第17話『フェルド・ブレイブリー』
ダダダダダッ!
足音を響かせて階段を駆け上がる。
通路を進むごとに、戦いの音は大きくなってゆく。
やがて俺たちは扉の前に到着した。
両開きの大きな扉だ。
「ここにフェルドはいるはずじゃ!」
姫の言葉に、俺はゴクリと唾を呑んだ。
音は確かにこの中から聞こえてくる。
「父様、今、行きます」
取っ手にかけた手に力を込める。
扉はゆっくりと開いてゆく――。
「ぐはぁっ!」
――その瞬間、目に飛び込んできたのは激しく吹き飛ぶ男の姿だった。
黒髪の剣士。
それは母様の記憶を通して見たセナの父、フェルド・ブレイブリーに間違いない。
広い部屋の天井には白色の明かりが灯っている。
魔法の明かりだろうか。
その明かりに照らされた緑肌の魔物が4体。
ゲームやアニメの知識から推測するに、あれはおそらくゴブリンだろう。
その手に持った錆びた長剣からは、真っ赤な血が滴り落ちていた。
近くには、杖を手にした黒いローブの男がいる。
よくわからない言語で指示を出すコイツが、例の魔物使いだろう。
フードを深くかぶっているため、その表情は伺い知れない。
なんだか不気味だ。
部屋の奥にはブレイブリー家のメイド服を着た女の人がいる。
オレンジ色の長い髪。
知的な感じの美人さんだ。
そして、その首に短剣を押し当てる背の低い男……。
い、いや、ヒキガエルがいるぞ!?
「グフフ、よく来たんだねぇ」
オエエ。
この、体中を撫でまわすような気色の悪い声。
間違いない!
こいつが全ての元凶、オイルギッシュだ!
「ルリ様、ルリ様、見てください! ヒキガエルが喋っておりますよ!」
「し、失礼な! ボクは人間なのさ!!」
コハクさんの言葉に顔を真っ赤にして叫ぶ。
でっぷり太った体、荒い鼻息、大して暑くもないのに飛び散る汗。
全ての指に指輪をはめ、いかにも成金といった品のない格好。
直視したくない姿がそこにある。
オイルギッシュが、にちゃっと口を開く。
「グフフ、セナ君。キミに来てもらった理由はねぇ……」
うるさい!
今はそんなことより――!
「父様!!」
俺は、オイルギッシュの言葉を遮って叫ぶ。
「ぐ……」
父様は辛そうに体を起こすと、俺に目を向けた。
傷だらけの姿、額から流れる血がとても痛々しい。
今すぐ駆け寄って助け起こしたいところだけど、人質を取られてる今は下手に動くことはできない。
「セナ……なぜ来た! 逃げろと言っただろ!」
「で、ですが父様が!」
「なぜ、俺の言うことが聞けない! フローラはどうしたんだ!」
頭ごなしに怒鳴る父様。
くっ……。
俺がどんな思いでここまで来たか、考えてもいないんだろ!
男親っていつもそうだ。
人の話を聞きやしない。
前世の父親もそうだった。
そして、この世界も……。
思わずうつむいた俺の肩を、ルリ姫がポンと叩く。
そして、かばうように一歩前に出た。
「フェルドよ、そうセナを責めるでない」
「ルリ様!? なぜここに!」
「ちょいと遊びに来ての。あ、ウチだけではないぞ」
「お久しぶりです、フェルド様」
「コハク殿も!?」
ルリ姫とコハクさんの姿を見た父様は驚きが隠せないようだった。
「フェルドよ。息子への言葉としては、ちーとキツいものがあるの」
「し、しかし!」
「まぁ、お主は昔から不器用じゃからの。セナを心配するあまり、そのような態度になってしまったのじゃろうがな」
え……そうなの?
無言の父様。
言葉を発するかわりに、ただ俺を見つめてくる。
その目は、セナが生まれた時の喜びの目と。
歩き始めたセナを見守る目と。
高熱を出したセナを案ずる目と、なんら変わりなく思えた。
……そうか。
愛されているんだな……。
俺の胸につかえていたものが静かに溶けて行く気がした。
とはいえ、身を挺して駆け付けた我が子に対する態度としてはどうなのか。
まぁ、見たところフェルド君も母様と同じ20代後半ってとこだし~、生前の俺より年下だし~。
仕方ない、今回は貸しにしておくよ。
「父様、聞いてください! 母様は怪我をしてますが、命に別状はありません! 今、ギャリソンさんとリオンが安全なところに連れて行ってくれてます!」
「そうか……よくやってくれた」
少しだけ安堵のため息をつく父様。
その空気をぶち壊すのは、やはりこの男だ。
「さあ、感動の再会はそれくらいにしてほしいのさ! 僕のところには可愛いメイドちゃんがいるんだからねぇ!」
短剣の刃でメイドの頬を叩きながら、オイルギッシュは言う。
動くたびに腹の肉がぶるんぶるんと揺れている。
人質のメイド。
母様の記憶では名前はエマだった。
歳は21歳で、ブレイブリー家のメイド長。
いつもドジっ子メイド・リオンのフォローをしてくれるお姉さん的存在だ。
エマさんと密着しているせいか、元々なのかはわからないが、ぶひーぶひーとオイルギッシュの鼻息は荒い。
「キミのパパは剣の達人らしいけど、メイドちゃんがボクに保護されてると知ったら何故か無抵抗になっちゃってねぇ」
コイツ、人質に取ることを保護とか言うな!
