136:どこもかしこも疑念だらけのようです
■マニュエズ 【幻惑術士】 35歳
「――ってわけで、あっさり壊滅でしたー」
「す、すみません、私の力不足で……」
アジトへと帰って来たイグルとプラティからの報告は、なかなか衝撃的だったと言って良いだろう。
鳥だけの監視を良しとせず、二人を自ら行かせた甲斐がある。
色々と注目すべき事は多い。
第一にはその戦闘力、殲滅速度。力量はAランク相当と見た方が良いだろう。
固有職も抱えているらしく、いくつか未知の攻撃手段を用いていたようだが、それを差し引いても剣技や体捌き、連携を伝え聞く分には相当の手練れと見える。
第二に装備。武器は最低でも魔剣を三本は持っている。
大剣、短刀、篭手。杖も柄は黒いらしいが、動物のカバーが付いているらしくよく分からない。
一本でも持っていれば目立つというのに、一つのパーティーで何本も持つなど異様以外の何物でもない。
異様と言えば防具もだ。
女六人が揃って動物装備を身に纏い、その下に着た軽装もまた揃っていると。
学院の制服じゃあるまいし、職を無視した装備など……まさか王国が開発したと?
いずれにせよ動物装備の時点で目立ち過ぎる恰好なので、仮に有力冒険者であればBランク以下であろうと情報が入らないはずがない。
しかし冒険者であるというのが一番可能性が高いという矛盾。
そこもまた不可解な所だ。
第三に七人の陣容。これがまた頭を悩ます。
まず犬の装備とエプロンを身に付けた短剣使いの軽戦士。これがダンデリーナ王女ではないかと。
伝え聞く情報、似姿、共にダンデリーナと一致するが、こんな場所に居るわけがないと私も思う。
ただ仮に本物だとすると、これは絶対に捕獲、もしくは殺した後、死体を入手すべきだ。
ある意味、スタンピード以上に有力な王国への対抗手段になりうる。
それと羊装備の回復役。
イグルたちは気付いていなかったが、もしかすると【七色の聖女】かもしれない。
装備に惑わされるが、容姿が似ていて回復職となると、その可能性が高い。
これも仮に本物だとすれば、殺しておいた方が良いだろう。王国にとっては確実に痛手だ。
最後に唯一の男。ただ一人装備も性別も雰囲気も、何から何まで違う男。
私はその男の容姿を聞いて、まさか、と思った。
十三年前、私の左目を奪った男と似ている気がした。
ヤツの固有職【操糸者】の主武器である糸までは確認出来ていないが……。
仮にヤツがあのアロークだとした場合、あの六人は冒険者ではなく暗部【幻影の闇に潜む者】に属するという可能性もあるが……あんなに目立つ暗部など存在しないだろう。
密偵ではなく強襲部隊だとしても豪華な馬車で来る意味がない。
もっと言えば、ダンデリーナ王女と【七色の聖女】が本物だとして暗部に属するわけがない。
まぁダンデリーナ王女が冒険者というのも理解出来ないが。
逆に言えば本物であるとした場合、その男はアロークではないという事か……?
ふぅ、いかんな。
未だに私はアロークに固執しすぎているらしい。
私情を入れて敵を見誤ってどうする。
「七人は帰還せずに、こちらに向かって来るのだな?」
「そうみたいですねー。ろくに休憩もせずに剥ぎ取りだけして来るみたい」
「うぅぅ、私の子たちの魔石が……」
「とりあえずは一定の迎撃で継続だ。フロストンとプップルにはすでに伝えてある」
「んじゃ私はまた鳥を飛ばしておきますねー」
ふむ、出来れば私自身の目で確認したい所だが……。
七人を確実に屠る為にはもう少し情報が欲しい所だな。
■ピーゾン 【毒殺屋】 10歳
エルダートレントってBランクらしいですよ。
まぁ普通のトレントがDランクだから相応なのかもしれないけどさ、エビルクラーケン以上にデカかったからさ、しかも木だから毒なんて効かないだろうなーなんて思ったりしてさ、私はかなり気合いを入れて臨んだんですよ。
でもさ、Bランクってロックリザードとかオークキングとかデュラハンとかも居るけどさ、下位にはリザードキング(リザードマンの親分)とかも居たりしてさ、かなり強さの幅がある印象でさ。
まぁ、何て言うか、下位……だったんでしょうね、エルダートレントさん。
あんなデカい図体して。
途中からリーナとサフィーも加勢してくれて、ソプラノもバフ投げてくれたのも大きいんだけど。
結局ポロリンとネルト、おっさんは見学して終わった感じ。
広場の戦闘全体で見ても、思ってたより時間も掛からなかったなーと。
まぁ数は多くても雑魚ばっかだったからね。
誰かの作為なんだろうけど、こっちを甘く見てくれたって事かなーと思います。
「一応言っておくとお前ら全部おかしいからな? 六人だけで【唯一絶対】全部と同じようなもんだから」
などと変質者が意味不明な供述をしているが、さすがにそれはないでしょう。
ミルローゼさん一人だって相当強いの知ってるし、全部で何人居るのか知らないけど、イカ戦だけでも二〇人弱居たしね。
私ら六人しか居ないから、殲滅力や対応力は負けるんじゃないかと。
ま、ともかく広場の襲撃も終わり、<ホークアイ>やおっさんの糸で調べても追撃も偵察も居なさそうなんで、そのまま進みます。
どうやら山に入る前の最終試練的な感じで広場が作られていたらしく、少し進めば徐々に勾配が出てくる。
つまりはガメオウ山に到着したという事だ。
周りは相変わらず森ばっかだけど。
広場が作られた事で元々あった山道(のような獣道ルート)も潰されたのかと危惧していたけど、無事に元の道を見つける事が出来て一安心。
一応周囲を見つつ、モーブビィさんから教わったルートを通って進む事にした。
【銀の鎖】はここまで魔物が増える前の段階で、山の下腹、今私たちが歩いている森林地帯まで来て、本来山頂付近に居るはずのトロールを見つけ、引き返したらしい。
トロールはBランク。モーブビィさんと同ランクだから戦えそうなものだが、数が多かったのかもしれない。
実際に私たちが歩いていると、相変わらずダンジョン並み――それも氾濫後の『禁域』並みの遭遇率で魔物と戦うはめになる。
普通にオークやスライム系も居るが、マッドゴーレムはストーンゴーレムにパワーアップしてるし、Dランク以下を見る事がだいぶ減った。
今の所強いと感じるのは、オーガの群れやオーフェンでも現れた黒狼王とブラックウルフの群れ。
オーガに関しては単純に強い上に、そこそこ頭が良い。集団で連携してくるから困る。
やはり亜人系統なら最高峰の種族じゃないかと。トロールとかは巨人系統だから別ね。
黒狼王に関しては、オーフェンでも思ったんだけど、どうして″王″が複数同時に群れを成しているのか、本当に疑問だよ。
キングってのは群れに一体じゃないのか?
