第14話『怒りのルリ姫』
頬を伝う涙を拭うと、無邪気な笑顔を見せる鬼の姫。
幸せそうな表情を見てると、こっちまで嬉しくなってくるね。
理由は、ちょっとよくわからないんだけれど。
だけど、今はその余韻に浸ってる暇はない。
一刻も早く、ここから脱出しなくては!
俺は戦士像の足元、噴水の中に現れた地下への階段を指差した。
「ここに脱出路があります。ルリ様も一緒に行きましょう!」
だけど、ルリ姫は静かに首を横に振る。
「ウチの帰りを待ってる者がおるでの」
そう言って、上を見上げた。
その瞳は、落ちてきた四階の窓を見つめている。
「待ってる人ですか……」
いいなぁ。
そんな存在、ネトゲのフレンドくらいしか浮かばないや。
言ってみたかった言葉の1つだよ、はぁ……。
「んあっ、ため息!? せ、セナよ、違うのじゃぞ! 待ってる者って侍従じゃからな? しかも女じゃ! じゃ、じゃから、勘違いするでないぞっ!」
唐突にツンデレみたいになる姫様。
まるで、浮気を疑われた人の言い訳みたいだな。
でも、なんでそんな風になってるのかは本当に謎。
侍従……。
確か、君主や高貴な人に付き従う者のことを指すんだよな。
こんなに飾らない人なのに、本当は偉い人なんだよなぁと、つくづく。
「あのぉ、姫様ぁ、姫様ぁ」
「ん? なんじゃリオン」
「姫様はぁ、あそこで何をされてたんですかぁ?」
お、ナイス、リオン!
それは、俺も気になってたんだ。
「うみゅ……」
その問いに、姫はバツが悪そうに頬を掻いた。
「実は、フェルドのところに向かっておる途中で、食人鬼たちに窓から放り出されちゃっての……」
オーガ!?
それって、ファンタジーでは定番の魔物!
人肉を好む凶暴な巨人じゃないか!
「そういえばぁ、ちょっと前にオイルギッシュに仕えた魔導師が、魔物を操るって聞いたことがありますぅ!」
オイルギッシュといえば伝説の勇者の子孫で、この惨劇を生み出した張本人。
ただの七光かと思っていたけど、なかなかに用意周到なことを!
「じゃあ、その侍従の方を早く助けに行かないと!」
オーガの群れに一人取り残されるとか、ヤバすぎる!
まさに、飢えた猛獣たちの檻に生肉を放り込むようなものだ!
一刻も早く救出しないと!
なのに、ルリ姫は首を横に振る。
「いや、その心配はあるまいて」
えええ、なんでぇ!?
オーガの群れでしょ!
10回くらい死んでもオツリが来るくらいでしょーよ!!
まったくもって予想外の反応。
愕然とする俺の隣で、リオンがポンと手を叩いた。
「あ! もしかしてぇ、侍従って琥珀様ですかぁ?」
「うむ、その通りじゃ」
「なるほど、それでしたら納得ですな」
え? え?
姫の言葉に、リオンとギャリソンさんは深く頷いている。
二人ともお知り合い?
え、大丈夫なの?
ほんとに?
「ふむ、セナは納得してない顔をしとるのぅ」
「そ、そりゃあ……」
「ふふ。コハクは雷を操る狼、雷狼族の獣人での。ちぃと性格に問題はあるが、とーっても強いのじゃよ」
な……!?
狼の獣人だって!?
ハーフエルフ、鬼ときて、今度は獣人か!
きっとフサフサの耳とか尻尾とかあるんだろうなぁ。
『性格に問題はある』という言葉は気になるけど……。
でも、お願いしたらモフらせてくれないかな。
「というわけで、コハクならオーガごときが束になろうと後れを取ることはありえんのじゃ」
「姫様はぁ、後れを取りまくりだったみたいですけどぉ」
「そ、それは言わん約束じゃよ~ぅ」
イタズラなリオンに、バツが悪そうなルリ姫。
落ちて来た四階の窓は、今はもう見る影もない。
姫は、そのコハクさんに絶対の信頼を置いているんだな。
とはいえ、万が一ってこともあるし……。
やっぱり早めに合流して、速やかに脱出するのが一番だよね。
そして、戦力を整えた後に父様たちと反撃を……。
――っ!?
