
喉で笑うオイルギッシュ。
気色悪い音が辺りに響く。
「何がおかしい!」
「ぐふふ、ボクは魔道具の収集が趣味でねぇ。これが何だかわかるかい?」
そう言って右手の人差し指をピンと立てた。
そこには、不思議な文様が描かれた指輪がある。
「これはね、〈魔法の盾〉の魔法が付与された指輪なんだよねぇ」
「な……!?」
その言葉に、一同の顔色が変わった。
え、どうしたの?
何か凄いの?
俺だけ蚊帳の外は嫌なんだけど。
「〈魔法の盾〉は魔法を完全防御する上位の魔法。まさか、そんな指輪が出回っているとは……!」
おー、コハクさん説明ありがとう!
って、なんだその指輪!
チートがすぎるだろ!!
「ぶひゃひゃ、凄いだろー! これには、100万ダガネも支払ったのさ!」
「ひゃ、100万!? ジュースが1本1ダガネじゃから、えぇと……」
「100万本買える計算です、姫様」
「わ、わかっとるわぃ!」
テンパる姫に突っ込むコハクさん。
母様の記憶によると、ダガネというのはこの世界の通貨だ。
Dと略されることも多い。
ジュースが1本1Dだから、日本円でだいたい100円くらい。
つまりあの指輪は、100x100万=1億円!?
「ぶひゃひゃ、凄いだろー! 呪文を唱えれば、何度だって使えるこの指輪! 今ならもう1つ、同じものがついてくるのさ!」
そう言って、オイルギッシュは左手の人差し指をピンと立てた。
そこには同じ指輪がキラキラと輝いている。
通販番組か!
何回も使えるものがもう1つって……。
お前、絶対ダマされてるぞ!
「お主、領民の税をそんなもののために……」
「領民の税金は領主のために使うものなのさ」
ギリッと奥歯を噛み締めるルリ姫様を、オイルギッシュは軽く笑い飛ばす。
「そんなわけで、ボクには魔法は効かないんだけどねぇ……試しにやってみるがいいのさ。ビックリくらいはするかもしれないんだよねぇ」
ん?
ビックリして、ショック死でもしてくれるのか?
「あまりにビックリしすぎて、このメイドちゃんの色々なところを触っちゃうかもしれないけどねぇ」
腕の中のエマさんを、ねっとりと見るオイルギッシュ。
ぶひー! ぶひー!
という鼻息で、エマさんの綺麗な髪が揺れ動いてる。
こ、こいつ、セクハラが目的で!
そのイヤらしい顔……。
ううっ、見るもおぞましい!
こうしてる間も、父様は暴行を受け続けてる。
状況は最悪だ!
くそっ、考えろ!
この状況を打開する作戦を絞り出せ!
オンラインゲームでは司令塔として、数々の戦果を上げてきたじゃないか!
「ぶひぃん♡ それにしても、この娘はいい香りがするのさ」
あ、こらっ、くんかくんかすんな!!
やりたい放題は、その体形だけにしとけよ!!
「……本物のゲスじゃ」
姫がボソッとつぶやく。
普通なら聞き逃すほどの小さな声。
だが、オイルギッシュは怒りの目で姫を睨んだ。
「こ、この鬼族の娘、さっきから反抗的なのさ!」
「うぁ、つい本音が漏れてしもうた」
慌てて手で口を塞ぐ姫だけど、その態度が怒りの炎に油を注ぐ。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなー! このボクのどこがゲスだというのさー!!」
顔を真っ赤にして、唾を撒き散らして激怒するオイルギッシュ。
こいつは、プライドを傷つけられることを、とことん嫌うタイプだな。
……そうだ!
キュピーンと閃いたぞ!
この状況を打破する、この上ない妙案が!
