127:王女の権力を使ってでも無理を通させてもらいます
馬車は大通りを通って領主館へと着いた。
「お久しぶりです、ダンデリーナ殿下。このような事態の中、お越し頂きまして誠に申し訳なく――」
「いえ、わたくしは一冒険者として救援に来たまでの事。アリアンテ様こそこの難しい状況の中、よくぞ民を守って下さいました」
「ありがとうございます。まずはどうぞ中へ」
アリアンテ女伯爵は壮麗の貴婦人といった感じの人だった。
スラッとした背筋の良い立ち姿で、切れ長の目からは厳しさと優しさが同時に垣間見える。
まだ昼過ぎといった時間帯。応接室で話を聞く事にする。
最初は私たちの紹介。
例によってサフィーとソプラノは面識あり。私も挨拶したが、気になったので一緒に聞いてみた。
「私はファストン村の出身なのですが、ファストン村からの避難民はオーフェンに来ていますか?」
「なんと、ファストン村ですか……一番最初に報告が上がり、救援に向かったのもファストン村なのです。もちろん避難してくる村民も居るのですが……おそらく半数に満たないかと」
「そ、それは、まさか……」
それ以外はすでに魔物の襲撃に遭って……!?
「いえ、元々村に立ち寄っていた冒険者パーティーとこちらからの救援も間に合って、人的被害はほとんどないようです。もちろん怪我人も出たそうですし、畑が荒らされたりといった被害はあるそうですが」
「ほっ……そうですか」
「しかしそれだけの被害があり、今も魔物の脅威がある中、避難せずに村に留まろうという人も多いようです。どの村にも同じ事が言えますが土地に愛着を持っている人が多く、戦えない人は戦える人のサポートをしてでも村を守ろうと避難せずにいるのです」
「ちなみに避難民の名前とか分かりますか?」
「衛兵が名簿を作っていますので確認しましょう。お名前は?」
「ソルダードとピエットというのが父母の名前です」
「分かりました。もしこちらに避難していたらお伝えします」
とりあえず村が壊滅とかじゃなくて良かった……いや、まだ油断は出来ないか。
魔物の数が増えているなら危険度は増すばかり。
オーフェンに来てくれているならいいんだけど……お父さんとお母さんの性格を考えれば居残りそうだなぁ。
村で食事を提供できるのうちの食堂くらいで年中無休は当たり前だったし、戦ってる冒険者たちの為とか言って普通に営業してそうだわ……。
それからはアリアンテ女伯爵とリーナを中心とした話し合い。
部屋には私たちの他、一緒に来た近衛騎士さんたちも一緒に居る。
伯爵さんは私たちにオーフェンの防衛をして欲しいらしい。
そりゃそうだ。
ただでさえリーナが最前線に来た時点で伯爵さんからすれば寝耳に水だし、言ってしまえば自領の民以上に守らなければならない存在だ。
なるべく手元で保護しておきたいだろうし、せめて領主館に滞在させてオーフェンに留めたいのだろう。
が、私がファストン村に行きたがっているのを知っているリーナはそれを断る。
「わたくし達はファストン村からガメオウ山の調査へ行きたいと考えております」
「し、しかし、ダンデリーナ殿下……!」
「今もオーフェンの防衛が厳しい事は承知しております。とは言え時間が経てばより厳しくなるばかり。終わらぬ痛みに耐え続けるよりも早くに原因を突き止め、それを叩くべきです」
「で、でしたら皆様にオーフェンを守って頂く代わりに騎士団の方々を――」
「都市の防衛は騎士団の本分です。そこに割って入るわけには参りません。わたくし達には冒険者パーティーとして動ける利点があります。それに――今も危険に晒されている方々を守る為、先頭に立つのが王族の役目なのです」
リーナが生真面目にそう言えば、いくら大都市を預かる領主と言えども言い包められるわけがない。
結局は折れないリーナの心を動かす事は出来ない。サフィーも溜息だ。
って言うか、リーナは冒険者としてありたいのか王族としてありたいのか……両立させたいのかねぇ。
正直言えば、私もリーナやみんなにはオーフェンに居てもらった方がいいんじゃないか、とは思っている。
ポロリンだってお母さんの傍の方がいいんだろうし。
でもリーナは安全な所に配備されて納得するタイプじゃないし、みんなが私やファストン村を心配してくれてるのも分かるので甘えてしまっている。
ただ感謝だ。
話は一旦終わり、冒険者ギルドへも行った。
領主館から徒歩で行ける距離なので馬車は使わずに。
