第11話『母様と共に』
「それでリオン、黒幕はわかりましたかな?」
ギャリソンさんの問いに、リオンは深くうなずく。
「『オレたちのボスは、勇者ギルガメッシュの子孫だあ』って言ってましたぁ!」
「オイルギッシュ伯ですか……。あの外道な男なら、この仕打ちも納得ですな」
吐き捨てるようなギャリソンさんは、ギリッと奥歯を噛み締めた。
握り締めた拳が細かく震えている。
「あの……オイルギッシュって?」
「セナ様は、まだ会ったことがありませんでしたな。勇者ギルガメッシュの子孫で、ここ、ブレイブリー領の隣の領主です」
おおっ、この世界には勇者がいたのか!
勇者と聞くと、俺が大好きだったアニメ『魔法の勇者ミサキちゃん』を思い出す。
どの回も素晴らしいけど、中でも第10話は神回で!
……って、今はその話はいいんだ。
勇者というのは基本的に世界を救う者というのが相場だが……。
その子孫は最悪なヤツのようだ。
「オイルギッシュは独裁欲が強く、辺境伯であるフェルド様を『田舎の貧乏貴族』と蔑んでおられました」
辺境伯は、中央から離れ大きな権限を認められた地方長官のことと記憶している。
単なる伯爵より位は高かったはずだ。
それを知らずの行動なのか、一方的に下に見てくるとは……。
「最低な男ですね」
「ホントですよぅ! 私も一度だけ会ったことあるんですけどぉ、女の人のことは誰でもイヤラシイ目で見るんですぅ!! でっぷり太ってるしぃ、声なんてヒキガエルを踏み潰したみたいんなんですからぁ!」
ほんと、絵に描いたようなダメ領主だな!
こんなヤツのせいでセナは命を落とし、母様も深い傷を負ったのか!!
ぐぐぐ……。
胸の中に、例えようのない怒りがわき上がってくる。
「オイルギッシュの狙いは、おそらくこの地の制圧とブレイブリー家の断絶。口惜しいですが、ここは一刻も早く脱出すべきかと」
く……。
悔しいけれど、ギャリソンさんの言葉はもっともだ。
確かに、領地を制圧するのにあんなゴロツキだけを乗り込ませるわけがない。
おそらく本隊は別にいるのだろう。
俺は床に目を向けた。
そこには意識を失った母様が、静かに横たわっている。
『私は、ここに残ります』
そう言った母様の想いを無駄にしないためにも、速やかに脱出すべきだ。
俺は唇を強く噛んだ。
「……ギャリソンさん」
「いかがなさいましたか?」
「聞きたいことがあります。……僕は、今までどんな子でしたか?」
「セナ様は、素直で聞き分けが良いお方です」
「そうですか……。では、1つだけ、ワガママを言わせてください」
俺は、ギャリソンさんに向き直った。
「母様も連れて行きたいです!」
そんな場合じゃないことはわかってる。
逃げるなら少しでも身軽な方がいい。
母様だって、思うように動けない自分は足手まといになると言っていた。
だけど……。
だけど、命がけで我が子を生き返らせようとした人を!
何よりも深い愛を教えてくれた人を!
俺を守るため、最後まで犠牲になろうとしたこの人を!
置いていくなんて俺にはできない!
「ワガママを言ってることはわかります。後で母様に叱られるかもしれない。でも……でも、僕はそうしたい!!」
「セナ様……」
俺を見つめるギャリソンさん。
その顔が、ふっと緩んだ。
「我々の想いも同じです」
「じゃ、じゃあ……!」
「行きましょう、フローラ様も共に!」
笑顔の老執事。
その優しさと頼もしさに、思わず目頭が熱くなる。
「うわぁん、セナ様ぁ!」
「ぐえっ!?」
そんな俺に、リオンがタックルのような抱きつきをかましてきた。
「今度こそ、絶対にお守りしますからぁ!!!」
俺を強く抱きしめ、涙するハーフエルフの少女。
その胸の中は、守れなかった後悔が渦巻いているのだろう。
「よろしく頼みます」
小刻みに震える細腕に、俺はそっと手を添えた。
石造りの部屋を出て、階段を上がり、赤い絨毯が敷かれた廊下を走る。
先頭を行くのはリオン。
その後に俺が続き、最後尾は母様を抱きかかえたギャリソンさんだ。
館の中に明かりはないけれど、入り込む月明かりのおかげで不自由は感じない。
途中、窓のカーテンを1枚外して母様を包む。
眠る母様を、できるだけ人目に晒さないようにという配慮と……。
半裸の老紳士が母様を抱きかかえる絵は、倫理的にどうなのかと思ったからだ。
それまで母様をくるんでいた上着はギャリソンさんに返した。
その結果、ギャリソンさんは裸ジャケットというワイルドダンディな姿になっている。
「セナ様ぁ、疲れてませんかぁ?」
「大丈夫です!」
振り返るリオンに、うなずき返す。
やっぱり子供の体は回復が早い。
元の体じゃ、こうはいかないだろう。
少し休んだことで魔力も回復したみたいだし、まだまだ走れそうだ。
廊下の所々では、安っぽい剣と鎧で武装した男たちと何度か遭遇をした。
彼らは俺たちを見るなり、問答無用で襲い掛かってくるが……。
「シッ!」
リオンが横を駆け抜けると、糸が切れた操り人形のようにパタパタと倒れてゆく。
その様子は、まさに一撃必殺。
ただのドジっ子メイドじゃなかったんだな。
「セナ様はぁ、セナ様はぁ、私がお守りしますからぁ!!」
間延びした喋り方なのに、なんとも頼もしいお言葉。
これなら魔眼の出番はなさそうだね。
