第12話『魔法の勇者ミサキちゃん』
「この、たわけぇぇぇぇえええええ――――――っっっ!!!」
長い着物の裾をはためかせ、悲鳴と共にお姉さんが落ちてくる。
大変だ!
このまま落ちたら大怪我してしまう!
ギャリソンさんは母様を守っている。
リオンは兵士との戦いで手一杯。
今、動けるのは俺しかいない!
「ARナビ!」
キュィィィン!!
という効果音と共に、再びスローモーションになる世界。
お姉さんの落下時間と、その軌道が瞳に浮かび上がる。
俺は、素早く落下地点に入った。
クッションになるものは何もない。
なら、救う方法はただ一つ。
受け止めるしかない!
失敗すれば二人とも大怪我は確実。
だけど、的確な位置とタイミングは“炎の魔眼”が教えてくれる。
決して不可能じゃない。
俺なら……できる!
天を睨んだ。
真っ直ぐに落ちてくるお姉さんに向かって手を伸ばす。
「今、助けま……」
――その瞬間、お姉さんと目が合った。
俺好みの美人を、そのまま形にしたような切れ長の目。
その瞳は、深い海のような瑠璃色で。
吸い込まれそうな感覚に、胸が大きく脈打った。
瞳と同じ色の長い髪は、空を流れるように泳いでいて。
身に纏った赤い着物は、桜の花の文様が鮮やかに満開だ。
額から長く伸びる二本のソレは……鬼の角!?
鬼といえば、元の世界では忌むべきもの、恐怖の対象だった。
だけど、このお姉さんはどうだ!
その美しさと格好の良さは、そんなことすら忘れさせてくれる。
うーん、さすがは異世界……。
――んああああっ!?
着物の裾がふわりとめくれて、白くて綺麗な太ももが丸見えに!!
ふおおっっ、更にその奥!!
お姉さんの股間の異世界も目の前に広がって!!
あぁ~~~!!!
……って、え? 目の前?
あっ!
っと思ったときにはもう遅い。
魅惑の異世界が顔面にクリティカルヒット!
激しい衝撃が俺を襲う。
そう、肉体的にも精神的にも。
2つの意味で鼻血が出そうぅぅぅ……。
「セナ様!」
「セナ様ぁっ!」
あ、あれ……?
ギャリソンさんとリオンの声が、遠くに聞こえる……。
目の前が……暗くなってゆく……。
なんか……柔らかくて……いい香りが……す……る……。
太ももの感触と広がる香りに酔いしれながら、俺は意識を手放すのだった……。
* * *
『勇者よ、魔王の力を思い知れ!!』
『やらせないっ! 勇者は負けないんだっ!!』
着物姿の魔王とツインテールの勇者少女がモニターの中で叫んでる。
見慣れた室内、見慣れたパソコン、見慣れたフィギュア。
ここは……俺の部屋だ!
セナ・ブレイブリーじゃない、瀬名 勇樹だった頃の部屋。
思わず握った拳は、子供のものじゃない。
魔法もない、血も流れない、鬼のお姉さんもいはしない世界。
目の前に広がる光景は、ただのありふれた日常だ。
全て夢だったのか……?
