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文芸・リプレイ・その他

君を待つ人の元へいってはいけないよ

作者: 采火

 君は何年経っても、飽きずにここにやってくるよね。


 一人で楽しそうにへらへら笑ってさ。あれだけ悲壮な顔で泣き腫らしてばかりいたのに、それがいつの間にやら綺麗な笑顔を作れるようになった。


 僕は知っているよ。君がそうやって笑うのも、僕にではなくて、君を置いていったアイツのためだって。


 でもさ、アイツはもう戻ってこないんだろ?

 二度と会えない奴のために、飽きずに僕のもとにやって来て話したいだけ話して帰っていく。聞いてるこっちの身にもなってくれよ。


 視界の端に、小さな体に落ち着いた色合いの洋服を身にまとって小さな花束を持った女性が目に写る。雪を被ったような髪に、ますます老けたなぁなんて思うけど、そんな事言ったら女性に失礼だと窘められそうだ。


 やれやれと僕はまた性懲りもなく訪れた君を見て、愛想笑いを浮かべた。僕の前にまで来た君は、挨拶もそこそこに手土産の花束を丁寧に花瓶に指し直しながら話しはじめた。


「聞いてくださいな。この間、娘に息子が生まれたのよ。こーんなに小さくて。あの子が生まれたときの事を思い出しちゃったわ。手もちっちゃくて。首がすわったら会わせてあげるから、待っててくださいね」


 こーんな、とか言いながら年不相応にはしゃいだ顔を見せる君。丁寧に花が挿された花瓶。白の百合の上品なたたずまいに僕の心も自然と華やぐ。相変わらず君は花のセンスが良い。


 でもね、長話もいいんだけど、今日は風が強いんだから、そんな薄着でここに来ちゃ駄目じゃないか。


 やれやれ呆れていれば、晴天なのに雨が降る。ボタボタと僕の頭を濡らす。

 ……ちょっと君! また水遊びして! 僕に水をかけるなってば!


 薄着でうっかり水を被ろうものなら本当に風邪を引くんだから、さっさと大人しく帰るべき! 僕がそう怒ったって君は聞く耳を持たない。


 君はくすくす笑いながら、僕の頭を撫でる。


「ねぇ、気持ちいいかしら。今日はちょっとお水が冷たかったけれど、お日様が出ているからすぐに乾くわ」


 撫でながら、ちょっとずつ汚れているところを擦ったりしてる。ぐっ、子供扱い……知っていたけど。知っていたけどさ。


 君にとって、僕は心の拠り所だ。本物のアイツではないことくらい君も分かってる。君を置いていったアイツなんて奴忘れてしまえばいい。


 頭を撫でてくれる君を抱き締め返したいけれど、僕の体はすっかり固まってしまって動かない。この意気地無しとは思わないで欲しい。僕だって好きで動けないんじゃないんだからな。むしろ動けたらアイツを目の前まで引きずり出して、骨の髄を粉砕してやらなきゃ気がすまない。


 何故って君を置いていったからに決まっているだろう?


 口数を減らした君は、僕の体を綺麗に身繕いした後、寂しそうに笑って去っていく。

 寂しいなら寂しいと言えばいいのにと思うのは、僕のエゴだろうか。


 僕は君の涙を知っている。

 僕は君がつくった笑顔も知っている。


 だからアイツの事なんて忘れて、僕と一緒になって……何て言えない。


 君がこうやって僕のもとに来るのも、アイツの事があるからこそ。アイツの事がなかったら君は僕と出会えなかった。


 だから僕は君の事をひたすら待つ。

 君が会いに来るのを。


 君が僕を通してアイツの事をみているのは知っているよ。僕はそれでもいい。

 でも、だからこそ、君が望む「いつかはアイツの隣に」という願いを、僕は聞きたくない。


 君は泣いて、笑って、楽しそうに話していて欲しい。


 指折り数えて、そのいつかを数える君の姿を見て何とも思ってないなんて思われているのなら心外だ。


 君がいなくなると悲しむ人だって、困る人だっているんだろう。


 アイツには確かに君しかいないのかもしれない。天涯孤独の孤児だったとは君から聞いた話だ。それでもまだ君は、待っているアイツのところに行くべきじゃない。


 それに孫を連れてくれるんだろう。僕がその孫の顔を見るまではアイツと一緒になるなんてこと許さないからな!


