03:物騒すぎる職になっちゃったのでスローライフは諦めます
ファストン村の入口ではお父さんとお母さんが待っていてくれた。
七日間とは言え、一人娘の初めての長旅だ。過保護な両親が心配しないはずがない。
一応アルスも一緒だけど、役に立たないしね。お父さんとか余計に心配してそう。
そもそもオーフェンに向かう時も一緒に行くと騒いでいたのだ。
その間食堂は休みになっちゃうし、国が負担する旅費は『職決め』を受ける子供の分しか出ないから諦めてもらったんだけど。
そういった経緯もあり、着くなり抱きしめて出迎えられた。
アルスは蚊帳の外だった。
え? ああ、アルスまだいたの? もう家に帰れば? うん、じゃあね、はいはい。
【料理人】の父・ソルダード、【村人】の母・ピエット。
二人は無事に帰って来た私に対してとても嬉しそうな表情でいるわけだが、私はずっと憂鬱なままだ。
両親に左右の手を繋がれ実家の食堂へと向かう道。なんとなく連行されている感じがしていた。
そして家に着き、席に座ったならば、意を決して言うしかない。
引き延ばしていいものでもないのだ。
「なにぃ!? い、い、家を出て行くだってぇ!?」
「どどどどうしちゃったの、ピーゾン!!」
帰って来た喜びから一転、家を出て行くという娘。
超が付くほど過保護な両親が取り乱さないはずがない。
こうなるのが分かっていたから言いたくなかったんだけど。
「私だってどんな職に就いても食堂のお手伝いするつもりでいたんだよ? でも【毒殺屋】は無理だよ……【毒殺屋】の働いている食堂とか誰も来なくなっちゃう……」
例えば食事をした人がお腹を壊したら真っ先に疑われるのは【毒殺屋】の私だ。
実際の原因は別であっても毒を入れられたのでは? と少しでも思われたら終わり。
あとは自然と噂話が広がって店は潰れるだろう。
文明レベルの低い世界で、しかも小さな村社会。
情報の入手手段が限られているこの世界での噂話は恐るべき拡散速度を誇るのだ。
私の事なんぞあっという間に広まるだろう事は想像に難くない。
「い、いや! でも、職の事を黙っていればいいだろう!」
「そうよそうよ!」
「神殿と国にはバレてるんだし絶対そのうち村中にバレるよ……それに固有職は王都で管理されちゃうから、どの道、村を出なきゃいけないんだって」
「そ、そんな……!」
国民全体の職の把握は数と住まいとかを登録すれば終わりだけど、固有職はそうはいかないらしい。
固有職は世界に一人しか居ない職。
だから国も手厚く擁護するし、管理も徹底する。
能力やスキルも分からなかったり特殊だったりするから野放しにも出来ない。
というわけで最低でも五年は王都で暮らす事を強要、義務化されるわけだ。
それにも抜け道のようなものがあって、例えば家を王都にして旅行名目でファストン村に帰ってくるとか、五年間の王都在住中でも特例的に国内であれば自由に動けるだとか、いくつか方法はあるらしい。
しかし私の場合、『過去に誰かが就いた事があって今現在は世界に一人の固有職』ではなく、『過去に事例のない新発見の固有職』らしい。
おまけに【毒殺屋】とかいう、名前からして物騒極まりない職だ。
国としては監視下に置きたいのではないかと思う。少なくとも私が国の立場なら危険物指定する。
そんなわけで、村で暮らし続ける事はすでに不可能。
仮に王都滞在義務を終え、数年後に村に帰ってくる事になっても、職的に食堂で働く事も不可能。
私のスローライフ計画は完全に詰んでいるのだ。
ではこれから先、どうして行くべきか。という現実的かつ建設的な話をしなければならない。
道はいくつかある。
固有職となった子供の進路として一番多いのが王都にある『国立職業専門学校』に入学する事らしい。
固有職の場合、入学金・授業料全て無料で特別なクラスに入る事が出来る。
貴族や金持ち商人など一部しか入れない学校に特別待遇での入学。固有職への特権だ。
ただしそれは国に飼い殺しにされるのと変わらないと私は思う。
