第13話『未来の旦那様』
吹き抜けてゆく風の中で、俺はお姉さんを見つめた。
『キミがほしい!』
それは、魔法の勇者ミサキちゃんの第10話、『勇者 vs 魔王 決着のとき』のワンシーンだ。
アニメだからと侮るなかれ。
これは日本だけじゃなく、海外のアニメファンからも絶賛だった神回だ。
……なのに、あれ?
お姉さん、なんで驚いた顔してるの?
俺、間違ってないよね?
「少年……それは本気で言っておるのか?」
お姉さんが訊ねてくる。
心なしか、その顔は赤い。
む!
この人、俺のミサキちゃん愛を疑っているのか!?
何度も見たシーンだ、間違えるわけがない!
いくら綺麗なお姉さんでも、男には譲れないものがあるってんだ!
俺は立ち上がると、グイっとお姉さんに顔を近づけた。
「もちろん、本気です!」
「トキューン♡」
その瞬間、変な声を出してひっくり返るお姉さん。
「い、い、い、いきなりそんな冗談を……」
冗談だって!?
それこそ冗談じゃない!
魔法の勇者ミサキちゃんは、すり減った俺の心を癒してくれる存在だった。
彼女の言葉に、どれだけ救われたことか……。
この先、あれ以上の作品に出合えることはないだろう。
それくらい、俺の中では特別なアニメなんだ!
「生きる意味を教えてくれた存在なんです!」
「ぴゃあ! も、もういい! 少年、もういいのじゃ!」
「いいえ、良くありません! 自分の全てと言っても過言じゃない!」
「ひゃあう! そ、その言葉、体が溶けてしまいそうじゃぁぁぁ~~~」
俺は真っ直ぐにお姉さんの瞳を見つめた。
「一生をかけて愛すると誓います!!」
「わ、わかった、わかったのじゃぁ~~~~っっっ!!!」
ん?
お姉さんが顔を押さえて悶えている。
どうしたんだろ?
「うぅ、お主の言葉は心に沁みる。子供なのに、なぜか大人の深みがあるのじゃぁ……」
そりゃあ、36歳ですからね。
でも、俺のミサキちゃん愛をわかってくれたようでなによりだ。
「セナ様!」
「セナ様ぁ!」
そのとき、不意に背後からかけられる声。
振り返ると、そこには老紳士とメイドの少女が立っていた。
「あれ、ギャリソンさんとリオン……?」
あれれー、おかしいな?
二人は夢の世界の住人じゃなかったの?
「セナ様、お体は大丈夫でしょうか?」
「えーと……はい、大丈夫です」
何のことかはわからないけど、痛いところはない。
とりあえず問題はないだろう。
「良かったですぅ! ご無事で何よりですぅ!」
リオンは俺を抱き締めると、ゲインゲインと揺さぶる。
うぁああ、この感覚は覚えてるぞー。
――そ、そうだ、思い出した!
俺は、落ちてきた鬼のお姉さんを受け止めそこなって激突したんだった!
記憶が飛ぶほどの衝撃だったのに、怪我一つしていない。
これは、事前にギャリソンさんがかけてくれた〈防 殻〉の魔法の効果だろう。
ありがとう、ギャリソンさん。
落ちてきたお姉さんはというと……。
真っ赤な顔して地面の上を転がってる。
つい助けてしまったけど、誰なんだろ?
敵ではなさそうだけど……。
「セナ様、このお方はサイギョク国の姫、瑠璃様でございますな」
「サイギョク国はぁ、鬼族が住んでるんですよぅ」
「んぉ、その声はギャリソンとリオンではないか!」
ルリ姫と呼ばれたお姉さんは、勢いよく飛び起きた。
額の角が、月明かりを浴びて光ってる。
その光景は、なんとも神秘的だ。
鬼の姫と鬼の国。
ますますファンタジーだね。
「二人とも久しいのぅ。元気じゃったか?」
「はぁい、元気ですよぅ」
「ルリ姫様も、ご健勝のようで何よりでございます」
「うむ。あの高さから落ちたのに怪我一つない。この少年のおかげじゃ」
ルリ姫は俺を見つめると、小首を傾げて微笑んだ。
胸をくすぐるような声。
鈴の音のような声というのは、まさにこのことを言うのだろう。
「ふふん、そぉでしょ~♪ セナ様はぁ、世界で一番すごいお方なんですよぅ、えへん!」
リオンが胸を張る。
いや、なんでお前が得意げなの?
「ん? セナじゃと? もしかして、フェルドの息子のセナか?」
「は、はい! お初にお目にかかります、僕……わっ!?」
挨拶の途中で体が強く引っ張られた。
慣れた温もりが遠ざかり、新たな温もりがやってくる。
「そうかそうか、フェルドの息子か!」
そう言って、ルリ姫は俺を抱き締めた。
あ、あの、胸が顔に当たってますけどっ!!!!
「フェルドとは昔から仲良くしておっての、今回もお忍びで遊びに来たのじゃ」
着物は胸をつぶして着ると聞く。
その方が、綺麗に見えるからなんだそうな。
なのにこれは……。
この胸は……!
はっきり言って大きい!!!
「ふふっ。お主はまだ小さいのに、とーっても勇敢なんじゃのぅ」
ああ……。
いい香りがする。
花のような、ほのかに甘く優しい香り。
「それにしても、さっきは驚いたぞ」
「えっ、さっき?」
顔を上げると、目の前にルリ姫の顔がある。
少し背伸びしたら、唇に届きそうなくらい。
「う、うむ。……ほ、ほれ、き、き、き、君がほしいとかって言っておったじゃろ!」
え……?