 何年も、何年も、君だけの訪れを待っていたんだ。

 昔の男の話を聞いて慰めてあげたのは僕だ。

 そろそろ君は、僕の気持ちに気づいてくれてもいいと思う。


 でも、そんな僕の願いは無謀だ。だって事実、君のシワの増えた顔や足が遠くなっている訪れを思えば、君の願いが叶うのももうすぐだってことくらい、分かるよ。


 色んな人を横目に見てきたけれど、君ほど僕にまっすぐ語りかけて、一途に一人の男を想う人なんて見たことがなかった。だから僕は君に惹かれたんだろうね。


 君が僕のもとに訪れるのは後何回なのだろう。

 君が訪れる日を、指折り数えて待つ。


 昼はぼんやりと行き交う人の数を数えながら。

 夜はちかちかと瞬く星の数を数えながら。


 僕は君の訪れを待つ。



 ◇◇◇



 桜が散って、太陽の日差しが強くなり、遠くに見える山が赤く色づいて、地上が白一色に染まる。


 また桜が咲き始めて、とうとう君が一年以上来なかったなぁなんて思っていたら、僕のもとに君以外の人がやって来た。


 君の娘かな。久しぶりに会ったよ。涙を流しながら、小さな壺を抱えている。


 近くで赤ちゃんの鳴き声がした。沢山の人間に埋もれていて僕の位置からじゃ見えないけれど、きっとその赤ちゃんが君の孫なんだろうね。


 沢山の人間の中で、唯一色を纏う人間が小難しいことを述べ始めた。君が選んだんじゃない百合が飾られ、昼間なのに蝋燭の火を灯す。君が性懲りもなく焚いていた香の匂いが鼻につく。


 鼻をすする音と、嗚咽がそこかしこで聞こえてきて僕はうんざりした。ほら言ったじゃないか。君がアイツのところに行くと、悲しんだり困ったりする人がいるってさ。


 今さら、そんな事言ったって、君にはもう届いていないんだろうけど。


 壺の蓋が開けられる。壺を包んでいた布にその中身が写される。


 枯れ木を真っ白くしたようなそれ。

 もう何年も前に見たアイツと同じそれ。


 布で包まれて、僕の下へと埋められる。


 いつか一緒になりたいと言っていた君。どうだい、アイツの隣での寝心地は。


 問いかけたって君は聞く耳を持たない。

 ずっとずっとそうだった。僕の言葉は一編たりとも届かない。


 ひんやりとした石の下で君は君の望み通りにアイツと一緒になったね。

 君の娘が目玉ごとこぼれちゃうくらい涙を流してる。君の友人が思い出を語っては嗚咽を漏らしている。ようやく泣き止んですやすやと寝こけている君の孫は君の事を覚えていないんだろうね。


 君を待つ人のもとへ逝ってはいけないよ。


 そう言ったのにあっさりと君は逝ってしまった。

 君がいなくなったら僕に話しかけてくれる人なんていないじゃないか。君の娘の出不精具合は、君が一番よく知っているんだろう?


 君はさ、自分勝手だ。逝ってしまった後、取り残される僕のことを全然考えていなかっただろう?


 話し相手もそうだし、僕の身の回りのお世話をしてくれる奴だっていないんだ。僕がいつもいつも、君を待ち遠しく思っていたのを、君は知らないんだろうね。


 だ、け、ど!

 これからは一緒にいられると思ったら大間違いだ。君は僕の下でアイツとイチャイチャするつもりなんだろう。二人で末長く、永遠に。僕が風化しても君たちはずっと一緒だ。


 羨ましいと思うくらいはいいよね。アイツはずっと君を待っていた。僕だって負けず劣らず待っていたんだけど、君の眼中に僕は映らない。


 僕はまたこれから、君以外の誰かの訪れを待たなくちゃいけない。


 墓石(ぼく)の下で眠る君とアイツに会いに来る人間を。

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