1-4:あの時の事とそれからと
■ピーゾン 【毒殺コーポレーション】 17歳
七年前、ガメオウ山を拠点に帝国の魔物使い集団【幻惑の蛇】とかいう連中が仕掛けた作戦。
魔物を操り、魔物を増やし、凶悪なスタンピードを人為的に作り出すというもの。
オーフェンを潰し、その流れで王都に向かわせる。
それは帝国との国境にあたるティンバー大砦から王国兵を王都に引き揚げさせる為の陽動だったわけだが、その作戦を実行する前に私たち【輝く礁域】が攻め込んだ事で、未然に防ぐ事が出来た。
それ自体は確かに『英雄』と呼べる働きだったかもしれない。
少なくともDランクパーティーで挑む相手じゃなかったし、想像以上に強い魔物のオンパレード。連戦に次ぐ連戦だった。
ただ私たちは名を売りたいわけじゃないし、むしろこれ以上目立ちたくないという気持ちの方が強い。
じゃあ動物モフモフシリーズ着るなというツッコミは受け付けませんのであしからず。
特にリーナを目立たせるわけにはいかないと、これは国王も私たちも思っていた事だ。
王国一の美姫を最前線で戦わせ英雄とする。
確かに民衆にとっては良いニュースになるだろうが、どう見ても不利益の方が大きい。
リーナは益々狙われるだろうし、私たちも含めて生活しづらくなる。街を歩けないだろう。
国王としても溺愛する我が娘を英雄的象徴のように扱われるのは嫌だ、と。
そんなわけで国王は即座に緘口令を布いた。王都とギルドを中心に。
しかし私たちが解体して持ち帰った素材がまずかった。
グラトニースライムのゼリーや、クリスタルゴーレムの水晶、ユグドレントの木材など希少すぎる素材。
果ては千剣竜を魔法の鞄と<ロングジャンプ>を利用して全て持ち帰ったのだ。
ドラゴンなど、仮に討伐できても、死体を発見しても、その一部が持ち帰れれば大戦果。だと言うのに全てを持ち帰ったのだ。
一部は王城で保管となったが、そのほとんどがギルド経由で方々に売られる。
そして噂と共に広まる事になる。
いくら国王が緘口令を布いても、噂を完全に止める事など出来ない。『火のない』どころか素材という『火』があるのだから。
私たちが一月近い馬車旅の果てに王都へと戻って来た時には、すでにギルド内では「【輝く礁域】がドラゴンやら何やら狩って、オーフェンを救ったらしい」という噂は蔓延していた。
ギルドマスターのリムリラさんはそれを受けて、私たちを即座にSランクにした。六人全員だ。有無を言わさず。
国を救うほどの活躍をしているのにDランクとは何事だと方々から言われない為というのもある。
そしてSランクともなれば今以上にアンタッチャブルな存在となり、余計なちょっかいをかけられないだろうという期待も込めて。
まぁリーナが居る時点で絡んで来るような馬鹿はいなかったわけだけど。念の為だね。
一方で国としては、緘口令を布いたものの『救国の英雄』の英雄譚が歌われるのを止められるはずもなく、事実をある程度隠匿した英雄譚を出版させるくらいしか手立てがなかった。
それでも私たちの素性や、帝国暗部の情報などは隠し通せたかと思う。
まぁ私がファストン村で話したり、オーフェンやサルディ、スーコッドで領主さんに話してしまったから完全に隠したとは言えないが、少なくとも一般庶民には隠し通せた。
そういったわけで、【輝星の六姫】とかいう英雄譚が生まれたのだが、王都に住んでいる人やギルドの連中にはもれなく私たちの事だとバレている。オーフェンのギルドにもバレている。
他街とかだと意外とバレていない、というか元々私たちの事を知らないのでバレようがない。
英雄譚ばかりが独り歩きしている状態だ。
ちなみに、ポロリンが「なんで【六姫】なんです!?」と抗議したが余裕で却下された。
むしろ素性がバレずにすんで良かったじゃないか。
まぁ今は実家で働いているからお客さんは素性がバレているオーフェンの冒険者なんだけども。
♦
ともかくそんなわけでプレリスちゃんが英雄譚を知っていて、私たちの事を知らないというのも分かる。王都に来たばかりであれば尚更だ。
「こう見えて王国に六人しか居ないSランクの一人だ。しかもそのパーティーのリーダーがこのピーゾンなのだ。こう見えてな」
「えぇぇ……」
ミルローゼさん、だからなんで二回言うんです?
なんか私に恨みでもあるんですか?