……あっ!?
記憶が蘇ると同時に、サーッと血が引いてゆく。
そ、そうだ!
そう言えば、そんなことを言ってしまった!
「い、いや、いいのじゃ! べ、べ、別に気にしてなんかおらぬのじゃ!」
そんなことないでしょ!
その証拠に、顔が真っ赤じゃないですか!
「セ~ナ~様ぁ~、いつの間にそんなことを~」
はっ、殺気!?
リオンが、めちゃくちゃ怒ってる!?
でも……それもそうだよな。
俺はルリ姫から離れると、深々と頭を下げた。
「……ごめんなさい。僕、失礼なことをしちゃいました」
「あ、謝ることはないのじゃ。た、ただ、いきなりじゃったからビックリしただけなのじゃ!」
だよね、ほんと驚くよね。
あんなことを突然言われたら、俺だって引いてしまうかもしれない。
ああ、もうルリ姫の顔が見られないよ。
いくら記憶が混乱していたとはいえ……。
あんなにも突然、“ミサキちゃんへの愛”を語ってしまったのだから!
「……セナよ、そう落ち込まなくてもよいのじゃ。ほ、ほら、一時の気の迷いというのもあるじゃろ?」
「違う!」
俺は反射的に顔を上げた。
辛いとき、悲しいとき、いつも俺を癒してくれたのはあの作品だ。
心を救われたと言っても言い過ぎじゃない。
何のために生きてるのかわからない毎日で、魔法の勇者ミサキちゃんだけが俺の生きる証だった。
「この気持ちに、嘘偽りはありません!」
「そ、そうなのか?」
「はい、僕は本気です!」
「んきゃー♡ って、お、お主の気持ちは嬉しいのじゃが、なんでそんなに……」
「一目見たとき、一瞬で心を奪われたんです」
「んあっ! い、一瞬でか!?」
「はい、そこに言葉はいりませんでした」
魔法の勇者ミサキちゃんは、キャラも魅力的だった。
画面の中を生き生きと動くキャラクター。
一目惚れだった。
俺にないもの、求めていたものが全てそこにあったんだ。
「そ、そうか、お主の気持ちは痛いほどわかったのじゃ。……じゃ、じゃが、ウチはこういうことに疎くての。その……お主の気持ちに応えられるか、わからんのじゃ」
おっ!?
姫様もミサキちゃんに興味を持ってくれたのか!
こんなに嬉しいことはない。
元の世界と異世界と、文化の違いはあれど人は分かり合えるということだな。
うつむくお姫様のアゴに手を当てて、クイッと上を向かせる。
戸惑いがわかるその瞳を見つめ、俺はニッコリと微笑んだ。
「大丈夫です、僕が優しく教えてさしあげますよ」
「トキューンキューン!!!」
姫は胸を押さえて大きくよろめくと、腰が砕けたかのように膝から崩れ落ちた。
「その笑顔……反則なのじゃ……」
鼻血が出てた。
いやぁ、この世界でもミサキちゃんの魅力に気付いてくれる人がいて良かった。
ルリ姫は突っ伏したまま「胸がキュンキュンする……」とか「ウチはショタだったのか……」とか言ってる。
ちょっと意味が分からない。
「セナ様は私がぁ……セナ様は私がぁ……」
リオンが、ぶつぶつ呟いてる。
大丈夫、ちゃんとリオンにも教えてあげるよ。
そう言おうとしたけど……。
なぜか身の危険を感じて、口にするのを止めた。
「……セナよ、お主の気持ちはよくわかったのじゃ」
ルリ姫はゆっくりと起き上がると、俺の手を取った。
「ウチとしては、若いお主が心変わりしてしまうのが心配なのじゃが……」
「そんなことは絶対にありません!」
「……そうじゃな。お主がそう言うのだから、きっとそうなのであろう」
キュッと手が強く握られる。
姫は頬を染めて微笑んだ。
「じゃが、ウチにも立場があるゆえ、もう少し待ってほしいのじゃ」
うん、確かに語り聞かせるのは今ではない。
今は脱出を優先すべきだ。
なんせ、ミサキちゃんの魅力を伝えるのは一晩じゃ足りないからね。
「愛に歳の差は関係ないとは言うが……さすがに5歳と20歳ではのぅ」
ん?
まぁ、確かに年齢によって、見え方や感じ方が違うことはあるよね。
子供の頃はつまらなかったのに、大人になってから見たら深さを感じたり。
その逆もまた然り。
「そうじゃのぅ……。具体的には、お主の背丈がウチと同じくらいになったら……かの」
えっ!?
そ、それってだいぶ先の話じゃ……。
「姫として生まれたウチにとって、結婚は政略的なものじゃと思っておった。じゃが、セナは恋する心を教えてくれた。本当に嬉しかった……」
ん? ん?
え〜と、なんの話をしてるのでしょう?
「ウチはセナを信じる! じゃから、セナもウチを信じて待っていてほしいのじゃ!」
「う、うん?」
「よろしく頼むぞ、未来の旦那様♡」
だ、旦那様!?
一体、何がどうしてこうなった!?
頭の中を疑問の嵐が吹き荒れるけど……。
嬉しそうな彼女の笑顔と、その瞳からこぼれた一筋の涙を前に、もう何も言うことはできなかった。
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