当然のように注目の的となる。王都より人は少ないとは言え、私たちを見た事のない人ばかりなのだ。
二度見、三度見は当たり前。こんな大変な時期に大道芸人か!? と見られたりもした。
そしてギルドに着けば【蜘蛛糸の綱】から話が行っていたのか、ギルドマスターが直々にお出迎え。って言うか【蜘蛛糸の綱】も一緒に居る。クレアさんが「ほら、あれだよ」とか言ってる。
オーフェンのギルドマスターはフォクサーという名で、魔法使いタイプの細身の男性だった。中年手前って感じで思いの外若い。
さすがに王族の相手などした事ないのであろう低姿勢であったが、いつもの如く、普通に接してもらうようお願いした。
そんな事をギルドの入口でやったもんだから、冒険者たちにはあっという間に噂が広まる事になる。
これはもう諦めるしかない。
「いやー、助っ人に来た【輝く礁域】ってこんなパーティーだからなって言ったらギルマスも慌てちゃってさ、王都からとっくに情報はもらってたっぽいけど、あたしらも一応残っててくれって。でもまぁ無事引き合わせられて良かったよ」
クレアさんはそんな事を言って「んじゃな」と軽く手を上げギルドを去って行った。
いやまぁ伝えておいてくれたのには感謝なんだけどさ、余計な噂を広めそうで怖いよ、この人。
ともかく久しぶりに来たオーフェンのギルド。
フォクサーさんに連れられ上階に案内されつつ、ぐるりと見回すと、まず受付に図書委員さんを発見。この人未だに名前知らないな。
私やポロリンの冒険者登録、そして【輝く礁域】って名前を登録したのも彼女だ。
当然こっちに気付いている。
とりあえず今はポロリンと共に軽く手を上げておいた。
受付と逆側の酒場スペースにはやはり冒険者が多い。
おそらくここが待機場所になっていて、防衛に駆り出されたり、間引きに駆り出されたりしているのだろう。
そんな中ポロリンが「あ、あの人たち」と言うのでその方を見てみると……ああ、ワイバーンとオークの集落の時に遅すぎる救援に来た人たちか。
確かモブっぽかった名前だった気がする。
向こうもガン見してきているので、一応手を上げておいた。
そしてフォクサーさんの執務室へ。ソファーに並んで座り、改めて自己紹介をする。
「いやはや【輝く礁域】はオーフェンで登録したパーティーですのでお調べするのは容易だったのですが、いざこうして目の前に現実を突きつけられると混乱するものですね……改めて救援に感謝いたします」
代表して喋るのは私だ。
「ギルドマスター、リーナたちに恐縮しなくて結構です。私たちは新人冒険者ですし、改まるのはこちらの方なので。それと私やポロリンの地元ですし救援に来るのは当然です」
「ええ、王都のリムリラさんからもそんな言付けを渡されています。【輝く礁域】には殿下やサフィー嬢、聖女殿も在籍しているが出来る限り普通の冒険者と同じように接するべし、と」
おお、リムリラさんさすがだね。よく分かってる。
ただフォクサーさんは「そんな事言われても……」って表情だけど。
「それと、パーティーランクはDであるもののAランク級の戦力として扱え、とも」
「Aって……それは過大評価だと思いますけどね」
「無理のない範囲で依頼しても、無茶したかのような成果を上げてくるから心をしっかり持つようにと、忠告も兼ねてですね」
「別に無茶はしてないと思うんですけどね……」
「思えばワイバーンをピーゾンさん一人で倒した時もそうでしたし、ああ、あれは日常の一部だったのかと思いましたよ」
「ぐっ……」
それはつまり、私が居るから無茶ばかりしてるって言ってるようなもんじゃないか。
横に座るポロリンもうんうんと頷いている。お前も同罪だからな?
ともかくそれからは真面目な話。私たちは冒険者として、ギルドの依頼で来たんだからね。
フォクサーさんからこれまでの経緯や現在の状況など詳しく教えてもらったが、ほとんどは小隊長やアリアンテ女伯爵からの情報と同じだ。
ただ最初に魔物の増加の報告が上がった際、たまたまファストン村を拠点にしていた冒険者パーティーがオーフェンでも有数のBランクパーティーであり、その人たちが今もファストン村で防衛に当たっているから凌げているという情報を得た。
どうやらその【銀の鎖】というパーティーがオーフェンへの伝達や避難の指示、防衛態勢などを指揮した事で被害は今の所免れているらしい。
マジで感謝! なんだ、そんなすげーパーティー居たのか! オーフェンに!