どの種族だって普通群れに一体でしょ、キングって。
だと言うのに、ここの黒狼王はなぜか二体が同じ群れに居たりする。
「まさかこれもトレントと同じように操られてんの?」
「どうでしょうね。不自然ではありますけど不確定要素が多すぎます」
「そうなると樹木系と狼の二系統の魔物を操ってる事になりますわよ?」
「アロークさん、操る系の固有職なら単一種族だって言ってましたしね」
「今までは、な? 未知の固有職で色んな魔物が操れるヤツが出てきたら分からねえよ?」
ありえるから困るのが固有職の厄介な所だね。
【サシミタンポポ】がある以上、【ポケ〇ンマスター】とかあってもおかしくないから。
まぁこの世界の人からすれば「ポケ〇ンって何!?」って所から解析が始まるんだろうけど。
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「帝国軍がサーミスに集結しつつあると?」
ジオボルト王国王都セントリオにある王城。
ピーゾンたちがファストン村に泊まっていた日の夜、ジョバンニ国王の執務室には定例会議かのようにローテーブルを囲んで座る、国王と二人の公爵の姿があった。
もちろんワイングラスを傾けながら喋りあう、仕事とは離れた席であったはずだが、ロートレク公爵が発した一言により、ジョバンニは国王の顔を取り戻す。
「表立ってではなくかなり巧妙に動いているようだがな。仮に漏れても軍事演習の名目となる程度。こちらに漏れるのを恐れているのか、内政支持派の貴族どもに漏れるのを恐れているのか」
「よく掴めましたね、さすが【幻影の闇に潜む者】と言えばいいですか?」
「胸張って言えるほどの事はしておらんし、憶測も混じっておる。今後″集結″と言えるくらいになるのでは、という懸念だな」
軽く言い合う公爵二人の向かいで、ジョバンニは考えを巡らせる。
サーミスはカナーン帝国の最西端。つまりはジオボルト王国との国境を兼ねる地域にある都市だ。
王国側、ティンバー辺境伯領にそびえるティンバー大砦までは目と鼻の先。
そこに軍を集めるという事は即ち、王国への戦争準備と見るのが当たり前。
とは言え、むやみに戦争を仕掛けて、愚直にティンバー大砦に攻め入るとは思えない。
そんな事をする馬鹿なら皇帝の地位になど就けないだろう。
つまりは攻め入る手立てが出来たという事――考えられるのは……
「やはり『禁域』は帝国の仕業か」
「でしょうね。国内の馬鹿貴族だった方が楽でしたが」
つくづく氾濫直後に鎮圧出来て良かったと思える。
あそこでエビルクラーケンを倒せず、魔物が完全に溢れ、それが王都に流れて来たならば、その被害は想像に難くない。
今も入念に残りの『瘴気水晶』がないか、精鋭をもって調査しているが、『禁域』自体の難易度が高く、未探索階層もある事から、「完全になくなったと言い切れる」というわけではない。
どうしても調査に人をとられる現状なのだ。
「……ひょっとするとオーフェンのも?」
ジョバンニの懸念が増える。
可愛い愛娘が現在進行形で向かっているオーフェン南部の魔物の増加の調査。
それが人為的なものであった場合、タイミングとしては帝国が絡んでいる可能性が高い。
今までの報告ではそれが「人為的」とは言い切れていないが。
「だとすれば王都とティンバー大砦から人手を割くのが狙いでしょうね」
「オーフェンへの増援はあまりしたくない所だな」
「っ! ダンデリーナが危険な目に合うかもしれんのに何を言うか! オーフェンからもすでに増援要請も出ておる! それだけ南部の危険度が増しているという事だ! だと言うのに――」
この後、二人の公爵に宥められ、言い包められる国王の姿があった。
二人とて好きで増援しないわけではないのだ。したくとも出来ない現状がある。
(向かわせたのが【輝く礁域】で正解だったかもしれんな)
声には出さず、ロートレク公爵は自慢の孫娘と白ウサギの少女を思い浮かべた。
何者なんだよ一体、ってのが双方共にある感じ。
もうちょっと情報欲しいですねー。
しかし【ポ〇モンマスター】は本当にありそうで困る。テイマー無双系小説になりますな。




