1-2:相談所ホワイトラビットへようこそ!
■ピーゾン 【毒殺コーポレーション】 17歳
「おはよー、ネルト」
「ん。おはよ」
住み慣れたファンシーな自室から一階の食堂へ行くと、すでに食欲魔人がスタンバってた。
今か今かと朝食を待ち望んでいる。今朝も平常運転です。
「ウェルシィちゃんもおはよー」
「おはようございますー」
紺色の髪にクリクリしたお目めの女の子。非常に小柄で可愛らしいがこう見えて十九歳。年上だ。
しかし私はタメ語だし、ウェルシィちゃんは敬語だったりする。違和感はない。
ウェルシィちゃんは今の仕事仲間で、私たちと同居している。
所属は職管理局。れっきとした局員さんだ。
私とネルトは一応冒険者ではあるものの、今は職管理局の方でも兼任という形になっている。
そっちの仕事は主に固有職の人に対する相談というかアドバイスというか。
まぁパーティーメンバーに対してアドバイスとかしていた事の延長だね。
王都で暮らす中でパーティーメンバー以外にもアドバイスする機会があったし、アロークのおっさんからも「お前もうそれ仕事にしちゃえよ」的な事を言われ今に至る。
パーティーホームの庭に事務所を建てましてね。そこを『固有職専門相談所 ホワイトラビット』としている。
屋号に関しては、私が『白ウサギ』として定着しすぎてしまったが故の弊害だ。
いやこれでも抵抗した結果なんだよ? 最初は『ピーゾン相談所』にしようとか言われてたし。そんなの嫌に決まってる。
ともかく職管理局めいた仕事をするにあたり、私とネルトも一応局員として席を置き、姉妹店のように細々と営業しているのだ。
で、ウェルシィちゃんは事務員や書記官といった立ち位置で働いてもらっている。
「エルマさんおまたせー」
「おはようございますピーゾン様。只今配膳いたします」
厨房から顔を出したのはエルマさん。二五歳のメイドさんだ。うちの家事全般をお願いしている。
元は王城で働いていたメイドさんだったんだけど、実は【SGHK】とかいう意味不明な固有職でね。非戦闘職だけど。
んで、リーナ経由で色々と話す機会があってうちにヘッドハンティングしました。
非常に有能なメイドさんです。王城では抜けた穴を埋めるので大変だっただろう。
そんなわけで今はパーティーホームにこの四人で暮らしている。
以前は六人で住んでいたから少し寂しく感じる事もあったけど、さすがに慣れてきた。
まぁお客さんが来たりもするしね。部屋は余らせておいた方がいい。
あ、先に私の職について説明しておこう。あんま触れたくないんだけど。
今の私の職、【毒殺コーポレーション】とかいう謎すぎる会社はLv50でカンストしています。しかも最上位職だったらしくこれ以上の転職は不可らしい。
【毒殺屋】から始まって、何とか物騒すぎる職を解消しようと頑張って転職したが【毒殺屋本店】。
そこでも荒れたわけだが、さらに頑張ってLv50まで持っていき転職した結果が【毒殺コーポレーション】。
まー荒れたね。毒殺屋が本店だけに飽き足らず、海外進出まで目論んだのかと。
だったら『毒殺』を何とかしろよと。『ポイズンなんちゃら』とか『ベノムなんちゃら』とかにしろよと。そっちのがまだマシだ。
そう職業神を脳内で散々こき下ろした。何百回「バーカ!」と言ったか分からない。
それでも希望を捨てずにLv50まで持っていったが転職不可。これ以上の変化は望めないと。
もうさすがに諦めました。
実家の食堂にも戻れないという事で、こうして王都で商売をしているわけですよ。
「もぐもぐもぐもぐ」
尚、目の前で三人前食べている食欲魔人は【ニート魔王Lv50】で打ち止め。
魔王様は強すぎるから仕方ない。むしろ私が二回転職可能だった事が珍しいらしいし。固有職的には。
ともかく私もネルトもレベルを上げる必要がないので遠征に行って強い魔物を倒したり、ダンジョンに潜ったり、いわゆる冒険者らしい活動というのはほとんどしない。
第一【輝く礁域】もバラバラになって今は二人しか居ないわけで、ダンジョンなど以ての外である。
もっと言えば六人での活動中に王都内の四つのダンジョンも制覇したし、調子に乗って『禁域』も制覇した。
未だに『禁域』制覇を為したのは我々だけである(ドヤ顔)
お金もあるし、今さらダンジョンに潜るメリットはないね。
冒険者らしい活動と言えば、ギルマス――リムリラさんに頼まれて仕事をしたり、王城絡みの指名依頼でちょっと働いたりするくらいだ。
どちらかと言うと固有職の相談役の方が多い気がする。
そんな感じで望んでいたスローライフに近い生活をしているわけだが、この日はその相談所の方に来客があった。
チリンチリンと扉につけられた鈴が鳴り、相談所に入って来たのは【唯一絶対】のクラマス、ミルローゼさんと、彼女に連れられた女の子。茶色のおさげ髪の純朴そうな娘だ。
ミルローゼさんはもう現役を退いていい年齢のはずだが、未だに【唯一絶対】のクラマスをしている。
さすがに第一線というわけではないらしいけどクランを立ち上げた者の責務だとかで、まだまとめ役をしている現状だ。
【唯一絶対】は大所帯すぎるからなー。
私もよく分かってないけど百人くらいはいるはずだ。中小企業の会社かよ、と。
で、その会社の社長さんはどっしり腰を下ろさず、今日もギルドに出勤。ご苦労様です。
「ん。いらっしゃい、ミルローゼ」
「久しぶりだな、ネルト。その様子だと私が来ると分かっていたようだな」
「とーぜん」
うちの魔王様の<グリッド>は何でもお見通しさ!