そう思っていると、ギャリソンさんがそっと近付いてきた。
「ああ言ってはいますが……彼女の場合、万が一ということもありますので」
申し訳なさそうに、スーツの内ポケットから短杖を取り出す。
「マナよ、見えざる盾となれ。〈防 殻〉!」
その瞬間、杖の先に白く輝く魔法陣が現れた。
魔法陣は展開して、俺の体を包み込む。
「〈防 殻〉の魔法をかけました。これで守りの方は大丈夫かと」
そう言って微笑む老執事。
この笑顔を見ると、心が落ち着くから不思議だ。
長年、執事として仕えてきた者だからできる、熟練の技なのだろうか。
俺も大きくなったらヒゲを生やしてみようかな。
さて、建物の中を走ってわかったことがある。
ここは切り立った崖の上に建てられた小さな城だ。
崖の下は海になっていて、寄せては返す波の音が一定のリズムを奏でている。
こんなときじゃなければ、足を止めて景色を眺めたいところだね。
「セナ様、もうすぐですよぅ!」
そう言いながら、リオンが正面の大きな扉を開けた。
不意に外の空気が流れ込む。
「ここは……?」
そこは、よく手入れされた美しい中庭だった。
周りを囲む壁の高さは5階程度で、それぞれの階の窓はステンドグラスになっている。
奥には剣を掲げた戦士像の噴水が見えた。
ギャリソンさんはその噴水へと足を進める。
月明かりに照らされた像は、記憶の中のセナの父、フェルドに似ている気がした。
「ここは陸の孤島です。正門はオイルギッシュの手の者に制圧されているでしょう。ですから……」
そう言いながら像の左手を下げた。
ゴゴゴゴ……。
「おおっ!」
重々しい音と共に像が移動し、噴水の中に地下への階段が現れる。
「我々はこの脱出路を使います」
像を動かすと隠し階段が現れるとか、生前やったゲームの世界じゃないか。
あれって、本当にあった仕掛けだったんだな。
そのとき、俺たちが入ってきた扉から大量の兵士がなだれ込んできた。
それは廊下で出くわした数とはわけが違う。
「おい、ガキがいたぞ!」
「ああ、フェルド伯の息子だ!」
「殺せ! ブレイブリー家の者は根絶やしにしろとの命令だ!」
ぶ、物騒なこと言ってる!
「セナ様には手を出させないって言ってるじゃないですかぁ!!」
両手に短剣を構えたリオンが大地を蹴った。
疾風の如く走り抜けると、兵士たちは血しぶきを上げて倒れてゆく。
「さぁ、セナ様。我々は今のうちに脱出を」
「で、でも、館の人たちは!?」
「使用人たちも、この脱出路を知っています。皆、すでに脱出しているはずです」
なるほど。
どうりで姿はおろか、悲鳴すら聞こえなかったわけだ。
そういうことなら安心だ。
でも……。
「リオンは? リオンはどうなるんですか!?」
「それも心配ありません。この像は一定時間が過ぎると元に戻ります。彼女なら、その瞬間を狙って飛び込むはずです」
「で、でも、あんなに沢山の兵士じゃ……」
「私なら大丈夫ですよぅ!」
敵を斬りながらリオンが叫ぶ。
逆手に持った二本のダガー。
夜の闇のような黒い刃は、相手を紙のように切り裂いている。
「この程度の相手に、私がやられちゃうと思ってますかぁ?」
涙色に輝く瞳。
俺は首を横に振った。
こうなったときのリオンは最強だ。
「……そうですね。わかりました、二人の言葉を信じます」
俺が、うなずいた瞬間――。
――ガシャーーーン!!!
不意に響く甲高い音。
これは、ガラスが割れる音!?
「セナ様、上です!」
老執事の言葉に顔を上げると、最上階の一つ下、4階のステンドグラスが割れていた。
ガラスの破片は重力で加速し、鋭い刃となって俺たちに向かってくる。
「セナ様!」
駆け寄ろうとする老執事を、俺は手で制した。
「僕は大丈夫! それより母様を頼みます!」
「ですが……」
「僕のことも信じて!」
「……わかりました。どうかご無事で!」
ギャリソンさんは母様に覆いかぶさると、【筋肉肥大】のスキルを使用する。
みるみるうちにその体が膨らんでゆく。
小 剣の一撃すら弾き返す筋肉だ。
心配はないだろう。
「よし、いくぞっ!」
俺は天を睨むとARナビを発動させた。
瞬間、世界がスローモーションになり、降り注ぐ破片の軌道が浮かび上がる。
こうなればあとは簡単。
ロックオンマーカーが警告する破片のラインから少しだけ体を逸らしてやればいいだけ。
そうすれば――。
ほらね、破片は全て俺の体を逸れて地面へと突き刺さった。
「なんと……!」
「さすがセナ様ですぅ! リオンは信じてましたよぅ!」
二人の口から驚きと歓喜の声が飛ぶ。
ふふふ、この眼を持ってすれば当然だ。
それにしても、なんで急にステンドグラスが割れたんだろう?
敵の攻撃があったようには見えなかったけど……。
俺が首を捻った、そのとき――。
「離せ、その手を離すのじゃー!」
階上から、高く綺麗な声が聞こえてきた。
なんだ?
何が起きている?
「ああっ、こらっ! 外に向かって離すやつがおるかーっ!!!」
叫び声と共に、割れた窓から何かが飛び出してきた。
それが、赤い着物のお姉さんだと認識するのに時間はかからなかった。
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