第15話『その名はオイルギッシュ』
『――そうはいかないんだよねぇ』
背後から響く、ヒキガエルを踏み潰したような声。
振り返ると、目玉に羽が生えた魔物が宙に浮いていた。
握り拳サイズの目玉。
『ぐふふ、ぐふふ』
声は、その魔物から聞こえてくるらしい。
『ボクはオイルギッシュ・ベタベトー。勇者ギルガメッシュの末裔で、世界の女性が恋してやまないナイスガイさ」
おえぇぇぇ、この声はヤバイ!
“想像以上”という言葉を、スキップしながら軽く飛び越えるほどの不快感。
まるで、体中を舐めまわされているかのようだ。
『その少年を逃がすわけにはいかないんだよねぇ』
「なんじゃと!?」
姫が俺をかばうように一歩前に出る。
やっぱり気色が悪いのだろう、その腕には鳥肌がびっしり立っている。
ヒキガエルの声は続く。
『フェルドの息子を、今すぐ最上階に連れてきてほしいのさ。聞きたいことがあるからねぇ』
『ダメだセナ! 逃げろっ!』
今の声は父様!?
『うるさいんだよ! ボクが話してるのに、口を挟まないでほしいのさ!』
『うぐっ!』
肉をえぐるような音が、目玉の魔物から響く。
『キミのパパは、逃げ遅れたメイドをかばって無抵抗なんだよねぇ。だから、キミが早く来てくれないと、間違って殺してしまうかもしれないのさ』
「く……ウワサに違わぬ卑劣な男じゃ!」
オイルギッシュ。
母様を傷つけ、セナを殺した男。
そして今、父様を殺そうとしている。
「……僕、行きます!」
「セナ!?」
「セナ様!?」
『ぐふっ♡ 物わかりのいい子は好きさ』
気持ち悪い笑い方をするな、外道め!
俺にはこの魔眼がある。
魔法が使えなくても、ARナビで最適解なルートを割り出して父様を助けてやる!
それでもって、顔面に一発パンチを入れてやるぞ!!
拳を握り締めた俺の両肩を姫が掴んだ。
大きな瞳で、じっと見つめてくる。
だけど、今度は目をそらさない。
父様を救うためには、俺が行くしかない。
今、ここで逃げるわけにはいかないんだ!
「その目……意思は固いようじゃな」
「はい! 止められても僕は行きます!」
「案ずるな、もう止めはせぬ。じゃからセナよ、ウチから離れるでないぞ!」
姫は短く息を吐くと、俺の手を強く握った。
「もぉ、勝手に決めないでくださいよぅ。二人とも、仕方ないんですからぁ」
「ふむ……。セナ様の真っ直ぐさは、フェルド様にそっくりですな」
ため息をつくリオンとギャリソンさんだったけど、なんとか納得はしてくれたようだ。
目玉の魔物が嬉しそうに羽ばたく。
『ぐふ、ぐふふ♪ 話はついたようだねぇ。まぁ、どのみち、キミたちに選択権はなかったんだけ――』
しかし、ヒキガエルのキモボイスは最後まで聞くことはできなかった。
なぜなら、リオンの投げた短剣が目玉の真ん中に突き刺さっていたから。
「これ以上聞くと、耳が腐りますぅ」
地面に転がった魔物から無造作に短剣を引き抜いたリオンは、改めて姫に向き直った。
「ルリ姫様、セナ様と離れるのは心苦しいですがぁ、私はフローラ様の護衛の仕事を全うしますぅ。だから、セナ様のことをよろしくお願いですぅ!」
「うむ、任された! セナは必ず守ると誓おう!」
そう言って、大きくて形の良い胸を張る。
ぷるんと揺れる二つの膨らみ。
なんだか、とっても頼もしい。
「セナ様、我々は先に脱出した館の者にフローラ様を託したあと、必ず戻ってまいります。それまでどうかご無事で」
「ありがとうございます、ギャリソンさんも気を付けて。そして、母様のこと、どうかよろしくお願いします」
「承知いたしました」
俺の言葉に、ギャリソンさんは深々と頭を下げる。
彼なら、きっと母様を安全な場所に連れて行ってくれるだろう。
「よーし、そうと決まれば早く行きましょう!」
全員で生きて脱出するんだ!
決意を胸に、建物の入り口を目指して走り出そうとした。
そのとき――。
――え?
俺は、ルリ姫に背後から抱き締められていた。
白くて細い綺麗な手。
後頭部に感じる柔らかい感触。
ほのかに甘い花のような香り。
この優しい感覚……好きだ。
……じゃなくて!
「ど、どうしました? 早く行かないと!」
「慌てるでない」
慌てますって!
ほ、ほら、リオンが何だかめちゃくちゃ睨んでくる!
こめかみに青筋が浮かんでますから!
「ふっふっふ、まぁ見ておれ」
だけど、そんなこと気にする素振りもない。
姫は天を見上げると、バッと手を掲げた。
その手の中には、長さ20センチほどの大筆が握られている。
「それは?」
「ふふふーん♪ これは鬼髪筆“小烏丸”と言ってな、一族代々の髪で作られた霊筆じゃ!」
ほぁ、霊筆!
よくわからないけど、凄そうな響き!
でも、それでいったい何を?
「ちーと、ウチもストレス解消がしたくての」
その言葉に応じるように、小烏丸が手から浮かび上がる。
上空を睨む姫。
その視線の先を追うと、目玉の魔物がフラフラと逃げてゆくところだった。
「あ、あいつ、まだ動けて!」
「ふふーん、逃がすわけがなかろーっ!」
その言葉に応じるように、小烏丸が手からふわりと浮かび上がった。
「踊れ、小烏丸!」
筆の軌跡は残光となって、空中に炎の絵を描く。
「ウチの怒りを思い知れっ!! ――〈鬼火〉っ!!!」
次の瞬間、絵が輝いて――。
実体化し、燃え盛る火球となった!!!
「はい、ドーン!!」
放たれた火球が一直線に宙を駆ける。
炎は目玉の魔物を瞬時に呑み込み、そして夜空で大爆発を起こした。
大きく広がる炎の華は、さながら打ち上げ花火のようだ。
「ふんっ! これが、ウチからの宣戦布告じゃ!」
パラパラと降ってくる燃えがらに、姫は「ベーっ」と舌を出す。
す、すごい!
俺の〈炎の矢〉にも引けを取らないこの威力。
なのに顔色一つ変わらない。
姫の魔力量は相当なものだろう。
小烏丸が静かに降りてくる。
姫はそれを手に取ると、俺に目を向けた。
「それでは、行くぞ!」
「え、行く?」
「伸びろ、小烏丸!」
? が浮かぶ俺の前で、筆の穂先が勢いよく伸びた。
そして、四階の壊れた窓枠へと絡みつく。
それは、先程、ルリ姫が落ちてきた箇所だ。
「しっかり掴まっておれよーっ!」
「うわぁっ!?」
次の瞬間、体が宙を舞う。
穂先が、すごい勢いで元の長さに戻ってるんだ。
グイっと引き上げられた俺たちは、四階の窓から中へと飛び込むのだった。
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