まぁ常時使ってるわけじゃないし距離的制限もあるけどね。たまたま見てたって事でしょう。
ネルトには一応仕事と言うか、相談所の入口で受付のような事をしてもらっている。
来客は少ないからほとんど座って索敵しているだけのようなものだけど。
ミルローゼさんと一緒に入って来た娘は「うわぁ……」と中を見回している。
うん、大抵の来客はそうなるね。相談所の中もファンシー化しているからね。私の趣味で。
「お久しぶりです、ミルローゼさん」
「ああ、ピーゾンも壮健そうで何よりだ」
「とりあえず座って座って。ウェルシィちゃーん、お茶よろしくー」
「はいー」
少女は私の恰好にビックリしているようだ。すまんね、こんな白ウサギで。
ちなみに私のウサウサシリーズもネルトのネコネコシリーズも二代目である。性能が上がっている。
性能を上げて尚ウサギのままなのは、偏に私の趣味である。マリリンさんの趣味でもある。
私は二人の向かいのソファーにかけた。ネルトは受付のままだ。
「んで? その子は【唯一絶対】の新人さんですか?」
「いや、王都に来たばかりで拠点変更している所で知り合った。まだ学校に行くか冒険者になるのかも決まっていないそうだ」
「へぇ、それで私のトコに進路相談? そんなアレな職なんです? ……ってこれは本人に聞こうか」
王都に来たばかりの新人をここに連れてくるのは珍しい。ミルローゼさんに限った話ではなく。
というのも、この相談所と私たちの装備が『王都の最先端』を行き過ぎていて、他の街から来る人だと面食らってしまう、カルチャーショックを受けてしまうという理由。
それと私という存在が王都の中で大きくなりすぎたという理由もある。
なるべく広まらないよう国王やギルドには頼んだが、さすがに王都の住民には知れ渡っている。
「一番有名な冒険者は誰か」と聞けば私かリーナかソプラノの名前が出てしまう。
まぁリーナは『王女』イメージが強いし、ソプラノは『聖女』イメージが強いから、私が第一に挙げられるかもしれないが。
そんなわけで新人さんでも、ある程度王都に慣れてから相談に訪れるというのが多いのだが今回はどうも違うらしい。
私は少女を見て話し始めた。
「初めまして、私はピーゾン。この相談所の所長をやっているよ」
「は、初めましてプレリスと言います。宜しくお願いします」
「そんで一応聞くけどプレリスちゃんは固有職なんだよね?」
「は、はい」
「ははっ、身構える必要ないよ。お茶でも飲みながら話そうよ」
やはり緊張気味だ。
初めての王都、初めて目に触れる異文化だもんね。
厄介な固有職になっちゃって不安なのかもしれない。
「一応この相談所は職管理局の管轄でね、ウェルシィちゃんもれっきとした局員なんだよ。私とそこのネルトも固有職担当員と同等の権限を持ってる。だから管理局に来たつもりで気楽にしてね」
「は、はぁ」
「本来ならミルローゼさんは席を外してもらわないと込み入った話も出来ないんだけど……どうする? プレリスちゃん、ミルローゼさんと一緒の方がいい? 秘密にするかしないかはプレリスちゃんが決めていいよ」
「えっと、はい、出来れば一緒に居て欲しいです。ご迷惑でなければ……」
「私は構わん。乗りかかった船だしここまで連れてきた責任がある。もちろん情報を漏らす事はしないと約束しよう」
「オーケー。んじゃこのまま話しましょうか」
ミルローゼさんとは付き合いも長いしやたら吹聴するような人じゃないと分かっている。
ただでさえ固有職ばっか集めたクランのクラマスだからね。固有職の厄介さや何やかんやは誰より実感しているでしょう。
「まずは職の名前を聞こうかな」
「はい、えっと【重魔導士】って言うんですけど……」
「…………」
…………ほほう。
【毒殺ドットコム】と迷った。