第16話『雷狼族の琥珀』
「ぎゃびぃぃぃぃいいいっ!!!!!」
思わず変な悲鳴をあげてしまったー!
で、でも、仕方ないだろう!
部屋に飛び込むなり、醜悪な顔の巨人がこっちに飛んできたんだから!
「コイツが食人鬼じゃ!!!」
叫ぶ姫。
目の前でオーガの口が大きく開いた。
鋭い犬歯が顕になる。
お、俺たちを喰う気か!?
「ウグ……グァア……」
だが、その口から漏れたのは短いうめき声だった。
次の瞬間、全身から血を吹き出して……。
ズゥゥン――。
という音を響かせ、俺たちの前で倒れ込んだ。
2メートルを超える巨体はピクリとも動かない。
どうやら絶命しているみたいだ。
ふぅ〜〜。
安堵のため息と共に、滝のような汗が一気に噴き出してくる。
目を見開き口を開け、苦悶の表情で倒れたオーガ。
ううっ、この凶悪な顔は心臓に悪すぎる。
「なんじゃセナ、怖かったのか? ふふふ、意外と年相応で可愛らしいとこもあるんじゃの」
姫が俺を突っつく。
むぅ。
魔眼を宿してたって、不意をつかれたら流石に驚くって。
俺は、はぁっと息を吐くと姫に向き直る。
「……そういう姫様だって、膝がガクガク震えて生まれたての子鹿みたいじゃないですか」
「た、たわけ! こっちを見るでないわーっ!!」
ムキーッ!
と両手を振るルリ姫をなだめつつ、床のオーガに目を向ける。
「それにしても、一体何が起こったんでしょうか?」
体の傷跡は……鋭利な刃物?
俺が首を傾げたとき、倒れたオーガの向こうに人影が見えた。
それは、金髪ポニーテールのお姉さんだった。
歳はルリ姫より少し上かな。
24、25歳といったところ。
キリッとした大人の横顔がとても綺麗だ。
その身に纏った白い長羽織と紺色のミニ袴は、彼女のスタイルの良さを際立てて。
頭の上でピンと立った犬のような耳と、背中で揺れるフサフサの尻尾は可愛さまでも演出している。
「あ! もしかして、この人が雷を操る狼の獣人……」
「うむ。我が侍従、雷狼族の琥珀じゃ」
ピッ――。
コハクさんは手にした剣を払って血を飛ばす。
刀身の片側のみに刃があるそれは、まさに日本刀だ。
月明かりの元、スッと刀を鞘に戻す姿は、とても絵になっていてカッコいい。
凛々しいという言葉は、この人のためにあるのではないかとさえ思えるほどだった。
うお!?
彼女の周りには10体のオーガが倒れてる!
こ、これ、一人で倒したの!?
『コハクなら、オーガごときが束になろうと後れを取ることはありえんのじゃ!』
ルリ姫の言葉が頭の中に蘇る。
強さと美しさを兼ね備えた獣人のお姉さん。
部屋に入った瞬間に飛んできたオーガは、彼女に吹き飛ばされたのかもしれない。
「……ん?」
コハクさんがゆっくりと顔を上げる。
その目が驚きに見開かれた。
「る……ルリ姫様っ!?」
震える声で駆け出すコハクさん。
姫のもとに辿り着くと、両手を広げてギューッと強く抱き締めた。
「ああ、姫様! 姫様っ!」
涙を流しながら熱い熱い抱擁。
よほど心配だったんだろう。
その腕が小刻みに震えている。
ううっ。
見てるこっちも、もらい泣きしそうだ。
姫は『性格に問題がある』って言ってたけれど、そんなことは微塵も感じられない。
むしろ、愛に満ちた素晴らしい人じゃないか。
「コハクよ、心配をかけてしまったようじゃの」
「いえ……」
コハクさんは涙を拭うと、姫のアゴにそっと手を当てた。
「ご無事で……何よりです」
そう言いながらアゴをクイッと持ち上げる。
そして、瞳を閉じて……。
――いいいいい!?!?!?
唇が、唇が、唇が静かに近付いてゆくぅ!?!?!?
「姫様、お慕いしております……」
ほぁあっっっ!!!!
