オリバー・スコットの脅し
話は今日のお昼過ぎ、同僚とランチをとった帰りに、課長に呼び止められたのだ。彼、オリバー・スコットは、伯爵家の次男でそれを鼻にかけているような人だ。サミーは、時々ぐちぐちと「女のくせに」「貧乏男爵家が高貴な植物研究所にいるなんて」と貶め、彼女が少しでも研究成果を出そうものなら「いい気になるな!」と怒鳴り散らすような、器の小さな男だった。
しかし、今日はなんだかニヤニヤしながら「隣の会議室にこい」と呼び出された。また、理不尽に雑務を命じられるのだと思い、いやいやついていくと、予想外に嫌な出来事が待ち受けていた。「おい、お前、実の兄に散々やられたんだってな。」なんと開口一番彼は、そうサミーに言ったのである。サミーは内心で、(どうしてこいつが知っているの。)と思ったが、そんなことはちらりともおクビに出さずにこう言った。
「スコット課長、なんの話をされているのか、私にはさっぱり。」
だが、オリバーはすぐ食い下がった。
「フン、とぼけても無駄だ。お前のことをよく知ってるパターソン氏から聞いたのだから。」
(パターソン氏、ね、、本当に私は見る目がなかったのね。)目の前が暗くなる感覚に苛まれながらも、サミーは言った。
「確かに、私はパターソン氏と婚約しておりましたが、今は解消されております。彼と関係もなければ、課長の話が真実であるという証拠は一つもありませんでしょう。」
(事実だけど、どこにも証拠なんてないのよ。)
「パターソン氏もお気の毒にな。お前なんかの何が良かったのか、人生を狂わされちまって、挙句嘘つき扱いだ。」
オリバーは嫌に耳につく声で笑いながらこう続けたのだ。
「嘘か本当かなんて、どうだっていいんだよ。だけど、俺が周りにこの話をしたらどうなると思う?お前がばかでもわかるだろ?」
「・・・」
サミーが公にしたくない理由はいくつかある。もちろん自分自身を偏見で見られたくないということもある。だが一番大きい理由は身内が誹謗中傷を受けるのを避けるためである。母や…兄のために、兄を犯罪者にすることはサミーには出来なかったのだ。実際に、話が広まると、真偽の前に人は離れていくだろう。実家や領民も危機に陥ることが目に見えているのである。
サミーは何も言えなかった。どうしたら良いのかもわからず、思わず沈黙してしまったのだ。すると、不意にオリバーが近づいてきたのだ。ニヤつく顔でサミーの顎を持ち上げて、こう囁いた。
「俺は優しいからな、お前が俺のいう通りにすれば噂は広めないでやってもいいよ?お前は可愛げはないけど、見た目はそこそこだからな。」
その後でオリバーが言ったのは本当に最低な条件だった。一つ、オリバーの研究をサミーが手伝うこと。これは言い換えればサミーの研究成果をオリバーに渡すということだ。二つ、オリバーに抱かれること。
返事を促されたところで、扉の前からガヤガヤと話し声が聞こえ、部署の異なる先輩、王室部門のウィリアム・ヒュージとジョゼフ・ペリーが会議室へと入ってきたのだった。