モニターで流れているアニメは『魔法の勇者ミサキちゃん』。
数あるアニメの中で、最も好きだった作品。
社畜な俺の唯一の楽しみ。
また、ミサキちゃんのフィギュアに癒しを求める日々が始まるのか……。
俺は力なく腰を下ろすと、モニターに目を向けた。
流れているのは神回と名高い、第10話『勇者 vs 魔王 決着のとき』だ。
一瞬だけど、左目が熱を帯びた気がした。
「行くぞ勇者よ! 魔王幻竜裂命拳!!!」
赤い着物の女性が繰り出す、闇のオーラを纏った拳の乱打。
その勢いは凄まじく、周囲に衝撃波の嵐が巻き起こった。
大地は削り取られ、浮かび上がり、瞬時に砂塵へと化してゆく。
それを真正面から睨むのは、ツインテールの勇者少女ミサキちゃんだ。
彼女は魔法の杖を構えると、声の限りに叫んだ。
「とどけ輝き! シャイン・インパクト――ッッッ!!!」
放たれた光の波動が、闇の拳と激しくぶつかり合う。
金と黒の輝きが周囲にほとばしった。
「ぐぅぅぅううっ!!」
「はああああああっっ!!!」
「なっ……わらわが押し負けているじゃと!?」
「魔王ちゃん、キミは凄いよ。……辛いときも悲しいときも、300年間たった一人で」
勇者少女は優しく微笑む。
だが、魔王は激しく頭を振った。
「わ……わらわは負けられんのじゃ! ここで負けたら一族の悲願が!! 託された願いが!!」
「違うっ!! それはキミだけが背負うものじゃないっ!!」
「ぞ、俗物が綺麗ごとを!!」
「この、わからず屋っ! その歪んだ鎖、私が断ち切ってみせる!!」
「なっ……光が広がってゆく!?」
「開け、心の花!! スターダスト・レボリューション!!!!!」
光の流れは奔流となり、渦巻く輝きとなる。
現れる一輪の花。
それは眩く咲き誇って魔王を吹き飛ばした。
「ぐうぅっ!」
かろうじて着地した魔王であったが……。
胸を押さえて息を吐くと、着物の膝をついた。
「くっ……。わらわは……ここまでか……」
ゆっくりと近付いてくる勇者を睨みながら魔王は言う。
「……勇者よ、さすがじゃ。古の盟約通り、お前の望みを叶えよう。巨万の富か? 我が魔王の力か? それとも……わらわの命か?」
この300年、欲にまみれた人間から守り続けたもの。
それを遂に手放す時が来た。
生き恥をさらすくらいなら、いっそ自らの手で命を絶って……。
だが、勇者少女は首を横に振った。
「そんなものはいらない。私がほしいのは、キミだよっ!」
「なっ……わらわじゃと!?」
「うんっ! お友達になろうよっ!!」
そう言って、勇者少女は手を差し出した。
それは、魔王が予想だにしなかったことだ。
「き、貴様、そんな世迷い事を本気で……!」
「勇者は嘘なんてつかないんだよっ!」
純粋な瞳で少女は笑う。
人は決して一人じゃない。
それは魔王だって同じこと。
全力を出し切った者同士だからわかる頂に、今、二人は立っている。
「……わらわの負けじゃ」
いつしか、魔王少女の顔にも笑みが浮かんんでいた。
沈みかけの太陽が二人を赤く照らす。
長く伸びる影法師と重なり合う手と手。
不意に芽生えた友情という名の絆が、大地に描かれるのだった。
ううっ、いい話だ!
やっぱり第10話は神回だ、何度見ても感動する。
腕は鳥肌立ちまくりだ。
(……っ!)
……ん?
(……ねん!)
どこからか声がする……?
誰の声だ?
(……少年!)
(セナ様!)
(セナ様ぁ!)
俺を……呼んでる?
* * *
ん……。
急に明るさを増す視界。
薄っすらと開けた目に映るのは……。
心配そうに俺を覗き込む、鬼のお姉さんだった。
「良かった、目を開いたのじゃ!」
あ、あれ?
俺……横になってる?
さっきまで、部屋で魔法の勇者ミサキちゃんを見てたはずじゃ……。
「ふぅ。ウチのお股と激突死とか、シャレにならんからの」
お姉さん、綺麗な声だな……。
でも、なんの話をしてるんだろう?
お股とか、激突とか、何かあったんだっけ?
幸せなことがあった気もするんだけど……。
「でも、少年のおかげで助かったのじゃ。何か、お礼をせねばならんの」
「お礼……ですか?」
俺、何かしたんだっけ?
あ~、ダメだ。
頭がまだボーッとしてる。
「うむ! 望むものは何でも叶えるのじゃ!」
ん?
望むものを叶える?
それって、さっき見てた第10話の魔王のセリフじゃないか!
……ははーん、そうか。
ピーンと来たぞ。
これは夢だな。
俺はまだ夢を見ているんだ。
そういえば、このお姉さんと魔王ちゃんってどことなく似てる気がする。
赤い着物を着てるし、喋り方だって同じだし。
「まぁ、いきなり聞かれても答えられんか。ウチも戻らねばならんし、後で聞かせてもらうのじゃ」
苦笑するお姉さん。
はっ!?
こ、これは……魔法の勇者ミサキちゃんへの愛を確かめられている!?
「……待って!」
咄嗟に伸ばした手は、俺から離れようとしたお姉さんの手を掴んだ。
わかってる、ちゃんとわかっている。
『何を望む?』という魔王の問いに、ミサキちゃんが答えたこと、それは……!
俺は息を吸い込むと、お姉さんを真正面から見つめた。
「キミが……ほしい!」
その瞬間、一陣の風が二人の間を吹き抜けていった。
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