2人はそういうお関係!?
あああっ、綺麗なお姉さんと綺麗なお姉さんの唇が重なりあ――。
「やめんか!」
「痛い!」
ゴスッ!
という鈍い音と共に、姫のチョップがコハクさんの額に炸裂した。
「急に何をするんじゃ!」
「いえ、ドサクサに紛れて行けないものかと思いまして」
「紛れ過ぎじゃ、このたわけ!」
コハクさん、叱られてるのになんだか嬉しそう。
金色の大きな尻尾が、勢いよく左右に揺れてるよ。
「こ、これが性格に問題ありってことか……」
はうぅ。
強すぎる刺激に、まだドキドキが止まらない。
そんな俺を、コハクさんがチラリと一瞥する。
「ところで姫様、私たちの営みを見つめるその少年は?」
「営みとか言うでない! ウチにその気はないわ!」
うわ、あの姫がツッコミで大忙しだ。
やるな、コハクさん!
ルリ姫は、ふぅと疲れたように息を吐くと俺の背中に手を当てた。
「この子はセナ。フェルドとフローラの息子じゃ!」
「なんと、あのお二人の!」
「そして、ウチらは将来を誓い合った仲なのじゃ!」
「……なんですって?」
はっ、殺気!?
突き刺さるような視線に、俺は慌てて取り繕う。
「ひ、姫様、今はそんなこと言ってる場合じゃないですって!」
「おっと、そうじゃった。今は一刻も早くフェルドの元に向かわねば!」
「行きましょう、父様を助けに!」
上のへの階段に向かって走り出す俺。
後ろに、ルリ姫とコハクさんも続く。
その様子に、人知れずため息を一つ。
ううう……さっきのコハクさんは本当に怖かったよー!
確かに、ここを脱出したら『魔法の勇者ミサキちゃん』を語り聞かせる約束はしたけれど……。
それを『将来を誓い合った』って言い方すると、絶対に誤解されるってば!
ふと気が付けば、コハクさんが後ろにピッタリとくっついていた。
「……後で話がある」
ほ、ほら、勘違いされちゃったじゃないかー!
まったく、この世界に来てから心が休まる暇がないよ!
はぁ……。
「む? セナよ、緊張しておるのか?」
「……おかげさまで」
「まぁ、それも仕方あるまい。おそらく、この上は戦いの場となっておるからの。じゃな、コハク?」
「はっ。剣戟の音が聞こえます。この太刀筋はフェルド様です」
狼の耳をピクピクと動かすコハクさん。
音に敏感なところは、さすが狼の獣人といったところか。
「戦い……」
生前の俺は、争いとは無縁の生活を送ってきた。
相手が少しでも強く主張してきたら、こっちはすぐに引き下がっていた。
怖いのは嫌いだし、俺さえ我慢すればその場は丸く収まるから。
リアルはもちろん、ゲーム内のチャットでもそうだ。
当時はそれでいいと思ってたし、そうすべきだと思ってた。
それが大人なんだと自分に言い聞かせて。
こちらの世界に来てから、否応なしに戦いに巻き込まれているけど……。
争いを避けたいという平和主義な性格は、炎の魔眼を手に入れた今も変わらない。
握り締めた小さな拳は、さっきからずっと震えてる。
――だけど!
性格は変わらなくても、考え方は変えられる!
今の俺が為すべきことは、父様を助けるために全力を尽くすこと。
俺にはそのための力がある。
だから、やらなきゃいけない!
絶対に逃げちゃいけないんだ!
震える拳を抑えるため、俺は手に更に力を込めた。
そのとき、不意に温もりを感じた。
見れば、ルリ姫が俺の手を握り締めている。
「姫様……?」
「セナよ、あまり気負うな。お前様の隣には、いつもウチがいることを忘れるでない」
「……はい。ありがとうございます」
温もりを通して伝わる優しさ。
それは、今の俺にとって何よりも心強くて。
いつの間にか、この手の震えも収まっていた。
そんな俺たちを笑顔で見つめるコハクさん。
そのこめかみには、ピキピキと青筋が浮かんでいるけれど……。
うん、それは見ないふりをしておこう。
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