「で、君がそのピーゾンを倒すほどの力を秘めていると言っている。ピーゾン、それは本当か?」
「えーとですね、私の知る限りですけど、私が本気で戦ったとして負けそうなのはリーナ、ネルト、アロークのおっさんの三人です。あ、ミルローゼさんすいません軽視しているつもりはないですよ? 相性の問題で」
「分かっている。私とてピーゾンに勝てるとは思っていない」
ミルローゼさんの【ホーリーセイバー】については大体掴んでいる。スキルまで詳しくは知らないけど。
攻撃特化のパラディンというか、近接攻撃型の神官というか、かなりカッコイイ職だ。
一撃の強さで言えば私など足元にも及ばない。まぁ毒らせれば別だけどね。魔剣性能である程度はいけるし。
剣技の方も騎士っぽいちゃんとした剣筋だし、少なくともAランク相応なのは間違いないだろう。
とは言え剣vs剣で戦えば私はおろかリーナにも負けると思う。主に敏捷の差だ。ステータスの差を技術で埋めきれないだろうと。
そんなわけで私とミルローゼさんが戦えばまず間違いなく私が勝つ。
でも、ネルト・リーナ・アロークのおっさんに関してはスキルが凶悪すぎる。
私が毒や剣技でどうこうする前にスキルで対処されれば為すすべなく負けるんだよね。
サフィーには何とかやりようもあるんだけど。ポロリンとソプラノには勝てるはず。
そんな事を言っていると、受付からネルトが口を挟んできた。
「んー、私がピーゾンに勝つはずない」
「いやいやあんたやろうと思えば勝てるでしょうが。ネルトとリーナは強さの次元が違うんだよ。ガチだったら負けるね」
【ニート魔王】じゃなくて【ニートの魔女】時代でも負けるはずだ。
空に一緒に転移して、自分だけまた転移で逃げるとかね。それだけで私は何も出来ずに死ぬ。
<ルールシュレッド>で一撃死を狙ってもいいし。
私はミルローゼさんとプレリスちゃんに向き直った。
「話を戻すと、それくらいの可能性を秘めている……と私は見ています。同時になるべく早く、能力を身に付けさせた方が良いとも」
「つまり学校は勧めないと?」
「調べるだけだったら最適ですけど、身につけるのに時間が掛かりすぎますからね。と言うか学校の先生たちにしても【重魔導士】は理解不能でしょうし。取っ掛かりを掴むまでに事故りそうです」
「となるとうちのクランで預かった方が良いか」
「その前に本人の気持ちを確かめないと。プレリスちゃん、貴女はどうしたい? 将来なりたいものとか、やりたい事とかある?」
正直、学校は勧められない。将来的に研究材料になりそうだ。プレリスちゃんを前にそこまで言えないけど。
重力っていう概念自体を調べるはずだから五年で済むとは思えないし。
五年間の王都滞在という義務が終わった時、プレリスちゃんは何をしたいのか。
戦闘職になったのだから冒険者として成功を収めたいのか。
【重魔導士】という職を利用して何かしらの仕事に就きたいのか。
そういった将来の夢みたいなものがあれば聞きたい。
これで「固有職の魔導士になったから国の魔導士団に入りたい」とか言うと、冒険者じゃなくて学校の方がいいかなーとなるし。
そんなわけで振ってみたのだが……。
「えっと、その……出来れば、図書館の司書さんになりたいです」
「ははっ、いいねー! それはいい夢だ! 私は応援しちゃうよ!」
思いがけず十歳らしい夢が出て来て嬉しくなってしまった。
プレリスちゃんの実家は本屋さんらしい。本が好きで、毎日本ばかり読んでいたと。
もちろん実家の本屋さんを継ぐのも目標ではあるのだが、夢となれば『図書館の司書』だと。
せっかく王都に来たんだからね。王都の図書館は大きいから興味があるんだろうなー。他の街じゃ図書館なんてないし。
そうなれば相談所として提示出来る進路は一択だね。
「んじゃその為にはやっぱり学校は却下だ。自分の夢を掴む為には、国に借りを作るような真似はしちゃダメだね。卒業しても司書になれるか分かんないし」
「えっと、じゃあ冒険者になるべきだと……?」
「ただ冒険者になるだけでもダメだね。五年間冒険者やって、その後の自由を得る為には有無を言わせない力をつけないと」
「有無を言わせないって……」
固有職の戦闘職が冒険者となった場合、五年を越えても冒険者で居る事がザラだ。
やっと自分の能力を利用して冒険者活動が順調に行き始めたってくらいだからね。
国としてもレベルアップを図って魔物討伐はして欲しいだろうし、なかなか五年だけで冒険者をやめるってのは難しい。
そこで「私、冒険者やめて司書になります!」と言えば「職の解明の為にもレベル上げは継続してくれませんかね?」となってしまう。国も【重魔導士】の詳細を把握しておきたいのだ。
私たちの場合はあの面子だったから無茶できたわけで、ソプラノにしてもあの当時二五歳でLv41とかだったと思う。
その後Lv50で転職してまた調べる所から始まったわけだ。
固有職の戦闘職っていうのは生涯国に管理されているようなものなんだよ。
なんやかんや魔物を倒してレベルを上げて、管理局に報告しないといけない。
五年の義務を終えても少なからず縛られるものだ。普通ならね。
だから五年後に国から何も言われず、自分の望みの生活を送りたければ、それはもう力と実績を得るしかない。
派生職を含めてレベルカンスト、全スキルの情報提示くらいの意気込みでやるしかない。
まぁ普通は無理だけどね。よほど個人の才能があって使える能力じゃないと。
ただプレリスちゃんは出来る可能性があると思う。
重力を理解し、それを使いこなせれば、相応の力と実績を作れるはず。
「ミルローゼさん、プレリスちゃんが冒険者になるとしたら【唯一絶対】に入るんですよね?」
「その方が良いとは思っている。もちろん彼女の意思次第だが」
「だったらその前に一週間、プレリスちゃんを貸してくれません?」
「「え?」」
『固有職専門相談所 ホワイトラビット』はただの悩み相談では終わらない。
進路を提示して、それだけで放り投げるわけにはいかない。
使いようによっては危険だからね。【重魔導士】ってのは。
だからせめて、とっかかりくらいは手助けしてあげないと。
最初に重力について詰め込めるだけ詰め込めば、あとはミルローゼさんに任せても大丈夫なはずだ。
「プレリスちゃん!」
「は、はい!」
「貴女をAランクにするよ!」
「は…………ええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ポロリンは【輝星の六姫】にて超美人の盾役として描かれています。ご愁傷さまです。