これは会ったら是非ともお礼を言わなくてはなるまい。
いや、まだ今も絶賛戦闘中だろうし安全とは言えないんだろうけど。
って言うか、ファストン村を拠点にするような冒険者なんて、それこそガメオウ山に探索に行くような時にしか来ないはずなのに……。
「元々ガメオウ山の生態が変化した可能性があるとして依頼を出したんですよ。それがタイミング的に功を奏した形ですね」
「ああ、なるほど。じゃあ依頼を出して下さったギルドにも感謝ですね」
「きっかけはピーゾンさんのワイバーンなんですよ? あれがどこから流れて来たか、調べないわけにもいきませんでしたから」
「え? じゃああのワイバーンもガメオウ山からなんですか?」
「いえ、それを調べる前でしたので何とも。しかし元々ガメオウ山にワイバーンは生息していないはずなので、それも含めて今は謎です」
また同じようにオーフェンの近くまでワイバーンが来られては困る、という事でギルドは色々と調べたらしい。
しかしワイバーンの生息している地域はどこも離れている。
仮にどこか中途半端な場所に居着いたとして、そこの魔物の縄張りに変化が見られるはず。
そんな感じで調べていった結果、怪しかったのがガメオウ山だと。
ガメオウ山は木々が少なく、岩場ばかりだと言う。(私も登った事などない)
だから採取資源もないし、かと言って鉱山資源もない。
そのくせ住み着いている魔物は中途半端に強く、ぶっちゃけ冒険者からすると割に合わない狩場なのだ。
だからガメオウ山は人気がないし、ファストン村も寂れているというワケだね。
しかし、もしワイバーンがガメオウ山から来た――もしくは今も居る――とすればBランク以上のパーティーが当たるのは当然。
と言うか、魔物が増えている現状でワイバーンなんか襲って来た日には、【銀の鎖】だけで凌ぎきれるわけがない。
ワイバーンくんはあれでも単体でBランクなんだから。
となればやっぱり――
「私たちは明日からファストン村に行くつもりです」
「ええっ!? 殿下もお連れして、ですか!? オーフェンに残って予備戦力にと考えていましたが……」
やっぱりリーナが居るのに前に出すのは躊躇われるらしい。
でもアリアンテ女伯爵にもすでにその旨を伝えているというと、納得するしか出来なかったようだ。
リムリラさんから「Aランクとして扱え」って言われたのも効いてるっぽい。
Aランクは分不相応だと思うけど、これで自由行動がとれるのなら文句なし。むしろ感謝だ。
フォクサーさんは渋々ではあるが納得してくれた。するしかないという気持ちだろう。
しかしこれで伯爵さんからもギルマスさんからも了承を得た事になる。
安心してファストン村に行けるね。
これ、普通に依頼を受けた冒険者だったらこんな自由に行動とれないよね?
リーナが居るから行動が縛られる所もあるけど、やっぱりリーナが居るから許されている部分なのは確か。
全部終わったらちゃんと労わないといけないね。
フォクサーさんの執務室を出て一階へと下りる。
やっぱり集まっている冒険者の視線が痛いが、さすがに近寄ってくる輩は居ないらしい。
それを無視して受付の図書委員さんの下へ。
「お久しぶりです」
「ピーゾンさん、ポロリンさん! お帰りなさい! よく来て下さいました!」
やっと挨拶出来るとばかりに身体を乗り出してきた。
握手をしたら「うわぁ~モフモフですね~」と嬉しそう。この人はやっぱ良い人だ。
待ちに待ってたとばかりに喋り始めたのを聞くと、魔物の増加にあってオーフェンギルドが慌ただしくなり、王都にも援軍要請した。
Bランク冒険者や騎士団が来てくれたが、魔物がオーフェンまで迫るケースは徐々に増えている。
後手に回っている感覚でモヤモヤしていた所に王都からさらに援軍が来ると話が入り、聞けばそれは【輝く礁域】だと言うではないか。
新人離れした活躍で颯爽とEランクに上がり、王都へと旅立っていった固有職の二人。
それが今や六人パーティーとなっており、その中にはダンデリーナ王女や公爵令嬢、さらには【七色の聖女】まで居ると言う。
パーティーメンバーを欲していたピーゾンに「【七色の聖女】様のような冒険者ならば組めるかも」と言ったのは自分だが、まさか本当に【七色の聖女】を【輝く礁域】に入れるとは思わなかった。
全く理解出来なかったが、とにかくあの【輝く礁域】がパワーアップして帰ってくるというのは吉報だ。
そうして訪れた今日、久しぶりの顔を見れた――と思ったら、六人全員が奇妙なファッションだった。
……という事をマシンガントーク喰らった。
この人、生真面目なのかお茶目なのかよく分からんな。相変わらず。
ともかく「これ王都で流行りつつある魔装具なんです」と言っておいた。
「へぇ~、さすが王都ですね~」とカルチャーショックを受けている様子だったが、私は何も間違った事を言ってはいない。一般的ではないだけだからね。
図書委員さん、初めは理知的な人かと思ってたんですけどね。
まぁまぁ偉い受付嬢なのは確かです。
あとギルド内にモブエイさんが居ましたが、彼のパーティーはCランクで、オーフェン周囲の間引き担当です。
オーフェン的にはそこそこ強い戦力です。