「この俗物め! 訂正しろ! 早く訂正するのさーっっっ!!!」
「あはははははは!」
その空気に割り込むように俺は高笑いをした。
全員の視線が俺に向く。
みんな驚きの表情をしているけど……まぁそれは当然だろう。
ただ一人、オイルギッシュだけはすぐに憤怒の表情になったけど。
「ここここ、このガキィ! 何がおかしいというのさ!!」
きゃー、怖い。
世にも珍しい真っ赤なヒキガエルだ。
「あはははは。だって、そんなの訂正できるわけないじゃないですか。見た目も行動も、全てにおいてゲスなんですから」
「ムキィィィィィィィ!!! なんだとぉ! なんだと貴様ァァァァ!!!!」
うわぁ、こめかみの血管がめちゃくちゃ浮き出てる。
お箸で摘まめそうだな。
「せ、セナ、急にどうしたのじゃ?」
「ルリ様の言う通りだ。そんなに挑発したら……」
「大丈夫です、姫様もコハクさんも僕に続いて」
ピッと小さく親指を立てる俺。
「これほどのゲスは見たことありませんよ! ねぇ、ルリ様?」
「う……うむ、まさにキング・オブ・ゲスってやつじゃな! の、のぅ、コハク?」
「ハ、ハイ! 見事ナモノデスネー!」
思わずコケそうになった。
コハクさんは演技下手かーい。
「お前らぁ……人質がどうなってもいいようだねぇ!!!!!」
「はい出たー! 言い返せなくなったらすぐに人質に手を出す。まさに、典型的な悪者じゃないですか」
「な、なんだとぉ!」
「本当に勇者の子孫かも怪しいですね。ただの勘違い男……いえ、人間に似たヒキガエルなんじゃないですか?」
ネトゲの荒しをも泣かせる俺の口撃に敵うわけがない。
オイルギッシュは地団駄踏みまくりだ。
もちろん普段はこんなことしないし、やりたくもないけどね。
煽り、ダメ絶対!
「プギィ! プギプギィィィィィ!!!!」
怒りすぎて、もはや何を言ってるのかわからない。
ヒキガエルからブタにクラスチェンジしたのか、お前は。
「本当に勇者の子孫なんですか?」
「当たり前なのさぁぁぁ!!!」
「それなら勇者らしく、決闘で決着をつければいいじゃないですか。ねぇ、ルリ様」
「ふむ? 確かに、勇者ギルガメッシュは剣王と名高い者だったと聞くの」
「あー、でも無理か~。か弱い女性を人質に取って、父様に一方的に暴行を加えるやつですよ? ねぇ、コハクさん」
「ん、そ、そうだな。自分で手を下すこともできぬ輩だからな」
「そもそも剣って知ってるんでしょうか? おーい、オイルギッシュ様ー、剣ってわかります? 食べ物じゃないですよー?」
「プギャギィィィ!!!! バカにすんなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
真っ赤な顔、飛び散る唾、ほとばしる汗。
ごめん、エマさん。
もう少しだけ耐えて。
「バカにするも何も、実際そうでしょう?」
「そんなわけあるかぁぁぁ!!!! ボクの腕前だって剣王クラスなのさぁぁぁぁ!!!!」
「えー……」
「な、な、な、なんだその目ェェェ!!!! いいだろう、決闘してやる!!! ボクの力を見せつけてやるのさァァァ!!!!」
キターーーー!!!
ここまで煽ってやれば、絶対にムキになってくると思ってたよ。
「マーモン! マーモン!!」
オイルギッシュは充血した目で魔物使いを呼び寄せる。
「今すぐボクに剣を用意しろ!!!」
「し、しかし、オイルギッシュ様、よろしいのですか?」
「よろしいってなんなのさー!? まさか、お前までボクをバカにするのかぁぁぁ!!!」
「い、いえ、そんなつもりは……」
「じゃあ、さっさと持ってくるのさ!」
「……御意に」
深々と頭を下げる魔物使い。
ふふふ、大成功。
ミッションコンプリートだ。
「こ、これがセナの作戦なのじゃな……」
「むふー」
「……悪い顔をしているな」
ルリ様とコハクさんから、ゴクリと唾を呑む音が聞こえた。
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