144:切り札の一つを使わざるを得ない状況になりました
状況を把握。
後方、盆地の入口ではグリフォンを討伐済み。
フレスベルグ五体のうち、一体討伐、一体石化、三体をサフィーと、今はネルトも加わって戦闘中。
ここに陣を据えて戦いたい、というのが理想だ。
右手、グラトニースライムは瀕死……だと思う。
5mほどあった巨体も、今は2mほど。
動いてないけど、とりあえず余分に<枯病毒>の<毒弾>を撃っておこう。ほいほいっと。
正面、サンダーライガーは一体をポロリンが討伐もしくは気絶。
ソプラノの<ハイキュアバブル>は効果がなかったみたいだが、ポロリンの<魅惑の視線>は効いたらしい。
現在、一体が混乱中でもう一体と喧嘩中。
残り二体をそれぞれポロリンとリーナで相手をしている。
「ソプラノ! ポロリンとリーナをよろしく!」
「はいっ!」
これで良し。回復さえ怠らなければ、ポロリンの防御は破れないし、リーナは回避出来る。
サンダーライガーは雷が厄介すぎるけど、多分HPと防御が低い。
痛みに耐えつつ近接攻撃を入れられるなら、倒すのは容易いはずだ。
正面に陣取っていたケルベロス、フェンリル、マンティコアは、今は崖沿いに離れて配置されている。
三角形を作るようにしているが、私たちが入口付近に陣取りつつある為、徐々に狭めて来ている。
私たちにとってはこの三体のうち一体だけでも、他のAランクの連中に比べて戦いにくいと踏んでいる。
獣特有の攻撃力と素早さはもちろんだが、それぞれ炎・氷・風と毒の攻撃手段を持っているらしい。
私たちは魔法とか範囲攻撃に弱いのだ。
だからグリフォンが近接に徹してくれて助かったのだが、この三体はかなり厳しい戦いになるんじゃないかと。
今は様子見してくれているが、いつ襲って来てもおかしくはない。
出来れば早くにフレスベルグを倒して陣地を確保したいし、残っているもう一体のAランクをさっさと処理したい。
私が向かっているのは左手のユグドレント。
大樹の幹が捻じれて作られたような、人を模した巨人だ。体高は5m強。
ネルトの<念力>の邪魔がなくなったのを切っ掛けに、大きな歩幅でこちらに向かってきた。
「<毒弾>!」
完全に近づく前に先制の<毒弾>。もちろん<枯病毒>だ。他の毒が効くとは思えないし。
放たれた<毒弾>は巨大な体躯に当然当たる……が、やはり効果は薄いっぽい。
スライムはほぼ水分だからよく効いた。おそらくゴーレムには全く効かない。
じゃあ大樹の巨人は……と思ったが、案の定効いた様子はない。
木って人間以下の含水率なんだろうし、巨人に青々とした葉なんかないし、下手すると最初から枯れ木の可能性すらある。
ダメ元で撃ってみたけど、幹のような体表が少し変化するくらいで他に変化はなし。
うん、これ以上撃つのはやめよう。
「オオオオォォォォオオオ!!!」
喋れたのか! 顔とか適当な造りなのに!
という驚きと共に、巨人は薙ぎ払うように右手を回してきた。
動きはかなり遅い。しかし腕と手を形成していた幹は、枝となり蔦となり、たちまち何十本もの鞭のように襲い掛かる。
「うおっ! そういう事!?」
遅いから避けられるが、その数は多く、そして蔦は伸びてくる。
そこから始まる巨人の連続攻撃。左手も同じように変化させつつ攻撃し始めた。
なるほど近づくとこんな調子になるわけか。ネルトが遠目でつまずかせてたのは正解だったんだね。
――ま、私には関係ないけど。
巨人の両手から伸びる枝やら蔦やらは確かに厄介で、数も多い。
鞭打のような薙ぎ払いは痛そうだし、蔦に掴まれたりもするんだろう。
んで私はそれを避けつつ足元まで行っちゃうわけだ。
んで足踏み攻撃してきたりするけど躱して斬っちゃうわけだ。
――ガンッ!!!