確かに卒業後も国に仕えるエリートコースが確約されるらしい固有職だけど、未知の職に対する研究協力が義務化される。そんなのモルモットと同じでしょ。
おまけに【毒殺屋】とかいう暗殺者めいた職である以上、卒業後はホントに暗殺者として使われるかもしれない。暗部ルート不可避。いや、国に暗部があるのか知らんけど。
というわけで国に仕える系の進路は却下します。
そもそも学校に入ったら自由に里帰りも出来なさそうだしね。
となると王都に住みながら何かしら働かないといけないわけだ。
伝手もなし。そもそも王都に行ったこともなし。
そこで暮らすとなれば……
「やっぱ冒険者しかないかなぁ、と……」
「!! だ、だめだ冒険者なんて! 魔物と戦うんだぞ!?」
「危険よ! 冒険者なんて危険なことさせられないわ! 考え直してピーゾン!」
うん。私だって出来れば魔物となんか戦いたくないんだよ。
そりゃ確かに憧れはあったけど、実際に十年間も過ごしていればその危険性なんて嫌ってほど耳に入るわけだし。
この世界は戦闘職でない限り魔物と戦う事すら出来ないから、本当に被害が多いのだ。
こんな小さな村でさえ防衛手段である戦闘職は優遇される。
だからこそ戦闘職に憧れる子供も多いわけだけど。アルスしかり。
私は不自由な職とスキルしか得られない世界で魔物と戦うのが嫌だった。
仮に【剣士】になったとしても、決められたスキルで決められた装備で、やりこんだ『クリハン』のように戦闘出来るわけがないと。
下手すりゃゴブリン相手でも死ぬんじゃないかと、そう思ったからこそスローライフを望んだのだ。
しかし蓋を開ければ【毒殺屋】。
言いたい事は山ほどあるが、戦闘職である事は間違いないと思う。
この職、このステータス、このスキルで出来る事なんて限られているんだよね。
これで私が「人殺し上等!」な人なら迷わず闇ギルドとか行くんだけど、残念ながら人は殺したくない。
前世の倫理観は薄れてるけど躊躇いは当然のようにある。
まぁ闇ギルドがあるのか知らんけど。冒険者ギルドはある。
仮に伝手があって「戦う必要ないですよ」ってなっても普通のお店では働けないだろうし、そうなると独力で稼ぐしかない。
そんなわけで冒険者一択なんだよね、私の中では。
「それに冒険者なら拠点を王都にしとけば国内はある程度動きやすいし、村にも遊びに来やすいと思うんだよ。だから……」
「うぅっ……そんな……」
「うぅっ……ピーゾン……」
三人で抱き合ってしばらく泣いた。
私はこの世界に転生して初めて、本当の意味での『親の愛』というものを知った。
もちろん前世の両親にも感謝している。
ただ、産まれた時から意識があったせいで本当に辛かった。
何も喋れず、何も動けず、不安しかない毎日を支えてくれたのはお父さんとお母さんの愛情だった。
何もできない赤ん坊の私を世話してくれて、十年間も育ててくれた。本当に感謝しかない。
私の転生が前世と同じ地球の、外国のどこかだったとしても、すごく混乱していたと思う。
ましてや地球と全く違う異世界だったのだから、当時の私は精神状態が普通じゃなかったはずだ。自分でも分かる。
異世界転生なんて喜ばしいもんじゃない。とても怖くて、気が狂うほど混乱するものだ。
お父さんとお母さんが過保護気味に接してくれた事は本当に助かった。
この両親が居たから私は狂わずに済んだのだと、そう思うんだ。
お父さんもお母さんも、私に最大の愛情を持って接してくれている。
私も両親の事が大好きだ。
だからずっと一緒に暮らしたいと思ってたんだけど……。
うん、もう決めたんだ。
上京して恩返しする暮らしも、それはそれでイイじゃないか。
仕送りとかして、手紙とか書いて、時々里帰りして。
そんな暮らしも楽しそうじゃないか。
そう思う事にしたんだ。
……まぁ暗殺者めいた【毒殺屋】で魔物と戦う危険な冒険者なんだけど。
ささいな事です。
……ささいな事です。
ファストン村は数十人規模の小さな村です。
ジオボルト王国南部、大都市オーフェンのさらに南。
大街道からも外れ、たまーに冒険者が来るくらいの辺鄙な村。
その中で唯一の食堂がピーゾンの実家です。