「なぁに、ボクの話は簡単……」
「セナ様!」
その瞬間、エマさんが堪えきれなくなったかのように叫んだ。
「セナ様、申し訳ありません……」
その頬を一筋の涙が伝う。
「私のせいでフェルド様が……」
「言うな、エマ! お前のせいじゃない!」
エマさんの言葉を止める父様。
確かに、父様が無抵抗なのは人質を取られているからだろう。
でも、それはエマさんが悪いわけじゃない!
悪いのは全てオイルギッシュだ!
よくも、うちのメイドを泣かせたな!
俺は目の前のヒキガエルをキッと睨みつけた。
「オイルギッシュ、僕に何の用だ!」
「よ、ようやく話を聞く気になってくれたんだねぇ。じゃあ、単刀直入に聞くのさ。キミは“炎の精霊王”って知ってるかい?」
ドキッとした!
「ボクのご先祖様は、炎の精霊王からこの世界を救った勇者でねぇ。炎の精霊王の体をバラバラにして封印したのさ」
「ふん、くだらぬ。それが、なんじゃというのじゃ」
ルリ姫が吐き捨てるように言う。
だが、それはオイルギッシュの気持ちを逆なでした。
「ひ、人の話は最後まで聞くものだよねェ、鬼族の娘ェ!!!」
逆上したオイルギッシュの合図で、ゴブリンが父様を蹴り飛ばす。
血飛沫が辺りに飛び散った。
「話はちゃんと聞くって、ママから習わなかったのかい!! このまま顔の形が変わるまで蹴り続けたっていいんだよねぇ!!」
「くっ……卑劣な!!」
「ひ、卑劣だとォ!? ぼ、ぼ、ボクは勇者の子孫だぞ、言葉には気を付けるのさ! こっちには人質が二人もいるんだからねぇ!!」
いきり立ったオイルギッシュが、エマさんの頬に刃を押し当てる。
雪のような白い頬に赤い線が走り、そこから血が滲み出た。
「く……!」
「……フン、まあいい、話を戻すのさ。ブレイブリー家は封印の守り手の一つでねぇ、“炎の精霊王の魔眼”を所持しているのさ。ボクはねぇ、それを返してほしいだけなんだよねぇ」
コイツ、この眼が目的なのか!
ってことは、魔眼の能力も知って……。
「まぁ、ボクは魔眼がどんなものかなんて知らないんだけどねぇ」
知らんのかーい!
思わずズッコケそうになった。
「でもさ、炎は破壊と再生の象徴。世界を揺るがす凄い力は、勇者の血を引くこのボクに相応しいと思わないかい?」
思わない!
っていうか、お前が勇者の子孫っていうのも疑わしい。
どこで人外の血が混ざったんだ!
「それでねぇ、セナ君。キミのパパは頑固で、どれだけ痛めつけても何も教えてくれないのさ。だから別のブレイブリー家の者、つまりキミに教えてもらおうと思っているんだよねぇ」
「セナは何も知らない!」
「うるさい! 教えてくれない人は黙っててほしいのさ!」
オイルギッシュの指示でゴブリンたちが父様を蹴りまくる。
ゴブリンが弱い魔物というのは、この世界でもたぶん同じだろう。
だからといって、蹴られて痛くないわけがない。
むしろ、一撃で意識を奪う力がないからこそ厄介とも言える。
「ほらほら、ど~んな小さなことでもいいのさ。さぁ、思い出して。キミのパパとママは何か言ってなかったかい?」
炎の精霊王の魔眼のことは良く知っている。
今、俺の左眼に宿ってるのだから。
もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。
どうやって取り外すかもわからないし、第一、こんな男に力を渡すわけにはいかない。
父様もそう思っているから、何も話さないんだ。
なら、それを俺が裏切るわけにはいかない。
でも……!
「グフフ、早く教えてくれないとねぇ、キミのパパが死んでしまうのさ!」
殴る蹴るの暴行を受け続ける父様の前で、オイルギッシュは嬉しそうに身をよじらせる。
こ、こいつ、強欲で女好きな上にドSなのか!
くそっ!
握り締めた手に爪が深々と食い込む。
その痛みのおかげで、なんとか理性を保っていられる状態だった。
最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!
「面白い」
「続きが読みたい」
「更新が楽しみ」
と、少しでも思って頂けましたら、
ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援を頂けたら嬉しいです。
これからもどうぞよろしくお願いします。