「硬っ!」
斬ってみたけど思った以上に硬かったわけだ。
感覚はミスリルとかの鉱石系じゃなくて確かに木材なんだけど、めちゃくちゃ硬い。
しかし私の得物は幸か不幸か……八割方不幸な事に、大鉈である。
相手が木であれば適した武器なのではないかと。
斧には劣るかもしれないが剣よりも上なんじゃないかと。
そんなわけで攻撃を避けつつ、足首ばかりを斬りつける。
デカい相手を攻めるには末端からってこれ決まり事だし。
……まぁそこしか斬れないんだけど。デカいから。
と考えながら、とにかく繰り返す。
割と近くに居るケルベロスとかが来られると困るから、なるべく早く倒したい。
とは言えさすがはAランク。大樹の巨人ユグドレント。
攻撃は激しく、防御力も高く、かなりタフ。同じBランクのロックリザードを彷彿とさせる。
正直私だけでは時間が掛かりそう。
毒が効かないと私の魔剣の攻撃力の低さが気になるんだよね。
こいつこそサフィーの<火遁>が良いと思うんだけど……鳥の方はまだかなぁ。
――などと呑気に考えている場合ではなかった。
――そこから約十秒の間に、戦況は瞬く間に変化した。
まず、ポロリンとリーナがサンダーライガーを全て倒し終わる。
混乱から復帰したヤツを順々に相手したらしいが、かなりダメージをくらったらしく、現在進行形でソプラノの回復を受けている。
ほぼ同時に後方のフレスベルグが全滅。
サフィーの攻撃に加え、ネルトの<念力>で叩き落としたりもしたらしい。
元々<火遁>で削っていたのもあるだろう。
そしてサンダーライガーが倒れたのが切欠となったのか、崖際の三体が勢い良く迫って来た。
私が相手しているユグドレントは未だ健在。
つまり、やっと私たちの陣地となった盆地の入口に、ユグドレント、ケルベロス、フェンリル、マンティコア、四体のAランクが襲い掛かってきている。
約十秒の間に忙しなく上がったり下がったりした私の感情。
瞬時に導き出した結論は――「こりゃマズイ!!!」という危機感だけだった。
陣地に一番近いのは私が戦っているユグドレント。
しかし両翼のケルベロスとマンティコアも迫っている。
一番遠いのがフェンリルだが、こちらの陣地に辿り着くのはほぼ同時だろう。
というか三体とも口から炎やら冷気やらチラつかせ、「ブレス吐くぞ!」と宣言しているようにも見えた。
同時に仕掛けられ、同時にブレスを吐かれようものなら、これはもう壊滅必至だ。
咄嗟に打てる手は二つ。
一つはネルトに集まって<ロングジャンプ>による緊急避難。安全確実な方法だ。
……しかしここまで来て、今それをやるわけには……。
チラッとソプラノの隣に居るアロークのおっさんを見るが……まだか。
というわけで一時凌ぎ且つ厳しい方を選択した。
「ソプラノ踊って! 全員集合! 各自回復を!」
「わ、分かりました! <泡姫の舞>!」
私はユグドレントから無理矢理離れ、陣地に退却。
四人もソプラノの下へと集まり、ポーションやスタミナ回復剤をすぐに使う。
<泡姫の舞>はソプラノを中心とした半径10mほどのバリア。
魔物が近づく事も出来ないし、ブレスも完全に防ぐ。理不尽なほどの性能を誇る結界だ。
しかし踊っている間はMPが減り続け、ソプラノは踊る以外に何も出来なくなる。
バリアの中から攻撃し続ければ楽だが、そんな長時間踊り続けるほどMPに余裕はないし、私たちもバフがない状態で戦わなくてはいけなくなる。
だからあくまで一時的。この場を何とかする為だけのバリアに過ぎない。
「ごめんソプラノ! あと十秒いける!?」
「はいっ! 何とか!」
スタミナ回復剤とMPポーションを飲みつつ、頭の中で瞬時に作戦を巡らす。
ちらりとおっさんを見る……あと少し、そう目で訴えてきたので頷いて返した。
「よし! 気合い入れて意地でもぶっ倒すよ! サフィーはユグドレント! <火遁>中心で! 終わったらケルベロス!」
「了解ですわ!」
「リーナはケルベロス! 張り付いてなるべく後ろ向かせるように!」
「はい!」
「ポロリンはマンティコア押さえて! 毒と風魔法を無視して防御のみ!」
「は、はいっ!」
「ネルトはユグドレントを転ばせるのと、ケルベロスの炎に<念力>盾! サフィーとリーナを助けてあげて!」
「ん」
「ソプラノは踊り終わったらまず自分の回復! それ以降はバフより回復優先! 可能なら私とサフィーに<マジックバブル>とポロリンに<レジストバブル>を!」
「はいっ!」
「よし! ここからはラウンド2だ! 行くよ! 【輝く礁域】作戦開始!」
『おお!!!』
私たちが集まって回復し作戦を伝えている間にもAランク四体による攻撃は続いていた。
その全てがバリアによって防がれている事に疑問を持ちつつ、それでも尚攻撃の手を緩めない様子だ。
ケルベロスは炎を、フェンリルは吹雪を吐き、近距離でぶつかる事で煙幕のように水蒸気が立ち込めている。
マンティコアは尻尾が蛇になっており、その蛇が毒のブレスを吐くらしい。獅子の方の風ブレスは吐いていない。同時に吐けないのかもしれないが。
ユグドレントは殴ったり蹴ったりしている。しかしすぐ隣のケルベロスが吐いた炎でダメージを受けたらしい。
そのまま同士討ちしてくれると助かるが、どうやらそこまで都合良くはいかないようだ。
炎に怯んだ後は、少し移動してまたバリアを叩き始めた。
ソプラノの<泡姫の舞>が切れる寸前、私とリーナ、サフィーが飛び出した。ポロリンもマンティコアの目前で構える。
ブレスの切れ間を狙ってくれたらしく、そこでバリアが消えた。
無理してもたせてくれたんだろう、ナイス泡姫。
私は振り返る事なく、フェンリルに突貫。
【魔鉈ミュルグレス】を振り上げ正面から斬撃を――と思ったが、ひょいと華麗な動きでフェンリルは私から距離をとった。
密集しないのはありがたいけど……こいつ強いな……。
白銀の大狼は姿勢を低く、ただ私を見据えている。
驕りもなければ油断もない。捕食者のはずの狼が、私にはまるで真剣を構えた”侍”に見えた。
まぁ、関係ないけどね。私はただ戦うだけだ。
魔剣を右肩に乗せ、左手をピストルの形で前へ。そのまま再度突っ込むのみ。
「<毒弾>!」
ユグドレントさんはダクソ2の最後の巨人イメージ。
Aランク四体同時というのはAランククランでも撤退するレベルだと思います。
ストレイオさんやミルローゼさんたちに勝てるイメージが沸かない。