思わず息を呑んだ。
込み上げてくる不安に、胸の鼓動が強くなる。
まさか……!
「セナ、どうしたのじゃ!? 顔色が悪いのじゃ!」
「ルリ様!」
俺はルリ姫に向き直ると、すがるようにその裾を掴んだ。
「ルリ様は、父様のところに向かう途中だったと言いましたよね? もしかして……父様は、まだ上ににいるんですか!?」
その言葉に彼女は静かにうなずいた。
「上の階から剣戟の音が響いておった。あれはフェルドのものじゃろうて」
「そんな……」
母様の記憶の中の父様は、いつも笑っていて。
力強くて、厳しさの中に優しさがあって。
不器用ながらも、家族に愛を注いでくれた人だった。
父様を失ったら母様に、そしてセナに申しわけが立たない。
崩れそうになる膝に力を込めて、俺は上を睨んだ。
「助けに行きましょう! 今、父様を失うわけにはいきません!」
「もちろんじゃ! 元より、フェルドのところに向かうつもりじゃったからの」
「では急ぎましょう!」
踵を返して走り出す。
そんな俺の手を姫が掴んだ。
「待つのじゃ。ここからはウチら大人の出番、お主は先に逃げるのじゃ」
「な……!? で、でも!」
「勇敢と蛮勇は違う。この場にフローラがいたら、同じことを言うじゃろうて」
「母様は……」
思わず、ギャリソンさんに目を向ける。
その腕の中には、カーテンにくるまれた母様がいる。
俺の視線に気付いた姫様は首を傾げた。
「ん? さっきから気になっとったのじゃが、ギャリソンが抱えているのはもしや……」
俺とギャリソンさんは目を合わせると、互いにうなずく。
そして、ルリ姫に向き直った。
「母様は、ここにいます」
そう言ってカーテンをめくる。
ルリ姫の目が驚きに見開かれた。
「フローラ!」
「大丈夫です、今は眠っているだけです」
「フローラ様はぁ、オイルギッシュの手の者に斬りつけられてぇ……」
「そうか……そういうことじゃったか。……なら、ウチはますます行かねばならん!」
姫は短く息を吐くと拳を握り締めた。
「ウチの親友を傷つけた愚か者に報いを受けさせてやるのじゃ! もう、謝っても許さぬぞ!」
怒気をはらんだその髪が、一本一本と逆立ってゆく。
怒髪天を衝くとはこのことか。
だけど、オイルギッシュは強力な魔物使いを連れている。
姫様や侍従のコハクさんがどれだけの力を持っているかは知らないけど、苦戦は免れないだろう。
それどころか、下手をしたら返り討ちにあって……。
「……セナよ。その表情、心配してくれてるのじゃな」
姫は腰を下ろすと、俺の頬に手を当てた。
真っ直ぐに見つめてくる瞳。
それが不意に微笑んだ。
「大丈夫じゃ。ウチらは将来を誓い合った仲。ちゃんとお前様の元に戻ってくるのじゃ」
う……。
その目には弱いんだ。
もう、何も言えなくなってしまう。
思わず俯いた俺の肩に、ギャリソンさんがそっと手を置いた。
「行きましょう、セナ様。この場はルリ様にお任せいたしましょう」
「私がぁ、セナ様とフローラ様を安全なところまでお連れしますからぁ」
リオンが顔の前でVサインを作る。
二人とも、俺が不安にならないように明るく振舞ってくれているんだろうな……。
みんなの視線が俺に集まっている。
――そうだな。
この体は五歳児だし、みんなが心配してくれる気持ちもよくわかる。
魔法だって、まだ上手く制御できる自信はないしね。
父様のことはルリ姫に託し、大人たちの言葉に素直に従うのが得策だろう。
「わかりました、ルリ様。父様のこと、お願いしま……」
『――そうはいかないんだよねぇ』
俺の言葉を遮る声。
それはまさにヒキガエルを踏み潰したような声だった。
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